ワシとコガネムシ
ある森にウサギがおりました。森にはウサギのいのちを狙う者がたくさんおりましたが、ウサギのことを助けてくれようとする者はいませんでした。この日、ウサギはワシに追いかけられていました。もう走るのも限界だと思った時、ウサギは道ゆく小さなコガネムシを見つけました。
ウサギはコガネムシに「助けてください、もう走ることもできません」と言いました。状況をとっさに把握し、どうにかウサギを助けたいと思ったコガネムシは、追いかけてきたワシの前に立ちはだかって言いました。
「ワシさん、一度立ち止まってわたしの話を聞いてください。このウサギはわたしに助けを求めてきたのです。藁にもすがる思いということです。あなたも生きるためにウサギを食べなければならないのでしょうが、ウサギだって生きるためにはあなたに食べられるわけにはいかないのです。ここはひとつ見逃してもらえないでしょうか」
コガネムシは丁寧にお願いをしましたが、ワシは鼻で笑って言いました。
「小さなコガネムシよ。小さなおまえさんが、わたしに敵うわけがあるまいということは、一目瞭然で分かることだろう。おまえさんの願いをわたしが聞き入れなかったとして、なんの得にもならない。ウサギを守りたいなら、やってみればいいさ」
そう言い終わると、ワシはウサギを捕まえ、コガネムシの目の前でペロリと平らげてしまいました。コガネムシは自分の無力さにひどく悲しくなりました。それからコガネムシはどうにか報いを受けさせようと、ワシを見返してやるための方法を考えました。
それからコガネムシはワシの巣をみつけ、見張り続けました。辛抱強く待っていると、ある日ワシが卵を産んだので、ワシが目を離したすきに卵を巣から落としてやりました。それからというもの、ワシがどれだけ違う場所に巣を作って卵を産んでも、毎回コガネムシは巣から落としてしまいました。ワシはついに参ってしまいました。藁にもすがる思いで、ワシはお使えしているゼウスという神様のところへ行きました。
「ゼウス様、わたくしめのお願いを聞いていただけないでしょうか。わたしはこの間から卵を何度も産んだのですが、なぜか残らず全て巣から落とされてしまうのです。何かの呪いなのでしょうか、わたくしめにはさっぱりわかりません。しかしとにかく、子どもを作って育てるのが、ゼウス様をはじめとする神様から命をいただいたわたくしめの使命です。ここはひとつ、どうか素晴らしいゼウス様のお力を貸していただけませんでしょうか」
ゼウスはワシに自分の懐で卵を産むことを許しました。ワシは早速、ゼウスの懐に巣を作らせてもらい、そこに卵を産みました。しかし当然コガネムシはその一部始終も見ておりました。
コガネムシはすぐにゼウスの懐のワシの巣の上まで飛び上がり、ポトリとひとつ糞を落としました。ゼウスは思わず糞を振り払おうと立ち上がりましたが、その拍子にうっかりワシの卵を落としてしまいました。
それを見たワシは、自分の産んだ卵を落とし続けてきたのがあの時自分の前に立ちはだかったコガネムシであったことにやっと気がつきました。それからワシはからだの小さなコガネムシのことを馬鹿にすることはやめ、コガネムシのいる季節には卵を決して産まなくなりました。
「鷲とセンチコガネ」(中務哲郎(訳)(1999).『イソップ寓話集』岩波文庫 )
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