第17章

国の豊かさの正しい定義について(p236~p237l13)


 国の豊かさの定義について二説がある。一つはアダム・スミスにより、国の豊かさは土地と労働の年々の生産物の交換価値である。もう一つはフランスのエコノミストにより、国の豊かさは土地の総生産物である。
フランスのエコノミストの定義に従えば国の豊かになれば労働者の収入も増加し、生活が改善されるが、アダム・スミスの定義に従えば、そうではないとマルサスが指摘した。別にアダム・スミスが間違ったのではなく、フランスのエコノミストが主張しているように衣服や住居も国の収入の一部であることをマルサスが認めた。マルサスとアダム・スミスの意見が違った点は社会の収入の増大につれ、貧乏人の生活が改善されていくのを認めないところにある。

製造業の労働はすべて不生産的だというフランスのエコノミストの理屈と、その誤り(p237l14~p241l5)


 豊かな国の生産物の交換価値が年々増大しているが社会の幸福の量の増大に繋がらない。したがって、生産物の本当の効用を眺めることによって、生産的労働と不生産的労働を判別する必要があるとマルサスは考えた。
 フランス・エコノミストは土地での労働より製造業での労働の方が不生産的だという。マルサスはそれを認めるが理由は違う。フランス・エコノミストにより、製造業の生産物は地代を賄えないため、不生産的だという。しかし、生産物の出来栄えがよく、地代を賄える場合は生産的労働になってしまうとマルサスが指摘した。製造業が不生産的だったのは土地総生産に何も付加しないからだという。したがって、生産物は製造のコストを支払った上で地代まで担えることが判別の唯一の基準にならない。
 マルサスは工業製品を作っている労働者20万人を10万人分の食糧しか生産できない土地に雇われるとした。そして、今度はぜいたく品のかわりに10万人分の食糧を残した。よって、マルサスは贅沢品を作る20万人を扶養する富を食糧を増産する20万人の扶養に使ったほうが有用だといった。
 土地に用いられた資本は個人にとって不生産的でも社会的に生産的である。商工業は真逆である。これはマルサスなりの工業より農業のほうが生産的だったといった理由である。
 フランス・エコノミストから見ると商工業で儲かった人は倹約しているからお金持ちになったが、マルサスはそれが商工業には第三者がいなく、利潤が集中しているからだと指摘した。

職人及び製造業者の労働は個人にとって生産的だが、国家にとってはそうではない(p241l6~p243l5)


 商工業での労働は個人にとって生産的でも国にとって不生産的で得られた財産が社会全体に繋がることがあるとしても不確実でむしろ逆だとマルサスはいう。
 消費物の国内取引の面で確かに社会の収入の一部となるがそれはお金持ちだけの収入で社会全体にかかわらない。したがって、食糧の増加ほど大事ではないとマルサスが言った。
 アダム・スミスにより、国際貿易は国をさらに豊かにするものであるが、フランス・エコノミストによるとそうではない、外国貿易は主に外国に対抗する力や外国の労働の支配権を握るためにあり、賃上げには役が立たない。よって、外国貿易は社会全体の幸福には役立たないとマルサスが考えた。
 マルサスは国が豊かになるには土地の耕作の高度化から製造業の発展、外国貿易というのが自然の順序だと考えるが、ヨーロッパではその順序が逆になった。理由は都市部が工業を優先にして職人の賃金が農民の賃金を超えたからだとマルサスは考えた。よって、多くの土地も未耕作のままにされた。もしヨーロッパ全体はそれと異なる政策をとれば人口問題はに悩まされないだろうとマルサスは考えた。

プライス博士に二巻本『観察記』の注目すべき一節(p243 l6)


 人口増加がもたらす問題はマルクス一人だけでは論じれないとし、プライス博士の『観察記』から特に注目すべき一節を引用した。「都会での人間活動により病気が生まれる。農業従事者の死因は衰弱のみである。」という趣旨だ。これには全く賛同できない。人口と食料の増加率は異なるのである。この不均衡は貧困と悪徳により安定する。プライスも人口増加は抑制がなければ爆発的な速さで増える事を証明していた。過剰人口を抑制の方法についても多くの証拠から明らかにしていたのにもかかわらずこのような文を書いてしまった。
 プライスは早婚を推し進めることで悪徳(不倫)に対応していた。ここまでは良くとも、食糧増加速度は人口増加速度よりも遅い事は理解できなかったようだ。

プライス博士は、アメリカ人の~それは間違っている(p245 l12)


 プライスは「文明の初期の単純な段階は、人類は増加し幸福だった」としている。特にアメリカ人は幸福だったとしている。また市民的な自由も人口増加や幸福度に起因するという。しかし、それは未開墾の土地が後代にあり、農業に多くが投資されたからである。現在のアメリカでも市民的な自由を保持しているが、初期段階と同じ速度で人口は増加する事は絶対にない。
 また、初期段階を続けることは不可能である。工業品、贅沢品輸入を禁じとしてもいつかは老化し生産力は落ちるであろう。ヨーロッパでは産業が発達したため早く老化したと言える。また土地の値段の問題で農業へシフトチェンジしてもさほど利益にはならないだろう。
財産が適切に配分されれば労働者階級は減り幸福度は上がるはずである。しかし、最善を尽くしても下級改装は消滅せず、食糧配分も偏る。つまり、プライスの言う農業従事者が衰弱死のみで息絶える世界は貧困により到来しない。

社会の改善の前途に~何の益ももたらさない(p248 l13)


 人口は食糧の増加率以上に増える事は自然の一般法則である。この一般法則は不変であるがこの問題を後回しにしてはならない。放置してしまっては目標が定まらずに進み問題が降りかかり続けるかもしれない。


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