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【小説】明日こそジンジャーティー 4

 池永、将棋、二つの言葉が、先日のギターメンの言葉を思い出す。どうやら彼が時計屋の息子の池永さんで、ゴダンでプロキシでショーギスキなのだ。

「どうしたの。あんなにやる気だったのに」

「私……もうすぐ二十二歳になります」

 二人の会話にくぎ付けになってしまう。私は食器を洗うふりをしながら、聴覚に力を入れる。

「そっか。早いね」

「友達は就職決まったり、結婚する子もいて……不安なんです」

「不安?」

「このまま大学出て……棋士になれなかったら……」

 どうやら進路相談のようだ。私にも同じ経験があるから、気持ちはわかる。あと、キシになりたいらしい。ひょっとしてプロキシというのはプロのキシということだろうか。

「それであきらめるようなことなの?」

「え」

「いや……なんていうかさ、あきらめられることなら、あきらめた方がいいよ。棋士になったって、常に悩む事ばかりだよ。どうしてもなりたいんじゃなきゃ、無理に続けなって言う理由はないかな」

「……」

 見かけはふわふわした感じなのに、彼の言葉はとても厳しかった。彼女の方はうつむいてしまい、次の言葉が出てこない。

「江草さんは頑張ればプロになれると思うよ。でも、その後のことは分からない。結局は将棋が好きかどうか、じゃないかな」

 紅茶もコーヒーも、冷めていくばかりだった。なんとなくわかった。池永さんは将棋を仕事にしていて、江草さんは仕事にしようとしている。しかしなりたいからなれる、というようなものではないのだろう。少なくとも求人誌に将棋をするお仕事が載ってるのは見たことがない。

 今まで名前も知らなかった人の、色々な面を一度に覗きこんでしまった。どうやら私は、どうせならもっと知りたい、と思い始めている。

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