不妊治療~体外受精1回目と休息~

AIH6回が不発に終わり、いよいよ体外受精へと進むことになった。

まずはリセット後、排卵をコントロールしながら点鼻薬で卵を育て、ホルモンの注射も毎日通った。
正直、この時期の通院が地味につらかった。

この時はパートだったからまだよかったけど、フルタイムで仕事をしている人は本当に大変だと思う。
そこのクリニックは夜7時まで診察受付しているけど、先生の診察がある場合は平日でも大体3時間くらいは平気で待たなきゃならないから、仕事終わりに来ると夜9時、10時までかかることもよくある。

体外受精に向けて、初めての採卵の日。
前日の内診では取れても3個くらいかな、と言われていた。

朝イチでクリニックに向かい、採卵。
ここのクリニックでは麻酔をしてくれるので、痛みもなくいつの間にか終わっていた。

採れた卵子は、2つ。

予定していたよりも少ない。

採卵した卵子に、あらかじめ提出していた精子をふりかけて、受精卵をつくる。

2,3日後、電話をして、受精卵がきちんと胚分割できているか確認。

「無事2個とも分割していますよ」

よかった!少ない卵を無駄にしなくてよかった!
体外受精の第1関門突破。

次は分割胚を子宮に戻す処置。

2個できた受精卵は、グレード1とグレード3。
グレード3までの卵が、胚移植の対象となるらしいからギリギリセーフ。

まずはグレード1の卵。
1番いい状態だから期待値もあがる。

もう1個は凍結保存しておいてもらう。

胚移植自体は痛くもなにもなくあっさり終わった。

その後の生活は特に変わりなくできるし、正直あまり実感がない。

ホルモン注射だけは継続して、妊娠判定日ギリギリまで注射を続け、いよいよ最初の判定日。
実は、判定日の前日、こらえきれなくて検査薬を使ってしまった。

もちろん真っ白。

いやでも、きっと検査薬は早すぎてまだ反応がでないんだな、と思い込み、なんとか期待しすぎる気持ちを抑えつつ、落ち込まないようにもしつつ、気持ちがぐちゃぐちゃのまま判定日。

クリニックに行き、尿を取って提出し、呼ばれるのを待って待って、2時間。

「妊娠、してませんでしたね。また○日後に来てください」

妊娠判定は妊娠するとガーッとあがるHCG値で見るらしいのだけど、もともと低い私の値はまったく上がっていなかったらしく、もう少し日を置いてもう一度見てみよう。ということらしい。

はあ、多分、無理だろうな。

この時点で値がこの程度なら、きっとこの先も上がらないだろうな、というのは素人でもなんとなく想像ができた。

後日もう一度クリニックで、「妊娠しなかった」ことを確認した。

...正直、ここまでがむしゃらに突っ走ってきて、はじめて心が折れた。

もう、疲れた。
なにをやってももう、できる気がしなかった。

夫はとても前向きで、だめだったか、よし、次がんばろう!というタイプなんだけど、

多分、世の中の不妊治療中の女性みんなが1度は思うだろうこと。
「あなたは痛い思いなにもしなくていいんだから、いいよね」

夫だって、なかなか妊娠しないもどかしさもあり、落ち込んでもいる。きっと励ますことしかできないから、心持ち明るく振舞ってくれているんだろう。
だけど、心が折れかかった妻は思う。
じゃあ変わってくれよ、と。

そんな黒い感情も不本意にも出てくる。
これではよくない。

一度、休もう。

もうひとつあるグレード3の受精卵。

次はいつ移植しますか?の先生の問い。

実は、このクリニックの先生、とても無愛想で有名で、淡々と、そしてせっかちに要点だけを話してさっさといなくなる。
忙しいゆえに仕方がないのかもしれないけど、とても相談などができる相手ではない。
代わりに周りの看護師さんが相談を聞いてくれて、看護師さんを通して先生に確認するスタイル。

先生の問いに少しでも詰まったり迷ったりすると、明らかにイライラした態度をするし、不妊治療に後ろ向きな態度を見せるとじゃあやめたら?という感じなので賛否両論はあるけれど、相変わらずここはいつも混んでいる。
それだけ実績があって、信頼出来るのだと思うし、私もそう。

...1月だけ、おやすみしたいです。

無愛想な先生に、はじめて自分の意見を言った。

後ろ向き発言なので、見放されるか呆れられるだろうな、と構えたけど、先生はあっさりと、

「分かりました。じゃあ再開したくなったらリセット後にきてくださいね」

ちょっと泣きそうになった。
不妊治療を休みたい、やめたいというのは許されないって思っていたから。
誰も私を責めないけど、辞めたら責められるのではという気持ちは正直あった。
全てが私次第なんだというプレッシャーもつらかったから。

その後さっさと消えてしまったけど、先生、ありがとう。と思った。

不妊治療を初めてもうすぐ1年になる2018年の夏、少し休憩をしながら、そろそろ不妊治療の辞めどき、要するに「子供のあきらめ時」を考えなければならないと思った。

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