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第2章 『守りたいもの』②

「正しさとは」

帝都から帰ってから数日、私たちはいつもと変わらない日々を過ごしていた。

橋:いよいよ今日だね

生:何が?

西:何が?

奈々未以外はキョトンとしていた。

橋:いや、七瀬は分かるでしょ。ほら、帝都の…

西:あー、その事ね

松:2人だけでなんやなんや?

以依然として残りのメンバーはキョトンとしていた。

棘長:そう言えば、帝都から人が派遣されて来るってよ

帰りの電車内で唐突に言われ、理解が追いつかなかった。

橋:何でですか?

棘長:友好の証だとさ

帝都がそんなことで人を送ってくるはずが無い。まぁ、理由は何となく分かる。

神長:まぁ本当の目的は監視ってところかな

橋:ですよね

かつての戦いが長引いたように棘人も神人も戦うのが不得意ではない。

そんな2人が手を組んだら…帝都が野放しにしておくはずがない。

西:…zzz

ぐっすり眠っている。この先どうなるのだろう、考えても分からなかった。

考えても仕方ない。私も目をつぶった。




?:はぁ…なんで私が…

車内で大きめのため息をつく。帝都生まれ帝都育ちの私の初めての電車は思い出に残りそうだ、もちろん悪い意味で。

?:はぁ…

ため息が止まらない。見慣れた街並みがゆっくりと遠ざかっていった。

自分で言うのも恥ずかしいが、私は小さい頃から良くできた方だった。

勉強も人付き合いも卒無くこなした。

士官学校を卒業する時は女性初の首席卒業もやってみせた。

そこからは順調に出世街道を歩んでいた。2日前までは。

?:やっぱり左遷かなぁ

棘人と神人…考えるだけでもゾッとする。ただ、上から言われたことには従うしかない。

考えを巡らせているうちに目的地を告げるアナウンスが聞こえた。

?:はぁ…

何度目か分からないため息をつき、降車する準備を始めた。


西:まだかなぁ

私と七瀬は帝都からの来訪者の出迎えのため駅に来ていた。

ブオォォォ

橋:電車来たからそろそろだよ

西:どんな人か知ってるん?

その人については何も聞かされていなかった。ただ…

橋:ここで降りる人なんて普通いないでしょ

西:それもそうやな

そんな会話していると、階段に1人の人影が見えた。

大きな荷物を抱えたその人は意外にも女性だった。

西:おーい、こっち!!

七瀬が大きく手を振るが反応は薄い。心做しかムスッとしている気がする。

橋:橋本奈々未です。村まで案内します

挨拶と同時に手を差し出す。案の定、直ぐに握り返されることはなかった。

橋:橋本奈々未です。村まで案内します

奈々未が差し出す手を不安そうに見つめる目。私にはその気持ちが理解出来た。

あの日の自分と彼女は一緒だった。握手をする、そんな簡単なことが出来なかったあの日…

ゆっくりと上がってくる手を、私は強引に奈々未の手に重ねた。

西:西野七瀬です。よろしくお願いします!

小さく彼女は会釈をした。奈々未も微笑んでいた。

手を離すと彼女は自分の立場を思い出したようにしっかりとした、どこか冷たい声で挨拶をした。

新:新内です。よろしく

駅から村までの道のりは何かしらの話をしていたが、内容は特になかった。

ただ、時間を埋めるだけの意味の無い会話。新内さんは私や七瀬の質問に最低限しか答えなかった。

橋:こちらを使ってください

家に案内する。村の中でも有数の立派なものを用意したが、帝都には足元にも及ばないだろう。

橋:帝都には及びませんが、慣れれば良いところです

半分冗談のつもりだったが返答は意外なものだった。

新:良いところですね。空気が綺麗

私は深く頭を下げる。褒められて少しだけ嬉しかった。

その日はそれで彼女とは別れた。早く仲良くなりたい、そんな気持ちが私の中で強くなった。



ピンポーン

朝早くから誰か来た…今日は休みなはずなのに…

新:誰…

ガチャ
扉を開けるとそこには昨日の女の子が立っていた。

西:おはようございます!今日は私が案内します

別にもう案内なんて…という気持ちはあったが正直まだ何も分からない。

新:ちょっと待って、着替えるから

私はスーツに着替える。これが私の戦闘服だ。

新:お待たせ

西:またそんな暑そうなの着てるんですね

新:仕事着よ。ほら案内よろしく

私と西野さんは村の中心に向かった。


西:新内さんって何歳なんですか?

新:24だけど

西:えっ、めっちゃ大人じゃないですか!

新:おばさんって言いたいの?

西野さんは慌てて弁明した。

西:ち…違いますよ!大人に憧れてるだけです

新:冗談よ。それにあなたたちは歳とっても若いままでしょ?

