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【小説】明日こそジンジャーティー 5

 初めて二人以上のお客様。そんなことも、帰ってしばらくしてから気が付いた。私が気になっているのは、初めて残されたコーヒーカップの中身。

 二人は次第に口数が少なくなっていき、特に結論が出ないままに店を出ていった。しばらく空気は重たく、湿ったままだった。残された私は、それを持て余していた。

 彼らを苦しめる、将棋とは何なのだろう。私が知っているのは、色々な駒があって、それを動かすゲーム、というぐらいのことだ。将棋のせいで苦しんだり、悩んだりしている姿は見たことがなかった。

 夕方になり、父が下りてきた。

「ちょっと、出かけてくるね」

「あ? ああ」

 店を出て、傘を差す。雨はとても激しいが、気にならなかった。靴も平べったいし。

 一番近くのコンビニに入り、いつもは立ち止まらない棚の前に立った。文房具などの横に、トランプや花札があり、そしてマグネットの将棋セットがあった。うろ覚えだったが、記憶に間違いはなかった。ずっと前に、「こんなもん買う人いないだろう」と思ったのを思い出したのだ。

 それを今、私が買う。

「780円になります」

 会計を済ますなり、急いで店を後にして、冷たさに気付いて傘を取りに戻った。何がそんなに私を動かすのか、よくわからない。けれども、一刻も早く「知りたい」と思った。

「ただいま! ちょっと一時間待って!」

「用事あるなら別にいいぞ」

 いつにない私の勢いに父も唖然としているようだった。しかし、そんなこともほとんど気にしていられない。

 箱から出したマグネット盤を、机の上に広げる。駒は板から型抜きするようになっていて、次々にプチプチと押し出さなければならなかった。

 ようやく全ての駒を分離させて、説明書に目を落とす。まずは駒の読み方と動かし方が書いてあった。矢印があちこちに飛んでいて、全くわけがわからない。

「何これ……」

 とりあえず、これは簡単なものではないぞと思ったが、小学生にもできるのだから、と思い気を取り直す。駒を動かすのは交互で、前の駒を飛び越しては動けない。ただし桂(カツラではなくケイマらしい)は前の駒を一つだけ飛び越して、左右一つ隣に着地するというトリッキーな駒のようだ。相手の駒と重なったところに着地すると、その駒はもらうことができる。そしてその駒は、自分の好きな時に1ターンを消費して駒の無いマスに置くことができるようだ。

 最終的には、相手の王将(これはなんとなく読み方を知っていた)を取れば勝ちのようだ。味方の駒はどんどん犠牲にして、リーダーさえ捕縛すれば勝利という結構ドライなゲームらしい。

 何度も駒を動かして、動かし方を覚えた頃には深夜になっていた。ふと、あの二人も今将棋の勉強をしているのだろうかと思った。いやさすがにもう寝ているか。女の子は今も泣いているかもしれない。ただ何となく……池永さんは、常に将棋のことを考えながら生きているんじゃないか、そんな気がしていた。

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