義経の北方遠征物語『御曹子島渡』をめぐって
斎藤英喜編『文学と魔術の饗宴・日本編』(小鳥遊書房)の「第一章 中世の物語と呪術・身体 —御伽草子『御曹子島渡』と兵法書「虎之巻」をめぐって—(金沢 英之)」が興味深い。
『御曹子島渡』は想い出深い作品で、『少年少女世界の名作文学』の日本の巻に掲載された子ども向けのリライト版で読んでいた。訪れる島のなかでも、とりわけ「馬人島」のエピソードは、リアリズムタッチの馬人のイラストが今もありありと思い出せる。おかげで、その後『ガリバー旅行記』で馬人に会っても驚かなかった。しかも「小人国」の話などもあるのだ。『御曹子島渡』の概要はここから読める(兵庫県立歴史博物館のサイト)。
また齋藤真麻理による「渡海の絵巻 ――いけのや文庫蔵『御曹子島渡り』――」では、「馬人島」の印象的な馬人が「花持美人図」に似ているとか、「小人島」が「菩薩島」と異名をもつ理由が推測されている。いけのや文庫版の画像はこちら(国文学研究資料館のサイト)。
金沢論文は、義経が平家に勝利したのは兵法書である六韜の「虎之巻」のおかげだったという伝説と、北方に向かう義経を描く御伽草子の関係を扱うようだ。すでに金沢は『義経の冒険 英雄と異界をめぐる物語の文化史』(講談社)で、『御曹子島渡』を使って一書をなしている。そこでは、「大日の法」を吉備真備由来の兵法書の伝承と結びつける論を立てていた。
そもそも「虎之巻」は、六韜の巻四にあたる。これもWeb漢文大系というサイトで読める。御伽草子で義経が「大日の法」を手に入れる話が、「虎之巻」を手に入れる話と重なるのであろう。
「奈良絵本・絵巻と『ガリバー旅行記』との関係についての研究」という科研費のプロジェクトがある。『御曹子島渡』と『蓬莱山』という御伽草子が、『ガリバー旅行記』に影響を与えたのではないかというもの。『ガリバー旅行記』に日本に関する記載があることは知られるが、そもそも全体の意匠が日本の挿絵絵本の影響にあったとすればおもしろい。かなりの力技だろうが。
また、吉田桂子「御伽草子『御曹子島渡』と江の島弁才天」は、江の島弁才天との関わりを、「水の神」という面だけでなく源氏における軍神の問題として捉えて示唆的。そこに『義経記』の「虎之巻」も重なるのだろう。
川端咲子による「近世芸能における道成寺の演出 : 宇治加賀掾古浄瑠璃『うしわか虎之巻』鐘入を中心に」は期待していた内容と異なるが、当時の道成寺もので「蛇体」が鐘に入る図版がたくさんあって楽しい。