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連載小説 星のクラフト 6章 #6

 森の地下にあのパーツ製造工場があるのだという。司令長官の言う通りここが21次元地球だとすれば、21次元地球にとって、0次元の建物はこんな森の土の下にあることになる。
「21次元に到達した時、僕たちがそれまでに居た建物は目前で崩壊したように思ったが」
 ランは土の隙間から顔を出したガラス板から内部を覗いた。
「私も見ました。全員の目前で崩れ落ち、絵画とオブジェに変わり果てたのです」
 クラビスはうなずく。
「でも、ひょっとして、この地面の下にある建物は、以前から21次元に保管してあった予備だろうか。つまり、僕たちが居た建物そのものではない」
 ランは眼下の建物には船体がないことも理由となって、自身が居たものだとは信じられなかった。
「私もそう思いました。上部はこのような建物をいくつも製造して、次元間移動のためのプロジェクトに備えているのではないか。私達はその実験のうちのひとつだったのではないか」
 クラビスは肩に降りてきたインディ・チエムの胴体に頬を寄せる。
「きっとそうだね。これは僕たちの居た建物ではない。似ているけれど」
「まずそう思うのが当たり前です。ところが、インディ・チエムと共に下に降りた時、そうではないことがわかった。これは、まさに私達が居た建物だった」
「どうしてわかる?」
「私は真っ先に、私の居た部屋に向かいました。建物ごと宇宙空間へと向かった時、五人部屋に割り振られました。壁の傷や天井の色を確かめれば、まさにあの建物なのかどうかがわかるだろうと思って。工房では仕事に夢中で建物のことなど気にしませんが、プライベート空間となれば、何か思い出せるでしょう」
 クラビスが言うと、インディ・チエムが甘えるかのようにクルルクルルと鳴く。
「見つかったのですか。何か、目印となるものが」
 ランはインディ・チエムが首を傾げる様子を見ていると、この小さな愛らしい鳥の知性に対して信じられない思いがした。どんなに信じられなくても、この建物がある地点にクラビスを導いたのはこのインディ・チエムなのだ。
「目印もなにも、インディ・チエムの羽根が落ちていた」
 クラビスは肩に止まっているインディ・チエムを横目でちらりと見る。
「羽根?」
「そうです。建物の中で他の人が目の前にいる時には、なるべくインディ・チエムは籠の中に入れていました。生き物を嫌がる人もいるからです。でも、誰もいない時には、籠の外に出して、文字通り羽根を伸ばさせていました。籠の中は息苦しいだろうと思って。どうやら、その時に落ちたらしい羽根が一本、床の上にあった」
「偶然でしょうか。ひょっとして、インディ・チエムはわざと一本引き抜いて、目印に置いたのではありませんか」
 ランはもぬけの殻だったクラビスのホテルの居室に忍び込んだ時、クリーム色の羽根が一本落ちていたことを思い出した。それを拾い上げたリオが、これはインディ・チエムのものだと言い、それが決め手となって、間違いなくクラビスの部屋だと断定できたのだった。
「そうかもしれません。気付きませんでした」
 クラビスは虚を突かれた表情をした。
「だとしたら、インディ・チエムは最初から、この建物が崩壊しないこと、崩壊したとしてもなんらかの方法で復活するだろうこと、あるいは、そのような仕掛けになっているかもしれないのを、前もって知っていたことになる」
 ランは柔らかそうなクリーム色の鳥を驚嘆の眼差しで観る。もちろん、まだそうとは決まったわけではない。だが、どのくらい深く、遠くまで知り抜いているのだろうと思うと、なにか果てしなく広大な空を連想させるのだった。インディ・チエムが飛ぶ、広くて青い空。
「どうします? 中に降りてみますか」
 クラビスに言われてぎくりとする。
 森の底。
 行ったことなどない。
「そんなことをして、降りている間に、何者かによって、この蓋が閉じられたとしたら?」
 ぞっとする想像だ。
「じゃあ、私がここに居て、見張っていましょうか」
 クラビスがランの眼を真直ぐに見て言う。
 そう言われてみて、ハッとする。
 それほどこの男のことを信用できるだろうか。
「信用、できませんか」
 見抜かれている。
「信用しているよ」
 嘘であればあるほど、直ちに言葉にすることができる。「でも――」
「でも?」
「そんな危険を冒してまで、ベニヤ板や角材が欲しいわけではないから。今日のところはやめておこう」
「そう仰るのなら、そうしましょう。絶対に危険がないとは言えませんから」
 クラビスは微笑み、インディ・チエムを樹木の枝に止まらせると、ガラス板の上に土をかぶせ始めた。ランも手伝う。土で隠れると、その上に落ち葉を乗せて行く。

つづく。

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