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未来小説 瑠璃になる


   瑠璃になる

             今秦 楽子


瑠璃色の夜を待った夕暮れのコントラストは
おぼろな下弦の月の明かりと共にいた。
わたしが変わるきっかけになる
そんな景色の中。

「いってらっしゃい、今日遅いの?」
「いや、今日は定時に帰ってくるよ」
夫を送り出す。
「いってらっしゃい、忘れ物ない?」
「大丈夫」
息子を送り出す。

朝のルーティン。
家を軽く片付け、洗濯をまわす。
「役割」 の妻と母をこなす。

こうして毎日、毎日、
相も変わらず家族のために尽くす。
夫のため、息子のため。

決して自分へ愛情を注ぐことなんて
全くなかった。
それが普通のことだったから。
ときめきなんていつしただろう。

「おかえり、パンあるよ、
 お腹すいていたら食べて」
「うん」
息子を迎える。
「おかえり、すぐご飯温めるね」
「ただいま」
夫を迎える。
こんなことを繰り返していた。

そんな中、
音声SNSというものが出始めた。
家事の合間に気軽に始めた携帯アプリ。
知り合いでもない人同士が、
気軽に声を掛けられて
匿名性も守られている。

偶然集まる人たちと気楽に話を共有する。
他愛のない会話でも、込み入った話題でも。
このSNSはわたしを飲み込んでいった。

「こんにちは」
初めて聴く彼の声は、
懐かしい波長を感じた。

彼と話せば話すほど
自分が女性でいていい気になってきた。

イケナイと思いながら彼に恋していた。
彼から発せられる愛の表現は
わたしをとろけさせる。
くすぐったい言葉もささいなケンカも
毎日わたしには刺激的だった。

けれどある日から彼との連絡が途絶えた。
SNSゆえにこの途絶えた現象について
追いかけるわけにはいかなかった。

わたしは自分の中にある自分の魂を
見つめることを始めた。

「今、あなたは変わるべき時よ」
夕暮れに走らせていた車から美しい夕焼けと
薄い下弦の月に出会う。
薄っぺらな白い月がみるみるまたたいて
わたしに告げているようだった。

「瑠璃」を名乗って勉強を始めた。
本を読んだ、SNSで情報を得た。
情報の発信もはじめた。と同時に
インフルエンサーと配信もはじまった。

この時から霊的な力が備わっていることが
みるみる確かになってきた。
この力で困っている人の
役に立ちたい。
そんなぼんやりとした使命を負って。

人を癒すには、
まず自分が満たされてなければならない。

家事をこなすだけの妻や母では
もうなくなった。
今までと違って家族へも
愛を込めたコミュニケーションを
図っている。
それは自分の為に。

家が回りはじめたら
居心地も良くなってきた。
自分の好きなアロマを焚いて。
きれいなお花を買ってきて。
ご飯も好きなメニューを振る舞って。

以前と同じことをしているようで、
やっている気持ちはもう無機質ではない。
瑠璃になったから気づく。
自分で女性性を認めると
わたし自身が癒されること。
わたしはひとりの女性なんだということを
わたしに認めてあげた。

「愛を受けていいんだ。
 受け取っていいんだ」
素直にそう思えるまでには
時間はかかったけれど
この変化は劇的な変化だと思っている。

霊的な力も勉強を重ねていると、
自信もついて頼ってくる
お客様が増えだした。

自宅サロンを開業した。
それは妻でも母でもない瑠璃が
活躍するためにしかれたレール。

「ただいま、あれ今日お客さん来たの?」
「うん」
「君の好きな花が飾られているから」
「今日はセッションだったの」

森林を思わせる深いアロマの香が漂う中、
夫が来客に気づいてくれた。
今日も女性として働く瑠璃は
まだまだ変化を続ける。

                 (了


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