幕間 宝石の海岸

□死に絶えた金魚と声のない人魚

ベッドにはもうはだけたあの子が泣いている。

網膜には金魚が泳いでいる空の青さとか。
死にたくなる日のラブホテルや、
声を失った人魚みたいに
何も言わないあの子。

もう悲しみが広がっている水槽や、
死んで魚が浮いている海岸とか。

ここは東京、新宿。
人が死んでいるように生きている街。

打ち付けられるように雨が降り続いていた。
もう紫陽花だって死にたくなるような孤独や、
土砂降りみたいで道路に跳ねている水音とか。
温度が溶けていくようにぬるいこの街の片隅で。

あの子はベンチに濡れている。
うつむいたままだった。

抗争や闘争や論争に向いているこのホテルは、
想像や梱包や鑑賞だって似合わない。
みんな抱き合っている場所。

だからなんだって話で。
場所は滞在するためにあるなら、
そこは隠れ家みたいに静かだった。

耐えられないからうつむいているのに、
笑ったらすむなんて歌を嗤って、
馬鹿みたいに震えていて、
地面の揺れより私のことを心配して。

もうずっと泣いているのに。
なんて誰かにちゃんといったこともなかったな。
スマホはベッドの上で打ち上げられた死んだ魚だった。

ベッドにはもう服を着たあの子は泣いていない。

鼓膜には金魚の泳ぐ音なんて存在しない。
生きているみたいなセックスとか、
声ばかり喜ばせている人魚みたいに
歌っているあの子だっていない。

もう溢れている水槽とか、
打ち上げられた魚も消えた海岸とか。

ここは東京、新宿。
もう誰もいないみたいに静かな夜だ。

死んだ魚が、宝石みたいに輝いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?