棘人や神人は歳をとっても見た目があまり変わらないとどこかで聞いたことがある。正直羨ましい。

西:そうですけど…フフフッ

新:どうしたの?

西:いや、新内さんも笑うんだなぁって

自分でも気付かないうちに笑っていたみたいだ。

西野さんに釣られて、今度は自覚しながら頬を弛めた。

西:ここが雑貨屋さん。おばちゃんこんにちは!

お:あら、七瀬ちゃんこんにちは。隣の方は?

西:帝都からのお客さんやで

私は頭を下げる。あげた時、この人はどんな顔で私のことを見ているのだろう。余所者である私を軽蔑した眼差しで見ていることだろう。

お:あら〜楽しんで言ってね

予想外もいい所だ。笑顔で対応されるなんて頭の片隅にも考えてなかった。

西:おばちゃんまたなぁ〜

西野さんが手を振るとおばさんも手をぶり返す。

よくよく思い返すと、場違いなスーツを着ている私を道で避ける人は1人もいなかった。

それからは1日かけて村を案内された。

最近ぎっくり腰になってしまった肉屋、気難しいが味は絶品の定食屋、明るい未来に溢れる小学校…

どれも帝都のものと変わらない…いや、帝都よりも活気に溢れているような気がした。

西:最後は良いところ教えたる

そう言うと彼女は足早に私の手を引いた。


西:着いた

手を引かれて到着したのは、だだっ広い草原だった。所々に水が溜まっている草原は辺りの自然を詰め合わせたようだ。

新:凄い…

完全に言葉を失う。西野さんは計画通り、と言わんばかりの笑顔だ。

西:新内さんに、ここを好きになってもらいたくて

ここ、というのは単に草原の事ではないだろう。彼女は続ける。

西:色々思うことがあるのは最初はみんな一緒。でも、私は自分の目で見たものが真実だって…そう思いたい

彼女の芯の強さみたいなものの片鱗に触れた気がした。ありがとう、そう言えば良かった。

ただ、そこには素直になれない…自分の心の中を覗かれたような気がして拗ねた、子供じみた私がいた。

ブオォォォ

私は近づいてくる電車をただ、無言で見つめているだけだった。



高:やっぱり奈々未強いわ。全く当たらない

橋:私だって全くよ。次の人良いよ

若:やっと出番だわ。ほら、玲香行くぞ

桜:え〜疲れるのはちょっと…

引き摺られながら道場に消える玲香。数分後には激しい稽古の音が聞こえる。

時々、私たちはここの道場で稽古をしている。奈々未たちは武術、私たちは剣術を昔から伝統としている。

まぁこのご時世、道場以外でこれらの事が活かさせることはないだろう。

汗を流すのは嫌いじゃない。平和ってのは良いもんだ。

生:そう言えば最近あの人見ないね

高:あの人?

生:ほら、帝都から来た…

西:新内さんね

生:そうそう、七瀬は見た?

私は首を横に振る。一実の方をちらっと見るが同じく首を横に振っていた。

松:この前、めっちゃ怖い顔して歩いてたで。挨拶したら軽く会釈されただけ行っちゃった

白:やっぱり馴染めてないのかな?

生:なんか心閉ざしてる感じするよね

私は草原でのことが頭を過ぎった。あの日、少し踏み込みすぎたのかもしれない。

橋:七瀬、どうしたの?

西:えっ?

橋:暗い顔してるよ

相変わらず鋭いなぁ。怖いくらいにキレッキレ。

西:いや、何でもないよ

橋:ふーん

奈々未のことを欺けただろうか?多分無理だろう。

私の頭の中には奈々未を欺く方法も、新内さんに手を差し伸べる方法も思いつかなかった。


あれから1ヶ月近くが経った。それでも私の中の幼稚さは日に日に募るばかりだった。

確かなことは、ここの人たちはみんな私には優しく接してくれることだ。

村ですれ違えば挨拶をしてくれる。私を避ける人は誰もいない。

そんなの当たり前のこと、そう思うかもしれない。

その当たり前は今までの私を作っていた土台をいとも簡単に崩した。

今日も机に向かい帝都への報告書を書く。もうこれにも何を書けば良いのか分からない。

新:はぁ…

報告書を丸めて捨てる。今は全てから離れたかった。

気が付くと私の足はあの草原に向かっていた。あそこに行っても何も変わらないだろうけどね。

草原に着くとそこには1人の背中が見える。あれは…

新:橋本さん

彼女は振り向くと驚いたような表情を見せた。

橋:新内さん、どうして?

余所者の私がこの場所を知っているのが驚いたのだろう。

新:西野さんに前に教えてもらったの

橋:あぁ、やっぱり

新:隣良いかな?

