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男声合唱組曲『富士山』/碧空に富士 どこまでも裾野

 第一回全四国男声合唱フェスティバルのパンフレットに私が書いた男声合唱組曲『富士山』の解説文です。富士山への私の思いをご理解いただけると思います。当時これを読んだ作曲の多田武彦氏が「とても良かったよ」とお電話を下さいました。(^^)

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<全四国男声合唱フェスティバル(2003年1月12日)パンフレット原稿>

        碧空に富士、どこまでも裾野

「全四国男声合唱フェスティバル」の第一回会合に各団の代表者が集まったのは2002年1月14日だった。初めて合わせる顔もある中、実施に当たって慎重な議論が交わされたが、合同演奏の曲目だけは実にスムーズに決定された。男声合唱組曲『富士山』である。その日以来、私達は四国中の仲間達に呼びかけ続けてきた。「一緒に富士山を歌おう」と。

男声合唱に携わる者にとって『富士山』は特別な意味を持っている。この組曲は、日本の男声合唱に重要なレパートリーを占める作曲家である多田武彦が、大人数で演奏することを前提に作曲した野心的なもので、『多田武彦男声合唱曲集1』の巻頭を飾る記念碑的な作品である。彼は、草野心平が生涯描き続けた富士を巡る膨大な作品群の中から慎重に5編の詩を選び、音楽によってその言葉に生命を吹き込んだ。美しい裾野の如く荘重な冒頭に始まり、富士を巡って配置された自然や生命など、様々な視点から富士に眼差しが注がれる。その営みの中、次第に富士は単なる山であることをやめ、日本人が霊峰として見上げる普遍的存在へと立ち上がり、遂にその視点は遥か天を超えて宇宙にまで舞い上がっていく。終結部、「降りそそぐそそぐ翠藍ガラスの大驟雨」というリフレインが壮大な空間を描き出し大団円を作り上げていく時、人は富士という存在を媒介として神の如き普遍を垣間見るのだ。全くの無伴奏、ただ四声だけのハーモニーでこれほどの空間を描き出した男声合唱組曲は他に類を見ない。

ただ、その壮大さ・時空を越えた無限の広がりを余すことなく表現するためには、演奏技術もさることながら、大編成であることが演奏上、不可欠となる。広大な裾野によって初めて高き頂をなす富士の姿そのままに、ここに記された音楽を余裕を持って表現するためにはどうしても大人数を要するのである。過去、この曲に触れた仲間は多い。しかし、あらゆる条件をクリアした堂々たる演奏を経験した者は数えるばかりではなかろうか。『富士山』を歌うことは、ある意味、私達の夢の一つなのである。それゆえにこそ、初めて四国の男声合唱が集結するこの舞台に私達は『富士山』を選んだ。今宵、四国のみならず各地から集まった仲間一人一人がその裾野となって虚空に富士を立ち上げ、限りあるこの身に普遍の形を刻もうと試みる。願わくば、私達の向こうに遥か壮麗なる富士の高みが姿を顕わしますように。(B1島田)


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