第7話
お揃いのお守りを買った。受験が終わったらかぁ…頑張らないとなぁ。
大丈夫、私なら大丈夫。だって、神様にお願いしたもん。
「うわぁ、広い!」
大きなテレビに寝心地の良さそうなベッド、さくらのテンションが上がるのも分かる。
「さく、ベッドめっちゃ柔らかいよ!」
「すご!君もおいでよ」
お子様の輪に入るのは嫌だが、僕もベッドに腰掛けた。
「すごっ…」
思わず声が漏れる。さくらはニヤニヤと笑っていた。
風呂場を覗くとそこにはジャグジーがあった。
「絶対に入る!」
「私も!○○も入れてあげるよ」
なぜ僕だけ許可制なのか分からない。ちなみに普段はシャワー派だ。
「時間大丈夫?もう19時だよ」
興奮していた2人を現実に引き戻す。僕らは19時からもつ鍋の店を予約していた。
「やばい、あと5分じゃん」
とりあえず荷物だけ置き、僕らは急いでホテルを後にした。
博多の繁華街は僕らの街とは全然違った。人混みの騒がしさも、照明の眩しさも、全てが新鮮に映る。
「もっつ鍋!もっつ鍋!」
浮き足立っているさくらの引率は僕がちゃんとしないといけないな。
「「「いただきます!」」」
ぐつぐつと湯気を立てる鍋。もつの1つ1つが輝いて見える。
「で、なんでさくらはサラダ食べてるの?」
もつ鍋を他所に、さくらがサラダをパクパクと食べていた。
「だってお腹すいたんだもん」
「もう少し待てばもつ鍋食べれるじゃん。それとも、ダイエット?」
「君はデリカシーがないね」
またサラダを口に運んだ。全くもって読めない奴だ。
「かっきー、サラダ食べる?」
「私は今、もつ鍋しか見えない」
仲間は増えなかったようだ。
「え?」
僕の前にサラダが置かれる。頼んだ記憶はない。
「私からのお裾分けだよ」
余計なことはやめてほしい。
「もつ鍋いけそうだね」
まずは自分の分…よりも先に遥香の分を取り分ける。
「気が利くじゃん」
「目で訴えてたでしょ」
ある種の恐喝だと僕は思っている。
次に自分の分を取る。遥香は既に幸せそうな顔を浮かべていた。
「さくらは?」
さくらは首を横に振る。そして、サラダを食べ続けた。
「「「ごちそうさまでした!」」」
正直、もつ鍋を舐めていた。本場のもつ鍋は僕の予想を大きく裏切った。
「私、もう何も食べれない」
共感を示すために頷く。僕も遥香も結構な量を食べた。
「〆のちゃんぽんも最高だったね」
「〆なのに2人前食べた遥香に、僕はびっくりしてるけどね」
「美味しかったからいいの!」
〆という言葉の意味を教えてあげたい。
「さくらは美味しかった?」
「もちろん、私の目に狂いはなかったね」
かく言うさくらはもつ鍋を1杯しか食べなかった。
それでも満足ならそれで良い。僕らは少し浮かれながら夜の博多の街を後にした。
部屋に戻ると女子組はお風呂に入ると意気込み、ジャグジーにお湯を張った。
「じゃ、お先に!」
「はいはい」
2人は中々入らない。何をしているんだ。
「ねぇ、何かないの?」
「は?」
女子組はどこか不満げだ。僕は何もしていない。
「女の子が2人、お風呂に入るんだよ?」
なるほど、理解した。いざ言われると少し照れる。
「顔真っ赤じゃん。初心だなぁ」
さくらは相変わらず僕を舐めていた。
「じゃあ、僕に乱入して欲しいの?」
僕は軽い冗談で言ったつもりだった。
「そんなことしたら、私が殺すけどね」
「うわぁ〜ケダモノ〜」
そう言い残すと2人はバスルームに消えていった。
「あの目は…本気の目だ…」
僕はリアルな殺意を初めて背中に感じた。遥香なら…やりかねない。
女の子の風呂は長いということは僕でも知っている。
気長に待つとしよう。僕はテレビの電源を入れた。
聞いていた話は本当だった様で、2人が出てきた時、僕は睡魔と戦っていた。
「ごめん、ついジャグジーが楽しくて」
「それは何より…ふぁぁぁ…」
眠い目をこすりながら風呂に入る準備をする。
「んっ」
「さくらどうした?」
僕の袖を引っ張る。振り返ると、さくらは何も言わずに手を広げた。
「可愛いね」
可愛らしいパジャマ。女の子はこんなオシャレをして寝るのか。
「○○って罪な奴だわ」
風呂場の扉の前で遥香に言われた。残念ながら、僕には心当たりがない。
「ごゆっくり」
「君ら程は長くはないよ」
「女の子はそんなもんです〜」
「はいはい」
遥香をあしらい、風呂場の扉を開く。
「おぉ…凄い…」
初めて見るジャグジーは僕の心も簡単に掴んで離さなかった。
「お、遅かったねぇ」
あれだけ大見得を切ったのに、僕はしっかりとジャグジーを堪能した。
「で、2人は何をしてるの?」
机を挟んで2人は座っている。手にはトランプが握られていた。
「もちろん、2人でババ抜きだよ」
よくもまぁそんな屈託の無い笑顔で答えられたものだ。
「見たらわかるよ。疑問なのは、なんで2人でやってるのってこと」
「あ、君もやりたかった?」
聞きたかったことはそれでは無い。でも、僕もやりたくない訳じゃ無かった。
「やってあげてもいいよ」
「いいよ、私はさくと2人で楽しいから」
遥香は僕をからかうときの顔をしている。くっそ…。
「…僕もやりたい」
「素直でよろしい。はい、ここ座って!」
それから僕らはトランプにUNOと旅行初日の夜を満喫した。
さくらは負けが重なり、途中で拗ねていたけどね。
