【大学の提出課題の一つとして】

これまで私が演出家として上演した中から、特別な2つの劇場を紹介する。両者とも、すでにその地域にあるものを利用し、他の劇場では見られない異質で特殊な劇場となっている。

【利賀山房(とがさんぼう)】

富山県の山奥の利賀村に「富山県利賀芸術公園」がある。冬には雪に閉ざされる山中、町から険しい山道を車で1時間近く走ってやっと辿り着く。そこには、ギリシア式の野外劇場を中心に大小様々な劇場、稽古場などがあり、日本の国際的な演劇の聖地と呼ばれる場所となっている。

富山のその地域に昔からあった「合掌造り」と呼ばれる茅葺の家屋は、近隣の「合掌造り集落」の五箇山が世界遺産に登録されるなど、大変貴重な民家の形式である。ここで紹介する「利賀山房」は、「合掌造り」を劇場として改装した空間だ。そこに、建築家の磯崎新が設計した近代建築のエントランス棟を合わせて一つの劇場としている。エントランスは3方向がガラス窓に囲まれたコンクリートの近代的な建物で、中は外光が差し込み明るい。一転して、劇場本体である「合掌造り」の建物に入ると、中は暗く、闇と呼べるほどで、非常に特別な空気感が漂う。近代的な劇場にはない、能舞台などの異質な劇空間と比類するような特別な体験を、そこではすることができる。

【野外劇場『有度』(やがいげきじょう『うど』】

静岡県の日本平に向かう山林に、「静岡県舞台芸術公園」がある。富山県の利賀村と違い、山林だが街からは近く、静岡駅からも車で30分ほどだ。現在では、演出家の宮城聡が芸術監督だが、建設当初は演出家の鈴木忠志の芸術的な意向が反映され、建築家の磯崎新がそれを受けて設計した。

その舞台芸術公園内に「野外劇場『有度』」がある。公園全体のコンセプトである「自然との共生・調和」を体現する中心の劇場で、山の斜面を利用して建設されていて、伊豆で採石された「若草石」を敷き詰め、それ以外は黒で統一された空間は、入るだけで特別な気持ちにさせる。街からそれほど離れてない場所に、木々や風や鳥などの音に囲まれたこのような劇空間が存在すること自体が特別で、非日常であると言える。また、エンジニアリング的には、劇場内部は近代的な劇場で、照明設備や舞台裏、楽屋などの設備も都市などの大劇場に劣らない。

【劇場という装置、について】

演劇というのは、日々の暮らしの「日常」と比較して、特別な体験としての「非日常」だという考え方がある。観劇によって、自分達とは違う(時に狂気と呼べるような)選択をして行く異質な人物たちの物語を体験することは、一種の異文化体験と呼ぶことができる。観客はそこで、旅行のように違う世界に飛び、時に歴史をも飛び越え、普通では体験しえないような非日常体験をする。実は日本では、「劇場」の多くが単なる貸し小屋で、誰でもどのような用途でも使用できるように設計され、運用されているために無個性で、劇場自体が「非日常性」を帯びることが少ない。だが、ここに紹介した2劇場はそれと違い、地域性を利用した特別な空間設計によって、欧州の「劇場」のような、「非日常」を体験するための特別な装置として機能している。

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