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あなたが教えてくれたもの



『命は美しい』

いつからだろう、私はずっとそう思っていた。

凛と咲く華も、颯爽と吹き抜ける風も、地平線から差し込む藍色の陽も…

全てが自分の役割を全うし、その命を使い切るまで、独りで走り続けていた。

じゃあ、私は何のために生きているのだろう?

何かに怯えながら、理不尽に耐えながら、毎日という檻に繋がれながら…

無機質な心のキャンバス。私は自分の命を全うできているのだろうか。

何度問いかけてみても、心の暗闇は黙り込んだままだった。


あぁ、そうか。そんな答えが見つからなくたって、目の前の真実は1つだけだ。

私はその真実が…私の命が美しいまま消えてしまえばいいのか。

耳に鳴り響く轟音、目を瞑っていても感じる閃光、後ろから聞こえる人々の咆哮。

私の身体はふわりと浮いた。

あぁ…これで…やっと…


ふわりと浮いた体は無情にも地面に戻された。


「おい、何してんだよ」


なんでよ、私の事、自由にしてよ。そんなこと言えないけれど、ギュッと目頭に力を入れた。

握られた手を振りほどく。私は足早にこの場を去った。

君のせいで私は、私の命を引き止めてくれる人がいることを知った。




昨日の今日で気分は上がらない。今日も私は独りでお昼をやり過ごす。


「あ、昨日のお前」


顔を上げると、私の命を引き止めた張本人。


「なんだよ、お前、同じ大学かよ」


前の椅子腰掛ける。

私はお前じゃない。私には“七瀬”という名前がある。まぁ、そう呼ばれたい訳じゃないけど。



「七瀬は独りで飯食ってるのかよ」


気安くそう呼ばれても、正直どうだっていい。私にとって名前なんて、その程度のものだった。


「なら一緒に食おうぜ」


想定外の展開に私は驚いた。

君のせいで私は、騒がしい昼休みを知った。

そうしてここから私と君の数奇な関係が始まった。



君のせいで私は、誰かと受ける講義を知った。

隣で人がいるのは何だか落ち着かない。君は意外と真面目にノートをとるんだね。


君のせいで私は、誰かと歩く帰り道を知った。

私の隣に影が伸びているのは、新鮮だった。何かを話していたけれど、内容はもう覚えていない。


君のせいで私は、誰かとLINEする苦労を知った。

ずっと独りだった私には、返信のバリエーションが無かった。君はいっぱいスタンプを持っているんだね。


君のせいで私は、休日を誰かと過ごす楽しさを知った。

君と食べた焼肉は美味しかった。奢りだったからかな?



君のせいで私は、何にも怯えなくて良い日常を知った。

もう誰も私のことが見えない人はいなかった。君が近くにいるだけで、私は何も変わっていないのにね。


君のせいで私は、LINEが楽しくて眠れない夜を知った。

今まで私の頭の中を埋めていた悩みが、少しずつ薄れていった。


君のせいで私は、スポーツ観戦の熱気を知った。

全力で応援する君のほうが強く印象に残っているよ。



君のせいで私は、自分のお酒の弱さを知った。

どうやって帰ってきたか覚えてないけど、置き手紙を見て二度とお酒を飲まないと誓った。


君のせいで私は、海の青さを知った。

暑さにバテそうだったけど、海は冷たくて気持ちよかった。


君のせいで私は、紅葉の絢爛さを知った。

この頃には君と過ごすのが当たり前のようになっていったね。


君のせいで私は、白銀の世界の明るさを知った。

スキーは転んでばっかりだったけど、すっごく楽しかった。


君のせいで私は、夜桜の淡く儚さを知った。

美しく咲き誇る桜も、その佳境は短い。でも、今は力いっぱいその命を燃やしていた。


君のせいで私は、初めての告白を知った。

桜の木の下で、私は少し黙り込んでしまった。

少し前なら知らなかった。でも、今は…


君のせいで私は、誰かを好きになる気持ちを知った。


君のせいで私は、幸せな痛みを知った。

恥ずかしくて私は君の胸に顔を埋める。君の鼓動もとても速かった。

外はまだ寒い春。でも、君の温もりがあったから、私は寒くは無かった。


君のおかげで私は、たくさんの幸せを知った。

透明なキャンバスの上に、多くの色が塗られていった。でも、これじゃあ、なんの絵なのか分からない。

でも、それでいい。誰にも分からなくても、私だけは分かっている。

色もまだまだ足りないよ。これからもたくさん塗っていこうね。


君のせいで私は、誰かに命を救われる経験を知った。

頭の中は真っ白なのに、目の前は真っ赤に染まっていた。


君のせいで私は、真っ黒な洋服を知った。

黒は全てを飲み込んでいく。私のキャンバスも、もう真っ黒だ。

涙も出ないし、声も出ない。ただ、じっと祭壇を見つめていた。


君のせいで私は、大きな喪失感を知った。

心に空いた穴は、何色でも無かった。

君との思い出をただ懐かしく噛み締めるだけ。

それでも1つ、分かったことがある。

人生は永遠ではない。花の儚さに似たそれは、一瞬、一瞬の積み重ね。それこそが生きている意味なんだって。


君に教えられる前から私は知っていた。


「命って美しい」


fin.

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