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前編


カキーン


雲ひとつない青空に白球は勢いよく吸い込まれていく。


ランナーが1人帰り、2人帰る。当のバッターは意気揚々と2塁ベースを蹴っていた。


俺はベンチの中からそれを見ていた。悔しくて仕方なかった。


幼かった記憶に強く刻まれたホームラン。それが俺が野球を続ける原動力でもあった。

その試合は圧勝だった。俺のライバルは最終回のマウンドにも立っている。

「ストラーイク!バッターアウト!」

最後の打者も三振にとってみせた。


「ありがとうございました」

そう言って試合後の挨拶をする。ポニーテールが風になびく。


俺は相変わらずベンチの中から声を出すことしか出来なかった。


悔しくて悔しくて、試合後には涙が出そうだったのは今でも覚えている。


俺と永遠のライバルとの物語はここから始まった。




「ふぁーぁ…」


6時間目の終わりのチャイムが鳴る。ついさっきの社会の内容は少しも頭に残っていない。


「そんなんだとまた赤点取るよ」


後ろの席からシャーペンでつつかれる。


「美月だって人のこと言えたもんじゃねーだろ」


「〇〇よりはマシです〜」

こいつの名前は山下美月。俺の2人いる幼馴染の内の1人だ。


「そんなことより、準備しなくて良いの?そろそろ来ると思うけど…」


美月の話が終わるか否かのタイミングで教室の扉が開く。


そこには、大きなバックを背負い野球帽を被った色白の少女が立っていた。

「〇〇、部活行くよ」


「噂をすれば…久保〜」


「やま〜。あ、〇〇は早く準備して」


そしてこいつがもう1人の幼馴染兼部活のマネージャー、そして…

俺の永遠のライバルだった久保史緒里だ。


「はい、〇〇行くよ!やま、また後でね〜」


毎日こうして俺は部活に連れて行かれる。



史緖里と俺は中学生までは同じチームで野球をしていた。


史緖里は昔っからレギュラーで俺はいつも控え。

ホームランも打てる史緒里、ヒットがやっとな俺。いつも後ろから追いかけるので精一杯だった。


それから俺は地元の高校に行った。野球はそこそこ強かったが、甲子園に行ける程じゃあない。


ライバルはいなくなるから、もう野球は辞めよう。そう思っていた。

史緖里には沢山のスカウトが来ていた。俺が野球をやる理由はもうない。


そんな俺の思いは、脆くも入学式の朝に砕かれる。


「〇〇、学校行くよ」


驚く俺を他所に史緖里が俺を迎えに来た。よく見ると同じ学校の制服を着ている。


「早く!」


そう言われて俺は急いで制服を着た。

「えっと…なんで?」


学校に向かう途中、俺は疑問を投げかけた。


「最寄りの高校に行くのなんて普通でしょ」


確かに普通なら何もおかしくない。でも…


「推薦、どうしたんだよ」


女子野球のある強豪校に行くものだとばかり思っていた俺はまだ戸惑いが隠せなかった。

そんな俺を見ると史緖里は涼しい顔をして答えた。


「実は、肩壊しちゃったんだ〜」


そう言って右肩を上げる。確かに水平くらいまでしか上がっていなかった。


「それに、そろそろ普通の女の子に戻りたいしね!」


笑顔でそう言う史緖里には野球への未練は無さそうだった。

「そっか…」


俺は複雑な思いだった。中学最後の試合でも完璧な投球をしていたのに…


「何暗い顔してんの。〇〇にはまだ野球があるでしょ?」


「えっ?」


俺は思わず聞き返す。耳を疑った。


「だからぁ、私が野球部のマネージャーやるってこと。まさか、入らないなんて言わないよね?」



こうして俺の高校野球生活がスタートした。


「いや、疲れた…」


「何よ、これくらいで情けない」


当たりはすっかり暗い。練習後の俺と史緖里は校門の前で美月を待っている。


「誰だよ罰走増やした奴」


「あんな球を空振りする方が悪いの!」


痛い所を突かれて俺は返す言葉が無くなる。帰り道はいつも反省会だ。



「あの…お二人さん、そろそろ良いかな?」


気付けば美月が背後にいた。


「お前、遅いな。暇部のくせに」


「暇部とは失礼な!ちゃんとした茶道部です〜」


自信満々に答える美月。心做しか鼻高々に見える。


「いや、部費でお茶菓子買って畳でゴロゴロしてるだけだろ」

美月は決まりの悪そうな顔をし、史緖里は隣で笑っていた。


「お…お茶くらいたてるし…」


さっきまで高々と伸びていた鼻はすっかり折れていた。


「はいはい。さぁ、帰ろうぜ」


早く家に帰りたい俺は話を切り上げて道を進んだ。


「ねぇ、久保。少し痩せた?」


帰り道に美月が尋ねる。


「夏が近いからねぇ〜」


史緖里は満更でもなさそうだ。いつも一緒にいる俺は全く気づかなかった。


「美月も見習えよ」


「なんか言った?」


鋭い眼光に俺は完全にビビって声が出ない。


史緖里はそれを見て、また、笑っていた。


……To be continued

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