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【小説】四間少女 5

 次の一戦は知った顔だった。たまに一般大会でも見かける。それほど活躍しているイメージはないが、油断禁物。気合を入れ直して挑んだ。

 またもや後手。相手の戦法は穴熊。組み方がいい加減だったので、あっさりと作戦勝ちになり、端攻めが決まって快勝した。あっという間の出来事だった。

「……何がいけなかったっすかね」

 まだほかの対局が終わっておらず、部屋の中にその声は響き渡った。

「駒組みが……」

 それ以上は言いようがなかった。まったく序盤の勉強をした形跡はなく、教え始めたら将棋講座になってしまう。

「そうすか」

 相手も食い下がるということはなかった。勝負に執着がないようだ。

 まだ周囲はほとんど中盤だった。貴島は前回準優勝の相手との勝負。じっくりした相矢倉になっている。最近まで居飛車党だったし、こういう局面は見ているだけでわくわくする。

 当たり前だが、貴島は真剣な顔をして考えている。そして、ほとんど動かない。盤面を見つめて、時折ゆっくりと瞬きをする。そして薄く唇を空けて、息を吐き出す。とても落ち着いている。駒を持つ動作も無駄がなくて、まるで駒自身が意志を持って動いているかのようだった。

 兄さんとは違うが、強い人独特の空気感が漂っている。相手だって県内二位の強豪だが、滲み出るものだけを見ればまったく足元にも及ばない感じだ。ちょっと、衝撃を受けている。

 相手の仕掛けを、丁寧に受け続ける貴島。決してべたべたといった感じではなく、余裕をもってスマートに受け止めている感じだ。手を抜かない。気を抜かない。リラックスする。なかなかできることではない。そして対局していない時の貴島の態度から考えると、本当に別人に思えてくる。

 他の対局も見て回る。今はやりの角交換振り飛車が多い。考え方が楽なので、やってみたい気持ちはわかる。ただ、何となく好きにはなれない。急ぎ過ぎている気がするのだ。まあ、感覚的なものだけれど。

 続々と対局が終わり始める。貴島も順当に勝ったようだった。ベスト8全員が出そろったところで、抽選が始まる。私は五番目にくじを引き、「4」を引き当てた。対戦相手の名前は望月。前回三位の選手だ。

 望月は私と同学年、居飛車党で力強い指し手が印象的だ。前回の一位が卒業、二位が敗退ということで大きなチャンスだと思っているに違いない。

 貴島は6番、反対の山だ。当たるとしたら決勝戦。

「強いんじゃん」

 対局の終わった貴島は、ゆるい感じに戻っている。どこかにスイッチがあるのだろう。

「あんたこそ」

「まあ、あれは勝てる。……そういえばさ、お昼ってどうしたらいいの?」

「え、用意してないの」

「食堂とか使えるのかと思ってた」

「休みだよ。ちょっと歩いたらコンビニあるけど」

「見なかったなあ」

「裏の方」

「うーん、案内してよ」

「え、私お弁当持ってきたし、行く理由ないし」

「いいじゃん、わかった、なんかおごるよ」

「……わかった」

 なぜだか、ライバルと並んで歩くことになってしまった。そもそも男子と一緒に買い物とか、そんなこと今まで一切したことがないのだ。周囲の目が気になる。

 と思ったけれど、誰もこちらに興味はないようだった。皆決勝に向けて将棋のことを考えている、ように見える。

「やっぱ、幹太は来ないんだね」

「……兄さんは、入院してるの」

「え、そうなんだ。病気?」

「そう。見た感じは元気なんだけどね。秋の大会は出たいって言ってた」

「そっか」

 コンビニに着く。貴島はかごにお弁当、ペットボトルのお茶、栄養ドリンク、そして缶のブラックコーヒーを淹れていた。私はそこに板チョコを加えた。

「普段はどうしてるの」

「何が」

「ご飯」

「学校あるときは学食。俺、今ばあちゃんと二人暮らしでさ。ばあちゃんに迷惑かけられないし。そのうち俺が料理できるようにならないとね」

「そうなんだ」

「卒業までは戻れそうにないしなあ」

 貴島にもいろいろ事情があるようだ。深く聞くのはやめようと思った。

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