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中編




東東京大会準決勝。相手は3年連続代表校の初森第二商業高校。


1点差で迎えた9回裏2アウト1、3塁に俺に代打が告げられる。


いつものように打席に入る。1塁ベンチは全員が俺のヒットを祈っていた。


相手のピッチャーが大きく腕を振る。タイミング良くバットでボールをとらえた。

カキーン



ボールは高々と空に上がる。球場が一気に沸いた。

パシッ


ボールが辿り着いたのはレフトスタンドではなくレフトのグローブの中だった。

3塁スタンドからは歓喜の声が聞こえた。



試合終了のサイレンが響く。こうして、先輩たちの夏が終わった。

そこからは記憶がない。気がついたら史緖里との帰り道だった。


先輩の夏を俺が終わらせた。責任感で押しつぶされる。俺のせいで…

その時はスランプにも陥っていた。完全に野球への気持ちが折れていた。



「いつまで落ち込んでんの!」



それでも史緖里は明るく振舞ってくれた。こんな時でも俺のことを気遣ってくれている。


「明日からは〇〇の代なんだから、来年こそは甲子え…」


史緖里の言葉を遮るように俺は口を開いた。


「俺、野球辞めるわ」


セミの鳴き声だけが夜空に響く。史緖里の顔を見ることは出来なかった。


「俺、やっぱり才能ないわ。頑張っても空回りばっかで…」


自分で言ったのに何故か言葉に詰まる。

史緖里は何も言わなかった。


「これからは普通の高校生活を楽しむわ」



恐る恐る史緖里の顔を見る。大きな目が潤んでいた。


「なんでそんなこと言うの?」


史緖里は肩に掛けていたバックを道端に捨て、俺の腕を掴む。



「〇〇はすっごく頑張ってる。〇〇ならもっと上手になれるって」



目から大粒の涙を零す。


「だからそんなこと言わないで…〇〇なら…〇〇なら…」


史緖里の肩が大きく上下する。息が上がっている。


「お前に何が分かるんだよ!」



そう言って史緖里の腕を振りほどく。


「昔から才能があった史緖里には俺のことなんて…俺の気持ちなんて分からないだろ!」


頭に血が上ってしまう。思ってもいないことが口から先走る。


ふと我に返る。再び恐る恐る史緖里の顔を見た。


「〇〇だって…」



史緖里が何かを呟く。

「〇〇だって私の事、何も分かってないくせに!もう…もう知らない」


そう言うと史緖里は荷物を抱えて走っていってしまった。


夏の夜道に1人になる。季節外れの風が俺を冷静にさせた。


セミの声が無常に聞こえる。俺も足早に家に帰った。


次の日、史緖里は学校を休んだ。




あれから1週間、史緖里は学校を休んだままだった。


体調を崩したと美月から聞いていた。お見舞いに行くにはバツが悪すぎる。


俺は部活に顔を出さず、放課後は屋上でただ時間を潰していた。


無駄に日々を過ごす。それでも野球をやる気にはなれなかった。


「ん…んー」


6時間目の終わりを告げるチャイムが聞こえる。今日も内容は頭には入っていない。


「〇〇、ちょっといい?」


席替えをして席が離れた美月が俺を屋上へ誘う。その声はどこか真剣で美月らしくなかった。


「別にいいけど…」


美月と俺は無言で屋上へ向かった。

夕方とはいえまだ暑さが厳しい。野球部の声がグラウンドに響く。


「ねぇ…本当に野球辞めちゃうの?」


やっぱりその話か。俺の幼馴染はどっちもお節介が過ぎるみたいだ。


「あぁ、辞める。もう野球はいいや」


美月は一瞬、悲しそうな顔をした。何故か泣きそうな顔をしている。

「俺に野球は向いてなかったんだよ」


美月は俯いたままだ。俺は情けない話を続けた。


「才能が無いことなんて中学で分かってたんだけどな」


美月はまだ俯いている。その目から1粒の涙が落ちたように見えた。


じんわりとした暑さが体を刺激する。嫌な汗が背中を伝った。

「史緖里だってこんな下手くそに付き合わされずに済むだろ」



その時、美月が顔を上げた。



「…がう…」



小声で何かを言っていたが俺は気にせず続ける。


「下手くそなプレー見なくて済むから、史緖里だって清々するだろ」


また思ってもないことが口走る。その時だった。

「違うってば!」



美月の大声が空に反響した。あの日の史緖里と同じく、大粒の涙を目に浮かべていた。


「久保はそんなこと思ってない…」


声がいきなり弱々しくなる。すっかり涙声だった。


「久保がどうして推薦断ったか、〇〇知ってる?」


「それはあいつが肩を壊したから…」

美月は大きく首を横に振った。


「違う…」



美月は次の言葉を探っていた。涙がとめどなく目から落ちる。



「久保は…病気なの…」



その言葉を聞いた時、体中から熱が引いた。


頭が真っ白になるとはこの事だった。さっきまで聞こえていた野球部の声も今は聞こえない。

「この学校に来たのも、野球部のマネージャーになったのも、全部〇〇の為なんだよ」


俺は頭を殴られたような衝撃を受ける。



「〇〇が野球している姿が好き」



「えっ…」


「前に久保が言ってた。だから清々するなんて…そんなこと思ってるはずないよ…」


美月は泣き崩れている。


「…行くぞ」

そんな美月の手を引いて俺は屋上を飛び出した。


喧嘩したことなんてもうどうだっていい。



今はただ史緒里に会いたい、その一心だった。


……To be continued

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