橋本さんは黙って隣を空ける。隣に座っても会話はなかった。この場所では会話はナンセンスなのかもしれない。

電車の近づく気配がする。あの日、帝都に行ってからもこの気配には変わらず、私の希望が詰まっていた。

私には新内さんがどうしてここに来たのかは分からない。隣に座っても会話は始まらなかった。

2人の間を風が吹き抜ける。

新:帝都ではさ

きっかけは何も無かった。唐突に新内さんが口を開いた。

新:棘人も神人も野蛮で危険な奴らって教わってたんだ

昔の私なら聞く耳を持たなかっただろう。あの日のようにこの場から立ち去っていたかもしれない。

新:誰もそれを疑わなかった。もちろん私も

新内さんの顔を除く。その目には何が映っているのだろうか。

新:でも現実は違った。ここに来て私の目で見た人たちは帝都の人と何にも変わらなかった

「何にも変わらない」その言葉をこの人から聞くとは思わなかった。

新:それで私は分からなくなった。

自分が今まで信じてたもの、それが全く違っていた。

土台を失った心は簡単に壊れるのよ

新内さんの悩みを解決出来る言葉を私は持っていなかった。

橋:私は自分の目で見たものしか信じない

捻り出した言葉が自分語りとは情ないなぁ。でも伝えたいことは同じだ。

そう言えば、同じ話をここでしたことがある気がする。

橋:今までとか関係なく、自分の目で見たことが真実だと思いますよ

そう言うと私は立ち上がった。自分語りが恥ずかしかったのもあるが、ここから先に私がしてあげられることはもう残っていなかった。

橋:自分は自分に嘘なんてつけませんよ

そう言い残して、私は村に戻った。


新:本当に仲良しなのね

いつかも聞いたその話は私の耳にもこびりついていた。

新:私の目もそうでありたいな

もう少しここにいよう。答えは出なくても居心地は良かった。


村に戻る。出た時よりは心がまだ形を留めていたような気がする。

靴に何が当たった。ボール?

間もなく、1人の女の子がそれを取りに来た。

新:はい、これ

久:おねーさんありがとう!

ボールを受け取ってもその子は戻らなかった。寧ろより私を見ている気がする。

久:おねーさんもあそぼう!

新:えっ、私は…

北:史緒里どうしたの?

これで助かった。早くこの子を連れ戻して。

久:あ、ひなこ。このおねーさんもあそぶの!

日奈子と呼ばれた少女は私の方を見た。そして明らかにイタズラに微笑んだ。

北:新内さんこっちですよぉ〜

強引に手を引かれる。えっまじ?

新:いやいや、私もうにじゅうよ…

北:いくつになっても人は皆子供なんですよ!

新:いやいや、意味わからな…

北:いいからいいから!

私に拒否権はないみたいだ。

北:この子が史緒里でこっちが桃子。それで向こうが…

山:やましたです!

梅:うめざわみなみ

新:おぉ、良くできたちびっ子たちだな

山:ちびっていうなおばさん!!

北:こら美月

新:おばさん?!あ〜もう怒ったぞ

この時、何かが吹っ切れた気がした。

山:やばいみんなにげろ!

ウワァァァァァア
一斉に散るちびっ子たち。全員捕まえてやる。

新:待てぇぇぇぇえ

北:私も負けないぞ。うぉりゃゃゃゃゃぁ

いつもより騒がしい公園。傍から見たらバカみたいかもしれない。

でもここに来てから初めて、心から笑うことができた。



高:いやぁ、実に惜しかった

橋:今日は私の勝ちかな?次良いよ

若:待ちくたびれた。ほら、玲香行くぞ

桜:え〜疲れるのはちょっと…

恒例行事過ぎてもう突っ込まない。どうせ数分後にはバチバチにやっているんだから。

生:そう言えば最近、新内さんめっちゃ明るくない?

松:この前挨拶したらめっちゃ明るく返ってきて、もうまちゅめっちゃ好きやわ〜

白:え〜今度話しかけに行こ

生:私も私も!

どうやら無事に解決したみたい。私の手助けなんて要らなかったかもな。

西:どうしたん奈々未?

橋:えっ?

西:なんかニヤニヤしてんで

橋:いや、何でもないよ

西:良いことあったんなら教えてや〜

橋:私に勝てたら良いよ

西:よし、やったるで

七瀬の勘もあと一歩だった。この後、私は負けなかったからね。

新:いらっしゃい、入って

松:おじゃましま〜す

白:綺麗な部屋!

桜:テンション上がるね

若:だね!

生:ソファふかふか!

今日は一同で新内さんの家に招かれていた。もうすっかり村に馴染んでいる。

橋:なんだか良かったです

新:誰かさんたちのおかげよ。今日はゆっくりしていって

西:お言葉に甘えます!そう言えば今日はスーツじゃないんですね

新:もう戦闘服は必要ないからね

そう言って笑う彼女。私も七瀬もやっと本当の新内さんに触れることが出来た。

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