ヤミをあじわう
ある方から「ヤミ」と言われた。
お酒も入り
けっこうな酩酊状態の中
私の発言や態度が、そう言わせたのだ。
その方は後になって
結局のところ人間は誰しも「ヤミ」を抱えているのだから。と、取って付けたようなフォローを入れてくださったのだが
だいたい「ヤミ」なんて
あまりに趣がなさすぎるし
小学生でも言える。
それから、私もとりあえず「だいの大人」だ。
なかなか他人から面と向かって言われるセリフでもないだろう。
一方で「ヤミ」とは何だろうと考えてみる。
普通は、「闇」を指すのだろう。
その方は、「ヤミ」とカタカナで書いてよこしてきたあたり
実は「病み」ともかけているのかもしれない。
ますます失礼だ。
それでも
今ではちょっとだけ面白い。
◇
・相手をなかなか認めないのに、自分は認めてもらいたいところ
・とらわれがちな自分を置いといて、窮屈だと不満を感じがちなところ
・自分ばかりが損をしたくないと思っている
・わりとしたたか
・コロコロと気が変わるところ
自分の闇と思うところをあげてみる。
本当はもっときりがないが
文字にしてしまうと、我ながら間抜けなものばかりである。
果たしてこれぐらいのことは、闇といえるだろうか。
もしかしたら、人はときどきあえて闇を作り出し
そこに身を置くことで
目の前の見たくないものを塗りつぶしているのではないか。
そう考えると、逆説的ではあるけど、闇もまた幻なのかもしれない。
◇
「偽物の光」に目を眩ませるくらいなら
「本物のヤミ」を味うのも悪くはないと思う。
「ヤミ」も直視すると、目が慣れる。
そうすると、そこにもしっかりと3次元が存在するのが分かる。
ただの黒のベタ塗りではなく、様々な質感というか、風合いに近いものがある。
想像力、創造力をかきたてる世界にもなったりならなかったり。
◇
一方でヤミは、ほんのわずかな光を際立たせる。
ギラギラした光をまとうより
ヤミを上手に着こなし、さりげなく光のアクセサリーを身につけている方が
より洗練されているのかもしれない。
悪ぶった人のほんの一瞬魅せる優しさが
誰かの心をわし掴みにするように。
◇
だけど、実際私は
眩しいときはサングラスをかけるし
暗闇で目を慣らす前に、灯りをつける。
あえて両極なところに身を置くよりは
普段のほどほどの感触がありがたいのだ。