煙でもなかった

 ずっともやもやしていたことが、とりあえず決着に向けて動き出した。将棋界のことである。
 三浦九段は対局中に将棋ソフトを見たという疑惑から、挑戦者になっていた竜王戦を含め棋戦に参加できなくなっていた。正確には三浦九段が休場すると言ったのに休場届を出さなかった、というよくわからない理由で対局ができなくなったのだが、その点も含めてもやもやさせられっぱなしだった。

 将棋界がこんな感じなのは、今に始まったことではない。女流棋士独立騒動の時も、よくわからないことが多かった。ただ、あの頃はくせの強い会長がいて、彼がいろいろと騒動を起こしている、という感じだった。けれども今回は、誰がどんな意図で動いているのかも見えてこず、ただただ騒動が大きくなっている感じだった。
 世間にも大きく報じられたが、将棋に興味のない人々には「棋士が将棋ソフトでカンニングしてしまった事件」と思われただろう。実際には、ソフトを見たかどうか、判断するには情報が少なかった。ただなんとなく、「プロがそう感じたならそうなんだろう」と思った人が多いのではないか。私も、疑うぐらいだから確かな何かあったんだろう、と思った。
 ただ、情報が出てくるにつれおかしな話になってきた。一部の棋士が事前に会合を開いていたり、どう考えても証拠にならないような「一致率」なるものが持ち出されてきたり。「あれ、言うほど確かじゃないぞ」となってきた。
 幸いだったのは、三浦九段がしっかりとした対応をしたことだった。対抗して雑誌に情報を流したりせず、弁護士に頼ったのである。そして、そのせいかどうか第三者委員が設置され、かなりまともに調査がされたようである。かくして、三浦九段にかかった疑いは晴れて、連盟側も謝罪(と表現するには不十分だとは思うが)することになったのである。

 ただ、もやもやが完全に晴れたわけではない。三浦九段が復帰することはできるだろうが、世間に与えてしまった多くの誤解はなかなかなくならないだろう。いまだに「疑われることをしたのが悪い」「火のないところに煙は立たない」と言っている人がいる。しかし今回の調査によって、三浦九段が疑うに足る長時間の離席をしておらず、ソフトを利用したと言える形跡もなかったことが分かった。つまり、「煙を見たと思って告発したものの、煙すら出ていなかった」のである。
 そもそも多くの棋士は、しばしば離席する。このような騒動があった後でも、中継のある対局で離席する棋士の姿は普通に見られる。それが普通だからだろう。ただ将棋ファン以外はそんなことを知るはずもなく、「離席する方が悪い」と思っても仕方がないと言えば仕方がない。三浦九段の名誉のためにも、「棋士は離席するもの」という事実を連盟がしっかり伝えていくべきと思うのだが、まあしないだろうと思う。だから、微力ながら私から伝えておきます。
 また、「今後の対局で示していくしかない」という意見も見られるが、これは危険な考え方である。というのも、三浦九段は続けて勝ったことによって疑われたのだ。対局で示さないとならないということは、復帰後負けが込めば「やっぱりソフトを見ないと負けるんじゃないか」と言われてしまうことになる。しかし棋士というのは当然調子の悪い時期もあり、タイトルホルダーでも半分以上負けていることがある。また、会見でも三浦九段は将棋の研究ができていないと述べていた。万全の準備ができていない状態になっている人間に、「勝てたら嫌疑が晴れますよ」と言うのは酷である。
 「仕事を頑張ることで誠意を示す」というのは、誠意を示さなければならない人が言うことである。だから三浦九段は、対局によって何かを示す必要は全くない。むしろ三浦九段が対局で実力を発揮できるように、連盟の側が誠意を示すべきである(今のところ期待できそうにない)。三浦九段はタイトル戦の機会を奪われ、他の棋戦の挑戦者となる機会も失われた。金銭面での損失も大きいはずだ。

 私は今回のことで将棋ファンが離れてしまっても、仕方がないと思っている。将棋は楽しいし、棋士は魅力的だ。しかし将棋連盟という組織は別だ。プレイヤーの運営する組織にはだいたい同じような問題が起こるが、それにしてもなあ、と感じる。せめて優秀な弁護士などに頼ってうまく立ち回ることぐらいはできないのか、と思ってしまう。ソフトによって棋士という仕事がなくなるとは思わないが、将棋のプロが永遠に日本将棋連盟所属でなければならないという決まりもない。
 なかばあきらめつつも、今回のことを機にいろいろ改善されて行けば、とは思う。せめて、ファンが見られたはずの棋譜を見られなくなる、という事態は避けてほしい。あ、こうやって譲歩するからいけないんですよね。変わらなければ、私も去ります。
 

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