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【小説】明日こそジンジャーティー 6

 池永さんは、来なかった。

 今までも来ない日はあった。今にして思えば、それは将棋の仕事がある日だったのだろう。

 結局、一人もお客さんが来ないという不名誉なことになってしまった。父は特に何も言わないけど、さすがにこのままではまずい。

 焦りから無駄な動きが多くなる。まだ六時半、まだお客さんもおらず、たいしてすることもない。それでも洗い物がないかと覗いたり、注文を取りに行かなくていいかと機会をうかがったり。いつもより心がざわついているのがわかる。

 ドアが開く。父が「あっ」と言った。私は、声を出す事も出来なかった。

 入ってきたのは、池永さんだった。今日はスーツだったが、皺だらけになっていた。そしてそれ以上に、表情は疲れ切っていた。

 彼はよろよろとカウンター席まで来ると、父の目の前に腰掛けた。そして、小さな声で言った。

「夜は、お酒飲めるんですよね」

「ああ、まあね」

 父もいつになく困惑している様子だった。若いお客さん自体少ないうえに、こんなに様子がおかしい人はこのお店では見かけない。

「その……ブラックルシアンってありますか」

「あるけど、お薦めはしないな」

 ブラックルシアンは確か、ウォッカベースのかなり強いお酒だ。私なんかはにおいだけでふらふらしてしまうやつだ。

「……お願いします。あの、俺……」

「メニューにはないけど、ホワイトルシアンを作ってあげよう」

 池永さんは、虚ろな目で父がカクテルを作る姿を見つめている。ウォッカにカルーアを入れた、ブラックルシアン。そこに生クリームを入れたのがホワイトルシアン。飲んだことはないけれど、ブラックよりホワイトの方が随分飲みやすいと思う。

「はい、どうぞ。君、プロ棋士でしょ。黒より白の方が縁起いいよ」

「……」

 目の前におかれたカクテルに視線を落とし、しばらく池永さんは固まっていた。重なっていた氷が溶けてき、カチン、と音を立てた。

「……嫉妬なんです」

「は?」

「小学生の時からのライバルが……タイトル挑戦を決めて。悔しくてたまらないけど、おめでとうって……。昨日後輩に偉そうに言ったのに、俺自身はどこかで諦めていたり、なんて言うか……」

 言葉に詰まった池永さんは、一気にグラスの半分ほど飲みほした。よろしくない飲み方だった。一瞬目を見開いて、その後頭を抱えてしまった。

「すみません……いきなり来てこんな……」

「いいよ。そういうのは、若者の特権。一日ぐらいぐだぐだしたらいい」

「……ありがとうございます」

 その後は、時折ちびちび飲んで、首を振って、ため息をついて、目頭を押さえて。とても幼く見えた。そして、何とかしてあげたいと思った。

 私にできることは、少なかった。そして、今しないと色々後悔すると思った。

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