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純正律とは宗教だったのか

クラシック音楽系の雑誌とかブログとか読んでいるときに違和感を感じるワードに純正律があります。よく純正率と書いている間違いはご愛敬として、純正という言葉は、黄門様の印籠のように日本人の心にとても刺さる言葉なので、一人歩きしているような感じがします。例えば、以下の文章があったとします。

ブルックナーはオルガン奏者だったのでオーケストラも純正律で鳴らすことにより教会での圧倒的なオルガンの響きに近くなるので聴衆に大きな感動をもたらすでしょう。

例題1:この文章はあくまでも例題です

この文章の前に数学的な三度、五度の周波数比や純正律と平均律の定義もしっかり補足して書くと説得力のある音楽評論家的な文章になりますよね。ただ純正律でブルックナーを演奏すると現代音楽も顔負けのすごい汚い音になってしまうので、ちょっとまずいかなということで次の文章に修正します。

ブルックナーはオルガン奏者だったのでオーケストラも純正で鳴らすことにより教会での圧倒的なオルガンの響きに近くなるので聴衆に大きな感動をもたらすでしょう。

例題2:少し修正したずるい文章

一般の人は、純正律も純正も区別できないので、やっぱり平均律はダメなんだ、純正律最高という方向に誘導されますよね。でもオルガン自体が純正律で調律されておらず、自然倍音をうまく利用しつつも平均律を少しアレンジした調律か各種の古典調律なんですよね。

 ピアノは数学的にガチな平均律で調律されているのではなく、『うなり』を軽減するための調律曲線に基づく若干の音程修正と3つのピアノ線の少しずつ音程を加減することと、ピアノ個々の共鳴の違いによる『インハーモニシティー(inharmonicity)』の調整によって調律されており、優れた調律師さんの調律したピアノはそれはそれは素晴らしいものです。故に調律師は国家資格で1級と2級の区別もあるのですよね。

 バイオリニストが調律師に頼むときには、『バイオリンに合う調律にしてくださいね。』とわざわざ言わなくてもそのように忖度して調律してくれます。なので平均律がダメという感覚はないです。

 さてブルックナーの話にもどると、ブルックナーは9の和音とか結構使っておりますけども、弦楽器側ではこの9和音のトップの音を自然倍音に近い音でとるのか、あるいはそれより高めにとるのか、プロオケならこだわって演奏しているはずなので、オルガンで演奏するよりもはるかに滑らかで柔らかい和音で演奏されます。また単純な三和音であっても和音の性格を決める三番目の音を弱めて柔らかい音へ、すこし音程をずらしたり、強めに演奏することによって緊張感を出したりしており、ものすごい精度でオケ奏者が演奏していることをきっちりと聴いてほしいと思います。

 ということで結論的には、ブルックナーの交響曲を聴いて感動できるのはオルガンのような響きだからではなく、高度に和声分析、対位法分析した結果を反映できる楽器としてのオーケストラ演奏の結果であるということになります。文章的にはオルガンのような響きをオーケストラで実現したくらいならOKなんですけどね。単音と重音、ペダル音をブロック単位で出すダイナミックな音量差のあるオーケストレーションと、バッハのような対位法を屈指しているところがオルガン的という印象になるのでしょうね。

 オルガンという楽器は、細かいアーティキュレーションが不得手な楽器なので感動を呼べる奏者というのは尊敬に値します。ブルックナーも相当の名手と聞いているので、この時代に録音があったらなあと思います。

●補足(弦楽器奏者からみての純正律)

私は純正律のことをピタゴラス音律と和声的音律で考えていますが、一般的ではないかもしれません。弦楽器奏者からみて音律は、無限にあるともいえますが3つに区分して説明している場合が多いですね。文献的には、弦楽器のイントネーションという有名な本があります。

  1. ピタゴラス音律
    弦楽器の調弦が完全5度で合わせているので必然的にこの音律が基準になります。この音律がきっちりあっていると弦楽器が共鳴するので響きます。ただ弦楽合奏でこの音律で弾くと、C音が低くなるのでチェロの人は少し高めにして、バイオリンは五度を少し狭く調弦、ビオラは両方のバランスをとりつつ調弦することになります。ピアノが入る場合はピアノに合わせますね。チェロの人はA基音に対して長6度でC音をとる方法があるとどこかで聞いたことがありますが、実際にやっている方をみたことがないですね。キルンベルガー第3の調律と似てますよね。

  2. 和声的音律
    ピタゴラス音律だと3度、6度が綺麗に響かないので、それを調和させる音律になります。弦楽四重奏などの室内楽のセカンドバイオリンやヴィオラ奏者は、旋律にあわせるのか、和声上のベース音に合わせるのか考えながらの演奏になります。弦楽器の場合、開放弦が固定されているため完全な純正律にはなりませんが、それに近いですね。

  3. 中間音律
    半音階とか♯、♭が多い複雑な調性だと異名異音のピタゴラス音律では困る音程のときに使う音律になります。平均律ぽいですが、ピタゴラス音程を基準にしているので音程のとり方は違います。ただ、ここまで意識的にとれるのはプロレベルですね。

●補足(バイオリンでの音程の取り方)

バイオリンが純正律の楽器と呼ばれている理由はその音程の取り方にあります。調弦のよって開放弦であるG線、D線、A線、E線をピッタリ合わせると、ピタゴラス5度(702セント)になりますが、これらの開放弦を利用して音程を合わせていきます。下の図はト長調のスケールですが、
Gは開放弦、Aは開放弦のA線と合わせます。
CはG線と完全4度で合わせ、DはD線と、EはE線と合わせます。
H音とFis音の取り方はいろいろあるのですが、簡単には、Hの場合はD線と同時に弾き3度が濁らなくなったところ(ゼロビート)よりほんの少し上で、Fisの場合はA線とD線と同時に弾き3度が濁らなくなったところよりほんの少し上の音程でとればよいでしょう。このような取り方になるのでチューナーで取るのは本来はNGということになります。多分頭の良い人は気づくと思うのですが、各スケールによって音程は微妙に異なることになります。ピアノではFis-DurとGes-Durは同じになりますが、弦楽器では違う音程になりますし運指も異なります。アレンジャーはこのことを意識しておく必要があります。

コーダマークは開放弦と合わせること意味しP4は完全四度で取ることを意味します
Scales by Simon Fischerより



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