全てのボドゲはコミュニケーション
斉藤らっこです。
トリガーゲームズというサークルで、金で勝てるスゴロク「パテント」等を製作・販売しています。
今日は「全てのボドゲはコミュニケーション」という話題で1つ記事を書いてみようかなと思います。
なお、この記事はBoard Game Design Advent Calendar 2022の12月15日の分として投稿しています。
他のボードゲーム製作者の方々の記事が1日おきに更新されますので、是非。
事の発端
秋のゲームマーケットの帰りにA.I.Lab.遊さんとソルナーゲームズ(現在は文具とボドゲを組み合わせた文具ゲームズも展開)の明地宙(メイチソラ)さんがtwitterのスペース機能を使ってラジオをやっていまして、その時の話題が「全てのボードゲームは○○である」の、○○に入る言葉は何か。という話題だったのです。
それで、「全てのボードゲームは算数だ!」とか出ていたのですが、僕がスペースに割り込んで「全てのボードゲームはコミュニケーションですよ」という発言をしたら妙に納得されてしまい、しまいには謎の「全てのボドゲはコミュニケーション教」の教祖みたいな感じの扱いになってしまいました。
その結果、「教祖様は責任持って書いてください」とA.I.Lab.遊さんから言われてしまい、こうして記事を書いている次第です。
ボドゲは良質なコミュニケーションツール
考えてみると、ボードゲームは非常に良いコミュニケーションツールです。
大抵のボードゲームは、ゲームの内容がガチガチの読み合いであれ運要素多めであれ、さらにはアクションゲームやブラフ系についても、相手が何を考えてどう行動しているか。という点を見ることになります。
つまり、ボドゲをしている時間は相手の思考を読み、そして行動を通じて思考が伝達されるのです。相手の邪魔をしたり協力したりすることで相手と干渉できることはボドゲの利点の一つです。
そしてこのコミュニケーションの効果は、デジタルゲームと違い対面で相手の顔を見ることで増幅されます。
初対面の相手を目の前にして、何もない「自由」な状態だと、何を話せばよいのか分からずに緊張したり困惑したりする方も多いのではないでしょうか。私もコミュ障なのでそんな感じです。
コミュニケーションの観点から考えると、ボードゲームは「点を取り合う」「勝ち負けがある」「勝ち負けに導くためのルールがある」という、ある種「不自由」な制限を課すことにより、相手とのコミュニケーションを円滑に進められる効果があるといえるかもしれません。
「じゃあ、思考の絡まない、例えば運だけのスゴロクはどうなんですか!」
ラジオの中で明地宙さんに言われました。確かにその通りです。
A.I.Lab.遊さんは「すごろくは神とのコミュニケーションですよ!」というやべえ発言でラジオは助かりましたが、後々考えるとこじつけすぎるかなと思います(笑)
では運だけのスゴロクはコミュニケーションツールではないのか?というと、そうでもありません。日本では古くから老若男女問わず双六が親しまれてきました。
ではなぜ双六は楽しいのか。
あくまでも私の意見ですが、双六が楽しい理由は、サイコロの出目、そしてその行先のマスの効果によって一喜一憂することで、その事象を「共有」することにあります。
「勝った」「負けた」「ピンチになった」「チャンスになった」
さらにそれによる悔しさや嬉しさを誰かと一緒に味わうこと。
これが双六の面白いところです。
Wikipediaによると、「コミュニケーションとは社会生活を営む人間の間で行われる知覚や感情、思考の伝達」とありますので、双六で遊ぶことによる知覚や感情の共有は、そのままコミュニケーションということが出来るのではないでしょうか。
知覚や感情の共有で言えば、大喜利系のゲームも当てはまりますね。
一人用ボドゲは?
先ほどのWikipediaの引用によると、「人間の間」で行われるものですので、「一人用のボドゲ」はどうなのでしょう。
これに関しては、3つのコミュニケーションを考えることが出来ます。
1つ目は、作者とのコミュニケーションです。作成意図、作者が伝えたい面白いポイントなどをボードゲームを介して共有するという意味では、コミュニケーションと言えるかもしれません。
2つ目は、ストーリーとしてのコミュニケーションです。例えばRPGなどの話を楽しむゲームでは、物語の中にいる主人公が行動を起こすことで発生するドラマを楽しむことが出来ます。
ストーリーの登場人物が架空であれ実在であれ、話には人間と人間のコミュニケーションが軸にあります。これも「コミュニケーションを楽しむ」ということが出来るでしょう。
3つ目ですが、ココが本質なような気がします。
「一人用ゲームをやった感想を共有する」ことで発生するコミュニケーションです。
ドラマやアニメ、映画を1人で観るよりも、友達と観て意見を言い合ったり、別々に観たとしても、後で「あのアニメいいよね!」「すごい良かった!」など感想を言い合うことが楽しいように、一人用のボードゲームにもそれが言えると思います。
一人用ボードゲームは特に「クリアが出来た/出来なかった」の概念が存在しますから、何回目でクリアできたのか。段階が存在するゲームはどの段階に達したのか。それを友達と共有することこそ、一人用ゲームの醍醐味だと感じています。
ボドゲ製作者は軸を持つのも重要
さて、「全てのボドゲは○○」にコミュニケーションを当てはめてみましたが、いかがでしょうか。
コミュニケーションではない、別の○○も多くあると思います。バトルであったり、ハッタリであったり、それは人それぞれです。
ボードゲーム製作者としては、「全てのボードゲームはコミュニケーションだ」と言い切ると、ボードゲームの製作時に一つの軸が出来ることになります。
つまり、製作中のボドゲにコミュニケーションのフックの盛り込み具合に注目できるということです。
製作中のボドゲが盛り上がるか?
相手の思考が出るまで深く考えを巡らせることが出来るか?
知覚や感情を共有できやすいゲームになっているか?
ボドゲ=コミュニケーションツールなのであれば、コミュニケーションのフック足りうる箇所が多いに越したことはありません。
そのような視点でボードゲームを製作することにより、少なくとも製作者の好みに合うボードゲームを製作することが出来ます。
ハッタリだ!と思うのであれば、ブラフ要素を突き詰める。バトルだ!と思えばバトルの楽しさを詰め込む。
こういった思考法でボードゲームを製作するのも、アイデア出しには非常に有効なのではないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
さて、あなたの考える、「全てのボドゲは○○」。一体何でしょうか?
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