梅雨空グッドバイ
最後の梅雨が終わってしまった。
だから、僕は鎌倉に行くことにした。
○
まだ、きちんと紫陽花も見ていなかった。
まともに梅雨を味合わずに、会社と家の往復であった気がする。私はただ生きていたが、きちんとものごとを消化して、吸収して、栄養素を蓄えてはいなかった。ただ、排泄していた。
ここには雨の匂いがある。
そう信じて訪れる場所がある。
傘と「橋」を捕まえたら、私にとってその場所が梅雨だった。「橋」とは、ここではどんなものでもよい。向こう側へ行くための切符。キーとなる、トリガーとなるものや事象。
サーフブンガクカマクラ。アジアンカンフージェネレーションというロックバンドが奏でる、即興演奏だけを集めたコンセプトアルバム。タイトルには江ノ電の駅がずらりと並んでいる。
私は飛ぶ。雨の向こう側へ。そこが愛すべき場所ならば、ここはもはや過去の遺物。私は梅雨から夏へ引っ越さなければならない。その前に、彼女にお別れを言わなければ。
「梅雨、あなたは、私の大切なものだった」
○
横浜から20分横須賀線に乗り、鎌倉駅へ着く。僕はこの場所に、梅雨をむかえに来たのだ。もう会えなくなった彼女みたいに、寂しさを手にひと握り抱えて、夏の暑さを押し退け、雨を迎えに行く。もう会えないだなんて言わないで。虚しさで気が狂いそうだから。儚さで頭が沸騰しそうだから。刹那さで、もう死んでしまいそうだから。ここはあなたとの別れの地だから。
紫陽花は毒みたいに色彩を抱えて、手向の花火みたいに青を弾けて、緑と笑い合っているよ。陽射しが眩しすぎて、耐えられない。あなたはどこへ行ってしまったの。雨と共に優しくしてくれたあなたは、どこにもいない。
平成と一緒に、雨なんかきらいになってやる。そんな馬鹿げたことを、空に語りかけたら、僕の最後の梅雨は終わった。もうきっと、この梅雨は思い出さずにどこかに消えて、そんな人といたなんてことも忘れて、どこかの誰かと、幸せみたいな錯覚で夢を見るんだ。
○
そうして、初夏の陽射しで、目を覚ましたら。
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