「じゃあ、お休み」
日付が変わる頃には全員疲れきっていた。僕は布団に入ると、すぐにベッドに溶け込んだ。
「じゃあ、また後でね。終わったら連絡するから、絶対迎えに来てよね!」
旅行の2日目、僕の心は最高潮にモヤモヤしていた。
「さく、ちゃんと検査してくるんだよ」
さくらは手を振りながら病院の中へと消えていった。
旅行中に病院で定期検診を受けるなんて前代未聞だろう。驚きが隠せない。
「で、何しよっか」
いきなり2人きりにされてもやることがない。僕には経験すらない。
「とりあえず、コーヒーでも飲む?」
遥香の提案に僕は二つ返事で頷いた。病院近くのカフェ。とても良い雰囲気だった。
さくらが戻ってくるまで約2時間。時間はまだまだある。ゆっくりしよう。
2人でモーニングセットを注文した。
「うん、美味しい!」
「そうだね」
店内に流れるクラシックが僕を惑わす。いつもなら落ち着くはずの曲が、今は煩わしかった。
「…○○!」
遥香の声で我に返る。
「ごめん、聞いてなかった」
慌ててコーヒーを1口飲む。熱いコーヒーが喉を襲った。
「どうしたの。朝からおかしいよ」
「そうかな」
「そうだよ、○○らしくない」
このモヤモヤの原因は多分、いや絶対にさくらだった。
今朝起きると、さくらはいきなり「今日、病院行くんだ」と言った。
僕が動揺しているうちに話は流れ、その時は詳しい話は聞けなかった。
後から聞くと今日は定期検診の日だとさ。
少し安心した。しかし、気づいたら動揺がモヤモヤに変わっていた。
「僕らしくない…か」
昨日から頭の片隅に消えないこと。いや、本当は、初めてさくらに出会った日から1度も忘れたことはなかった。
「さくらって病人だったんだね」
遥香はチラッと僕を見るとカップに口をつけた。
「病院に入って行くさくらを見て思い出したんだ。
いつもは明るくても、さくらは病人なんだっていう事実をさ」
心の内を話すのは得意じゃない。でも、遥香になら自然と口を開いていた。
「さくらは○○が思っているよりちゃんと病人だよ。
ラーメン、残してたでしょ?」
遥香の口調は優しかった。
「えっ…」
一瞬で血の気が引いた。
「そんな顔しないでよ。ただの食事管理。昔っからだよ」
あれは女の子の胃袋の問題では無かった。知った気でいた自分を殴りたい。
「昨日だって、○○がお風呂入っている時に薬飲んでたんだよ」
返す言葉も無かった。カップの中の闇を、ただじっと見つめていた。
「別に隠してた訳じゃないと思う。ただ、心配させたくなかっただけだよ」
「うん…」
見当違いな返事をした。そして、僕はまた黙り込んだ。
無言の時間が続いた。BGMのクラシックはもう2週目に入っている。
「小学生の時さ、男子にからかわれてたんだよね」
気の強い遥香が男子にからかわれている姿を僕は想像出来なかった。
「お前の眉毛45度ってね。今思うと笑っちゃう。
でも、その時は本当に嫌で毎日男の子と喧嘩してたの」
「ある日ね、いつもみたいに喧嘩してると、さくが急に割り込んできたの。『かっきーが可哀想!』って」
さくらにそんな度胸があったなんて。僕は少し感心した。
「でもさくは大泣きだったの。からかわれてたのは私なのに。
でも、それから男の子にからかわれることは無くなったんだ」
遥香はコーヒーを1口飲む。
「私はさくに救われたの」
「救われたって…大袈裟だね」
遥香は首を横に振った。
「私にとってはそれくらい嬉しかったの。だから…」
遥香は不自然に会話を止める。そして、また、コーヒーを1口飲んだ。
「だから私はさくのためだったら何だって出来る。
命だって懸けられる」
そう話す遥香の目は真剣そのものだった。
「○○はどう?」
急にバトンが渡された。そのバトンはとても重く、とても繊細だ。
「僕は…」
僕も不自然に会話を止める。でも、これに深い意味はない。
ただ、言葉にするのが怖かっただけだった。
「僕は命までかけられるかは分からない。でも…でも僕も、できる限りはさくらを守りたい」
店内は涼しいはずなのに、僕の鼓動は早くなっていた。
遥香の表情が緩んだ。緩んだ口元からは前歯が覗いている。
「やるじゃん」
「ありがとう」
僕は少しだけいつもの調子を取り戻せた気がした。
「さくのこと悲しませたら許さないからね」
「生憎、僕はそんなことしないよ」
真剣で優しい遥香。2人の関係性は僕が思うより、ずっと強い。
「約束だからね。はい」
遥香は小指を差し出す。僕は無言で指切りをした。
「元気になった?」
「お陰様でね。ありがとう」
ふと、時計に目を向ける。もうそろそろ12時だった。
「やばっ、さくから連絡来てた」
スマホを見ると、もう10分も前に連絡が入っていた。
「やばい、急げ」
さくらを待たせると絶対に良いことはない。僕の勘がそう言っていた。
僕らは急いでカップを片付けると、早歩きで店を後にした。
「そう言えば昨日、さく喜んでたよ」
病院までの道で遥香が呟いた。
「なんで?」
僕には全く心当たりがない。
「はぁ…全く…」
真夏の太陽が容赦無く僕らを照らす。僕も遥香も、額に汗を光らせていた。
……To be continued
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