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連載小説 星のクラフト 6章 #5

 肩にインディ・チエムを乗せたクラビスは、さきほどランが歩いて行った方向とは逆側へと歩き始めた。
「その方向に行くと、林はすぐになくなり、すぐにホテルの駐車場に出そうだが」
 後に付いて歩きながら、太陽や方角を確認する。
「途中で降ります」
「降りる?」
「すぐにそのポイントに辿り着きますから」
 インディ・チエムは肩に止まったまま、羽根を緩く羽ばたかせた。
 五分も歩くと、林の中に切り株があり、《中心から5キロ》と彫り込んであった。クラビスはそこで立ち止まり、しゃがみ込んで
「これが目印」
 切り株の端をそっと指で触れる。「中心については後でわかります」
「それで、どこから、”降りる”の?」
 辺りは白樺に似た細長くまだら模様の幹をもつ樹木が延々と生えていた。
「この切り株の《中心から五キロ》をまっすぐに読める位置に立ち、そこから向こうに三本目の木の下です」
 クラビスはその位置に立ち、まっすぐ向こうに指を向けた。インディ・チエムは弱く金属の振動音に似た音を発している。まるで虫の羽音のようだ。
 ランはクラビスの指す方に向かって歩いた。
 ――まず一本、二本、三本目。
「この木?」
「そうです。その木の根元を見てください」
 クラビスも落ち葉を踏みしめながら近づいてきた。そしてしゃがみ込み、掌で積もった枯葉を掻き出し、土を露わにさせていく。インディ・チエムはその木の枝に止まり、二人を見下ろしている。
「ひょっとして地下?」
 ランも手伝い、枯葉を避けていく。小さなマルムシが居て驚かされつつも、作業の手を止めずに進めると、ほとんど土だけになったところで、何か固いものが指先に当たった。
「板?」
 指の腹で撫でてみた。つるつるしている。
「板上のものがあります」
 クラビスはまだまだ不十分といった様子で、休まずに枯葉を払いのけ、露わになった土も掘り始めた。
「土も?」
「そうです。土も」
 まもなく、ガラス板が現れた。
「ガラスか」
 ランは船体室を思い出した。「まるで、――」
 言い掛けると、
「船体室みたい、でしょう?」
 クラビスが土を掘る手を止めて言う。頬に土が付着して黒く汚れていた。
「そう、船体室みたいだなと思って。あの、破壊されてしまった――」
「いや、どうかな。まさに船体室、だと思いますが」
 手の甲で拭ったので、クラビスの頬はさらに土が付着し、いたずらをした子供のように見えた。
「船体室? もう崩れ落ちたのでは?」
「そう思ったのですが、どう見ても、この地下にあるものは船体室です」
 一メートル四方程度分の土が避けられると、クラビスはポケットからスマートフォンを取り出し、電灯機能を使って内部を照らした。
「ほら、どうですか」
 促されて覗くと、確かに船体室に見える。船体を設置する台とその台に上がるための階段、部屋の隅にある荷物を置く棚。
「どうして、ここに?」
「わかりません。インディ・チエムの誘導に従って歩き、インディ・チエムの仕草に従って枯葉と土を避けると、これが出現した」
「でも、船体はない」
「そうです。それが問題です」
 クラビスはランをじっと見た。
 その目に見据えられ、ランは自身が船体そのものになったのではないかと考えたことを思い出した。それは鍵を持ち出し、その鍵で飛行したから。いや、そもそも船体は自身の甲冑だったにすぎず、自分こそは鍵を使えば飛行する身体の持ち主ではないかと思えたのだった。
 ――地球で生まれたけれど、地球人ではないから。
 長年、ランの人生を苦しめてきたプロフィールが、そう信じ込ませるだけの力を持ったのだった。
「で、僕が探している、オブジェの材料は?」
 当初の目的を思い出した。
「ここから四十メートル離れたところに建物自体の屋根があります。その先っぽにスイッチがあり、それを押すと、このガラス板が外れて、下に降りる階段が現れる」
「どういうこと?」
「どういうことって、階段を下りていけば、パーツ製作員たちがパーツを作っていた工房に行くことができます。そこには、角材もベニア板も、なんでもありますよ」
 クラビスは薄く微笑んだ。「私は21次元とやらに上がって来てから、インディ・チエムの導きでここに辿り着き、さきほど申し上げた通り枯葉と土を払いのけて、手順通りにガラスの板を外し、中に入って、しばらく過ごしました。はっきりと確認しました。これは、私達が居たあの建物です」

つづく。

 


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