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"脳"という隔絶された世界~薬を自在に届けられる技術は実現するか~

こんにちは、イトーです。

私たち人間は考える動物です。
厳密にいえば、他の動物たちも普段色々考えているのですが、人間は生存能力を高めるための選択肢として、身体能力向上の代わりに、認知能力つまり考える力を過度に発達させてきました。

これは人類にとっては種の繁栄という大目的の達成を裏付けた、重要なイベントでしたが、地球全体・生態系全体にとって良かったことか/悪かったことなのか、は議論の余地があるところです。

この論点は話始めると長くなってしまうので、またの機会においておいて、今日はこの脳の高次機能を保つために重要な機能である、脳血管関門(BBB)について考えていこうと思います。

脳血管関門(BBB)とは?

脳血管関門とは、Blood Brain Barrier (BBB)と呼ばれる脳と首の下との間に存在している障壁です。BBBの解剖学的実体は脳毛細血管であり、脳幹と延髄の部分にある毛細血管の束で構成された壁です。

私たちの体の中では、化学的な性質に従って、細胞間-組織間-臓器間-血液間で、自由に物質が行き来しています。一方で、脳は、非常に繊細な臓器であることや、生命維持に重要な器官として強く保護しなければならないため、物質の通行は厳密に制限されています。

この物質の選別を行い、通行してもよい物質を通し、そうでない物質を通さない仕組みがBBBです。

元来BBBは、先に述べたような毛細血管の束による物理的な防御が、その正体であると考えられてきましたが、そうではないことが最近わかり始めてきています。

そのメカニズムは、完全には解明されていないものの、Tight Junctionと呼ばれる化学的に非常に強固な構造が関係しているのではないかとされています。脳室周囲器官を除いて、内皮細胞同士が密着結合で連結していますが、この密着がTight Junctionであり、これが化学的な防御を担っています

BBBを透過できるのは、基本的にアミノ酸やグルコース等の脳の働きに必要な栄養となる物質です。そして、これらがどのようにBBBを通るかというと、BBBに存在している輸送担体(ラフト:筏)と呼ばれる構造です。

このラフトを持っていない物質は、脳内に移行できない為、ほとんどの物質は脳内に入れません。

しかしながら、BBBが物質の移行を厳密に制御しているといっても、Tight Junctionをすり抜けるような非常に小さい物質は通り抜けてしまう可能性があります。例えば、アルコール、カフェイン、ニコチン、抗うつ薬に使われる化合物などはBBBをすり抜けて直接脳に移行し、正常な脳の活動に介在する事で、好悪さまざまな影響を及ぼします。

BBBが壊れるとどうなるの?

BBBがあるからこそ、私たちの脳は正常に機能し、正常な認知活動が行えているわけですが、このBBBが壊れてしまうことで、脳の機能が阻害されてしまう例も存在します。

例えば、炎症反応を起こした場合は、BBBが緩んでしまうので、いろいろな物質が脳に際限なく入っていきます。炎症は、病気やケガで容易に起こり、BBBが破壊されることで多様な物質の通過を原因として、脳炎などの重篤な影響を及ぼします。

他にも頭を強く打つなど、ケガをしてしまった場合には、先に挙げた毛細血管の束構造が物理的に破壊されてしまったりします。

また多くの疾患でもBBBが破壊されることが知られています。例えば、アルツハイマー病では、異常なたんぱく質が脳に蓄積されることが知られていますが、実は脂質異常を伴っているものもあり、輸送担体が通常と異なる形となり、それがBBBの破壊を引き起こすことが知られていますし、ある種のがんは、エクソソームと呼ばれる小さな袋のような構造にBBBを破壊する物質を潜ませ、がんが脳に転移できるような状況を作りだすともいわれています。

このようにBBBが破壊されることは、脳の正常な神経活動の阻害、脳の炎症の誘起、がんの転移などの異常を引き起こす重篤なことです。

BBBは科学で制御できるか?

しかし、普段通らない物質がBBBを通過する事は、必ずしも悪いことではありません。神経疾患などを直したい場合に任意の薬を通過させたり、認知機能を向上させたい場合に特定の物質を脳に移行させることが必要になる場合があるからです。

医療・医薬系の研究者は、このBBBを任意に制御する事に関する研究に血道をあげてきました。
しかし、BBBの制御は実現できていません。

BBBの通過は、いわゆるDDS(Drug Delivery System)の文脈で研究がおこなわれてきました。DDSとは、つまり薬を飲んだ後に、有効成分を任意の場所に届ける為の技術です。

いくつかの医薬品は、特定の臓器への集積やBBBの通過が可能となっているものの、そのほどんどが偶然で意図して行われたもの/科学的なDDSに関するエビデンスに基いて実現されたものではありません。

しかし、このような偶然の結果、サイエンスの知見が蓄積していけば完全なるDDSもいつか実現すると思います。ただし、一気に好きな場所へ好きな有効成分を届けられるようになるという劇的なものではなく、特定の種類の臓器、特定の種類の成分という、限定された領域で徐々にDDSが実現していくことになろうかと思います。

完全なるDDSが達成された日、それは疾患の治療に対して劇的な有効性を示し、まったく副作用が無い薬が実現する日です。今の技術では、その日は、まだまだ先だとぼくは思います。

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今回はかなりお堅い内容になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?知的好奇心を満たせましたか?
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