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山羊飼いと野生の山羊

 ある晴れた日の朝、山羊飼いがいつも通り自分の牧場に山羊を連れて行きました。山羊たちは牧場に生えた下草をたくさん食べました。夕方になり陽が落ちる前に、いつも通り小屋に帰るように山羊たちを追い立てました。その時山羊飼いはある一匹の野生の山羊が紛れ込んでいるのに気がつきました。山羊飼いは自分の山羊たちと一緒に、野生の山羊も小屋に入れました。

 次の日はひどい嵐でした。嵐の日は山羊飼いは山羊を牧場に連れて行くことができませんので、山羊に牧場の下草を食べさせることができません。こういう日には、家に備蓄してある餌を山羊にやります。牧場の下草はいくらでも勝手に生えてきますが、備蓄している餌は金がかかるので山羊飼いは嵐の日が嫌いでした。

 さて、山羊に備蓄してある餌をやらなくてはいけません。山羊飼いは自分の山羊には飢え死にしない程度のわずかな量しかあげませんでしたが、昨日紛れ込んだ野生の山羊にはたっぷりのご馳走をやりました。野生の山羊をもてなして、自分の山羊にしてやろうと思ったのです。

 次の日には嵐は去り、よく晴れましたので山羊たちを牧場に連れて行きました。すると野生の山羊は牧場の前まで来ると、一目散に山の方へ走り出しました。それを見た山羊飼いは「昨日あんなに良くしてやったのに逃げるとは、なんて恩知らずなやつだ」と大きな声で言いました。すると野生の山羊は振り向いて言いました。

「たしかに昨日はご馳走をいただきまして、それについてはありがとうございました。しかしわたしはあなたの元で暮らしたくはありません。あなたは来たばかりのわたしのことを、昔から一緒にいた山羊たちより大事にしましたね。わたしより後に別の山羊がきたら、きっとわたしのことも、昨日ほかの山羊たちにしたようにぞんざいに扱うでしょう。あなたはわたしたち山羊のことを甘く見ているようですが、わたしたちにはあなたの腹の底が透けて見えるのです」

 そう言うと野生の山羊は再び走り出しました。野生の山羊は二度とその山羊飼いの牧場に迷い込むことはありませんでした。

「山羊飼と野生の山羊」(中務哲郎(訳)(1999).『イソップ寓話集』岩波文庫 )

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