【小説】明日こそジンジャーティー 3
雨がしとしとと降っている。喫茶店日和ではないか。
店内BGMを考えるのも好きだ。うちには有線など入っておらず、CDかレコードを選ぶことになる。父は古いレコードなどをニヤニヤしながら眺めているタイプだけど、幸いそれは私には遺伝しなかった。ロックかジャズ、R&Bも少々。クラシックは苦手だ。
雨の日にはしっとり、というのも好きではない。せっかく室内にいるのだから、からっといきたいものでしょう。
そんなわけでギターとドラムの冴えたバンドの曲を、いつもより大きめの音量で。イメージはオレンジティーだ。
からからとーん。扉の開く音がした。いつもは誰も来ない時間なのでちょっとびっくり、そしてわくわくしたが、入ってきたのはいつもの彼だった。いつもとは違い青いカッターシャツで、右肩が濡れていた。
「ここだよ」
傘をたたみながら、彼は振り向いた。そして、現れる赤い靴。浅めのハイヒールだ。危ないので私ならこんな日には履かない。
「……うん」
彼よりも頭一つ背が低い。長く柔らかそうな髪の隙間から見える肌のつやに、どきりとした。ちょっと尖った顎と、すっと通った鼻すじ。眼は少しつり気味で、睫毛が短い。
彼はいつも自分が座る席へと、いつもよりゆっくりと歩いていった。彼女はそのあとをついていく。うつむきながら。
いつもの席の向かいに、初めての人が座る。私の心臓は色々な意味でドキドキしっぱなしだ。
「どうする? ここ、コーヒーがおいしいよ」
メニューを見せながら、とんでもないことを言う彼。あれをおいしいと思っていたとは、自分の作ったものながらあきれる。
「……私、これで」
「あ、うん。……あの、ホットコーヒーとレモンティーを」
思わず声を出さず、彼の口元を見つめてしまった。数秒後、はっと我に帰る。
「は、はい。かしこまりました」
レモンティー。心の中で繰り返す。レモンティー。初めて女性からの紅茶の注文。
いつも以上に適当にコーヒーを準備し、魂をレモンティー作りへと注ぐ。何度も繰り返してきた作業だが、極限まで集中力を高める。
茶葉を通って色を付け、香りをまとい、紅茶は世界に産み落とされる。私はその瞬間、たまらなく幸福を感じる。
「できた」
思わず小さくつぶやいてしまった。
慎重に、慎重に席まで運び、テーブルに置く。
「レモンティーと……ホットコーヒーになります」
彼は小さくうなずいたが、彼女は相変わらずうつむいていた。それでも紅茶を出せたことで、私の足取りは軽くなっていた。
「私……」
でも、背中を向けた瞬間聞こえてきたのは、どうしても気になってしまうような冷え切った声だった。なんとか平静を装ったまま、自分の場所へと帰ろうとする。
「池永さん、私、将棋を続けていく自信がありません……」
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