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解読 ボウヤ書店の使命 ㉜-3

朗読譜『カラスの羽根、あるいは雀の羽根、ヒヨドリの羽根』の推敲読み直しのつづき。

《第三曲《夢で食べるご馳走の話をしよう》   
         作 米田 素子

プロローグ

ベランダに植えた月桂樹の根元に
小さな雀の羽根がもたらされた。
夜にはなかったものなので
朝に鳴いた雀が置いたばかりなのだろう。
千切りたての羽根の
柔らかい
まだ生あたたかそうな白い羽毛は
土に汚れてはいなかった。

雀が指定したのはきっと
あの物語に違いない。

私はそっと羽根をつまんで
部屋の中に招き入れた。

第一楽章 子雀たちを前にして

夢で食べるご馳走の話をしよう。
しかし近頃はどんな話をしても
既視感があると子雀たちが笑う。

実のところ既視感とは
見たことがないのに
見たことのある気がすることであって
既視感のする物語を話すのは
どんな新奇的なものよりも難しい。

イデアンホテルで朝食をとっている時に
青い蝶が硝子窓の外で舞い
まるで落合陽一のモディの『未知への追憶』から
飛び出してきたようだと思ったのだが
なるほど既視感とはそういうことだろう。

まだ見ぬアンティーク。

すでに物質化していたのものが
ある時間だけ溶解し
目の前に繰り広げられる。

話はいきなり逸れてしまったが
夢で食べるご馳走のことである。

第二楽章 魂魄(コンパク)  

夢の中で時々
ご飯を柔らかく炊いた上に
白砂糖を軽く振りかけて
甘酒のように発酵させた物を食べる。

想像してもらえばわかるように
これを現実世界で出されたとしても
あまり美味しいとは思わないだろう。
我々雀は生米が好きだから。

しかし
夢で食べる時には
銀幕スターに注いで貰った濁り酒のように
ありがたく
口に入れれば誇らしい気持ちになり
特別にいいことをしたような気持になる。

私は子供の頃からこれを夢で食べていた。
年に一回か、二回くらいのことだった。

五十を過ぎたある日
突如として気付いたのは
実はこれは
夢の中で毎晩食べていたに違いないこと。

近頃は年のせいか
それとも
眠る時刻がまちまちのせいかわからないが
眠ってもすぐに目が覚めたり
眠りそのものが浅かったりする。
おかげで
眠っているどの時間帯に見た夢のことでも
確認できるようになった。
それで
ああ、あのご馳走は
毎晩夢の中で食べていたのか
と知ったのである。

魂魄というと
このご馳走を思い浮かべる。
魂魄の魄は身体の氣であるらしいが
確かに何か、漢字の姿からして
米を気体にしたような白いご馳走で
夢でこれを食べているから
我々は元気なのだと言われたなら
そうかもしれないと納得できる。

第三楽章 奇妙な取り合わせ

先日
この夢のご馳走の上に
バームクーヘンが乗っていたことがあった。
大皿の上に
白いご馳走と
バームクーヘンの欠片がいくつか。

なんとまあ
変わったお料理だこと。

それでも嬉しく
私の器によそって食べようとしたのだが
大皿の方に
まだ少し残ったままになっていた。
すると
作った人が出てきて

 ――もったいない、残すなよ

と、私をちらりと睨みつつ
綺麗に皿からこそげ取り
別の人の器の中に
ぎゅぎゅうと無理矢理
乗せ込んでいた。

新奇的とは
このバームクーヘン付きご飯のようなもので
意外な組み合わせ
そして
やや制作者の押しが強いものだ。
悪くはない。
奇妙な組み合わせのものを食べるという
ちょっとした後ろめたさというものも
味わいのひとつとして
奏でる価値のあるものだから。

第四楽章 新奇的

いずれにしても
おそらく
生きているものは誰でも
夢でこのような御馳走を食べているはずで
眠りが深いから気付いていないか
あるいは
人それぞれ別の形で
身体に注入されているかなのだろう。
そうでなければ干からびてしまう。

と、ここでハッとしたのだが
釈迦が菩提樹の下で食べたという
あのミルク粥は
これのことではないだろうか。
食べたというよりも
いつも食べていたことに気付いたのである。
修行をしようがどうしようが
我々は眠っている時間帯に平等に
毎日スジャータからミルク粥を頂戴し
それで生きているのではあるが
釈迦は一心不乱に修行をしている時
そのことには全く気付かなかった。
ある日
苦しい修行に倒れた時
やっと
この「当たり前の奇跡」について確認し
この無償の恵みはいったい何ぞやと
驚いたのではなかろうか。

驚きをもって受け止めるところが
へえ、そうなんだと
あくびをして終わらせる我々凡雀とは
全く異なる釈迦の悟りではある。

いかにも既視感のある説教話となった。
少しだけ新奇的であるために
長々と
押しを強くしておいたのだよ。

プロローグ

雀の好きな物語はこれに違いない。

電線に止まっている雀たちが
上方から朗らかに囀りかける時
町中に元気が満ち溢れる。
あれが元気の源なのだ。
ほとんどの人はそうとも気付かず
電線の下を足早に
振り向きもせず通り過ぎるのだ。

(了)》

#朗読譜
#雀の羽根
#連作長編

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