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連載小説 星のクラフト 6章 #1

「この絵画を見て、どう思うか」
 司令長官はランに0次元の製作場であった建物の絵を手渡した。
「どう思うか、というのは?」
 ランは絵と司令長官を交互に見た。早朝から急に部屋に呼び出したりして、司令長官は一体何を言い出すのか。
「君たちがパーツ製作をしていた建物はこの21次元では崩壊し、あたかも思い出のように一枚の絵画になってしまった」
 司令長官はホテルの厨房から届けられたコーヒーポットの取っ手を自ら握りしめて持ち上げ、二つのカップに注ぎ、ランにも勧めた後、自身でも一口飲んだ。「絵をよく見てごらん」
 絵画は淡い色彩で描かれている。画材はわからない。パステルのようにも見えるし、水彩絵の具のようにも見えるが、どちらでもないだろう。0次元の残像が21次元の場に念写されたようなものだ。
「僕はまだ21次元というものをよく理解できていませんが、下位次元のものが上位次元に表象する時にはこのようなものではないですか」
 絵画になってしまった建物を見ても懐かしさすらない。そもそも建物にはなんの愛着もなかった。この中身である人々や製作物は全て21次元に来ることができたのだ。それで充分だ。
「それはそうだろうが、右側のガラス窓の横に、あるべきものがないと思わないか」
「あるべきものとは?」
 ランは眼を凝らして絵画を見つめた。
「そのガラスには船体室の空気孔と、船体が飛行するまでは接続しているチューブ類が畳み込まれている鉄製の入れ物があるはずだ」
 よく見ると、確かに、ない。
「描き忘れたのではないでしょうか」
 念写のようなものだと言っても、絵画だから、誰かが写生して描いたものだと思っていた。
「さきほど君が言った通り、これは誰かが描いたものではなく、0次元の記憶が21次元に表象として現れたものだ。念写だね。0次元の法則とは形式の異なる写真と言ってもいいだろう」
「では、空気孔とチューブ入れは誰の記憶にもなかったので、念写されなかったのではないでしょうか」
 ラン自身、それほど記憶にない。
「ここで言っているのは個人的な記憶ではない。場の記憶だ。そして、会のタイミングで現れたからには、建物が消える直前の記憶が投射されているはずだろう。そうでなければ、あの瞬間にこれが落ちているわけがない」
 司令長官は珈琲を啜った。「これが、それ以前に建物を撮影したものだ。これは司令部からの高性能望遠鏡で撮影した現実的な写真。念写などではない」
 ランは一枚の写真を受け取り、絵画と見比べる。
「確かに、写真にはあるのに、念写によって作られた絵画でははっきりと、空気孔とチューブ入れが抜け落ちていますね」
 見比べると違いは歴然としている。
「それだけではない。その窓に描き込まれるはずの船体の姿が皆無だ。念写だとしたら、うすぼんやりとしか見えないのは当たり前だが、皆無とはいかがなものか。他の窓には電灯や棚とおぼしきものがうっすらとでも残っているのに」
 司令長官は絵画に描かれた窓の辺りを指した。太い指先がわずかに震えている。
「それは、そうですね」
 納得しないわけにはいかない。「船体は破壊されずに、0次元に残されてしまったのではないですか。残っているものは21次元の絵画に投影されない、とか」
「それはない。あの後、すぐに、やはり高性能望遠鏡で0次元を偵察した。船体が残っている様子はない」
「それならいいのではないですか」
 ランは司令長官の狼狽ぶりに驚いていた。
「よくない!」
 長官は声を強くした。
「何が、そんなに――」
 ランが言おうとすると、
「もういい。帰ってよし」
 声を荒げて命令した。
「長官、わかりました。戻ります。絵画の異変について、心にとめておきます」
 ランは頭を下げ、司令長官の部屋を後にした。

つづく。

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