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『Nameless Story』③

「元保育士 白石麻衣」


「せんせぇー、ぎゅーっ」

「どうしたの、あやめちゃん」

子供たちに囲まれ、昔からの夢だった保育士生活を楽しんでいた。

「あやめね、せんせーのことだいすきなの」

「ぼくもせんせーのことすき!」

わたしも!ぼくも!と声が続く。

「先生も、みんなのこと大好…」

あぁ…またここか…

視界が急にぼやける。子供たちの笑顔が遠ざかる。

いつもここで夢は終わる。それは多分、私のせいだろう。

もうあの笑顔に囲まれることはない。

なぜなら、私は保育士を辞めたから。



ピピピピッ、ピピピピッ

「んっ…、んーーーーー」

騒がしい目覚ましを止め、大きく背中を伸ばす。
カーテンを開けると、朝とはもう言い難い、高い太陽光が私に照りつける。

「お腹…空いたな…」

ベットを出て、台所に向かう。冷蔵庫の中は空だった。

「はぁ…コンビニか…」

そう思ったものの、鏡に映った自分の姿に引き止められる。

「服着るのめんどくさ…」

そして私はベッドに戻った。

もし今から何も食べなければ死ねるかな…

そう思ったのは1回や2回ではない。無味乾燥な私の人生に、希望なんてもう何一つない。

だからと言って自分で終わらせる勇気もない。

こうして私は保育士時代の貯金を食い潰しながら、立派なニート生活を送っている。

「どこで間違ったのかな…」

私なりに子供たちと真剣に接していたつもりだ。子供たちは可愛いし、仕事なのにこっちが癒されてさえいた。

自分で言うのもあれだけど、結構子供たちから人気があったと思う。けど、それが良くなかった。

同僚にはそれがよく映らなかったらしい。裏で虐められるだけならまだしも、ありもしない不倫の噂なんて流されたら…

私の精神はいとも簡単に壊れた。

「どこで…なんで…」

考えても考えても答えは出ない。もう流す涙もなかった。



「はっ」

目が覚めると太陽はすっかり顔を隠していた。

「はは…ははははは」

もう笑えてくる。こうして私の1日、いや、命は過ぎていく。

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