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第6話

この1週間、私は人生で1番勉強した。いつもなら「補習でいいや」って思ってた。

でも、今年はそういう訳にはいかないんだ。





朝は得意な方ではない。どうして僕は夏休み初日に、人気のない駅前にいるのだろうか。


「お、気合い入ってるねぇ」


諸悪の根源は早朝でもニコニコして登場した。


「気合いじゃなくて悲哀の間違いじゃないか?」


「これから楽しい楽しい旅行なのに?」

旅行自体に不満な部分はない。ただ、夏休みの初日、女の子2人と、という状況には不満を言いたい。


「あ!かっき〜」


最後のメンバーも合流する。この2人に早朝の湿っぽさなんて無いらしい。


「よーし、れっつごー!」


2人は駅に向けて歩き出す。そのキャリーケースを僕の足元に残したまま。

僕らの最寄りの駅から東京駅に出る。まだ7時にもなっていないのに、凄い人集りだ。


「お弁当、売り切れちゃう!」


「早く!早く!」


ちょっと待ってくれ。君らは身軽かもしれないけど、僕はキャリーケースを持っている。

3人分の荷物と共に2人に追いつく。でも、この荷物じゃ店には入れない。

「私、見とくよ」


店から出てきた遥香が言う。


「元は君らの荷物だけどね。さくらは?」


「優柔不断を炸裂させてる。さくらの回収もお願いね」


荷物を任せると、僕も店内に入る。

弁当を選ぶことに心を踊らせている自分がいることに気がつく。さくらが優柔不断になるのもよく分かる。

店の奥には同じ優柔不断が、眉間に皺を寄せて弁当とにらめっこをしていた。


「んー、こっちも美味しそう。でも…牛タンも捨てがたい…。あ、いくらもある!」


僕も隣に並ぶ。ケース内の弁当は全て美味しそうに見えた。

僕は早々と弁当を決めた。こういうのは悩んだら負けだと思っている。

「君は何にしたの?」


「僕は牛タンにしたよ」


さくらはまだ、眉間に皺を寄せている。左手には牛タン、右手にはいくら丼を持っている。


「じゃあ牛タン1枚あげるよ」


さくらの眉間から皺が無くなり、眉毛がグッと上に上がった。


「そうする!」


僕は優柔不断さんを回収することに成功した。

「あ、やっと来た」


遥香は待ちくたびれた様子で欠伸をしていた。


「早く食べたいね〜」


さくらは弁当の入った袋を宝物を見るような目で見つめる。


「じゃあホームに行こっか」


僕はまた2人の後を着いて行く。僕の中での旅行への高揚感もより一層高まっていった。


ホームに着くと同時に、僕らの乗る新幹線も到着した。

新幹線に乗り込むと、僕は2人のキャリーケースを荷物棚に置く。男の子だから頑張れ!と言われたけど、絶対に適役は遥香だと思う。

次に、僕らは座る場所を決めた。結果は僕が窓側、さくらが真ん中、遥香が通路側だった。

さくらと遥香が仲良く喋るだろうから、僕は窓の景色でも楽しんだ後に寝よう、そう思っていた。

新幹線が動き出す。あのアナウンスを聞くと旅行へ行くんだということを実感する。


「「いただきます!!」」


隣のさくらは美味しそうにいくらを頬張っていた。この光景は花より団子の例文に使える。

「ほいひい〜」


キラキラと輝く笑顔。美味しいのが食べていなくても分かった。


「いただきます」


僕も蓋を開けた。美味しそうな牛タンが4枚入っていた。


「さくら、ほら」


さくらに1枚あげる。


「ありがとう!……美味しい…」


感動のあまり言葉を失っていた。喜んで貰えて何よりだ。

しかし、僕はさくらの笑顔の奥で物欲しそうな顔を見つけた。


「…いる?」


うんうんと首を振る。そして、牛タンを食べる。


「うまっ!」


喜んでもらえたなら、そう言い聞かせ僕は自分の弁当に目を向ける。


「え?」


残り2枚あるはずの牛タンが1枚しかない。

咄嗟に隣を見る。何かをモグモグと食べているさくらと目が合う。

さくらはまた満面の笑みで僕に笑いかける。意味がわからない。

こうして、僕は1枚の牛タンを大切に、大切に食べた。

食べ物の恨みは怖いということをいつか知らしめたいと心に誓った。

朝ごはんを食べ終えると、意外にも席は静かだった。

遥香は直ぐに寝た。さくらはカバンから本を取りだした。


「本読むから静かにしててね!」


謎の念押しをされる。いつもうるさいのは君の方だよ、言ったけどさくらには聞こえていなかった。

窓の景色は特に面白くはない。やる事が無くなった。

仕方ないから僕もカバンの中から本を取り出した。


「あ、その本!」


さっきの念押しはなんだったのか。さくらは早々にも読書を中断した。


「読んでくれるの?」


「せっかくオススメしてくれたしね。

それに、さくらのことを知りたくなったんだ」

この本を読むことでさくらのことを知ることが出来る。そう思った。


「いきなり知りたいだなんて、君も大胆だね」


「そういう気はないから」


「またまたぁ〜」


茶化すさくらを無視して、僕は本の表紙を捲った。

活字がびっしりと詰まっていた。僕の知らない世界がそこには広がっていた。


「…あっ」


どれくらい時間が経っただろうか。僕は活字の世界から夢の世界へと活動を移していた。

遥香はまだ寝ている。さくらはまだ、活字の世界に没頭していた。

窓の外を見る。高いビルが無いくらいで、場所の特定は困難だ。


「君、本開いて直ぐに寝てたよ」


活字の世界から戻ってきたさくらは、僕を馬鹿にしたような、呆れたような顔をしていた。


「僕と本は相性が悪いみたい。夢の世界も悪くなかったよ」


僕は本をカバンにしまった。多分、読むことは当分はないだろう。

そんな僕を真似てか、さくらも本をカバンにしまった。


「もう読まないの?」


「君が暇そうだから、私がお話してあげようかなって」


暇を潰せそうなのは有難かったが、そのニヤついた顔は気に食わない。


「はいはい、ありがとう」


「あ、嘘つき見っけ」


嘘ではない。社交辞令だ。

「今読んでた本でね、カップルがお揃いのネックレスを身につけていたの」


「よくある話だね。愛を示し合う、的なね」


そうそうとさくらは頷き、話を続けた。


「でも、愛は物で示さなくても心にあるでしょ。わざわざ目に見える形にしなくても、って思うんだ」

珍しくさくらと意見が合いそうだと思った。


「君はどう思う?」


「愛は物で示せないって点は僕も同意見だね。

愛なんて一瞬の輝きに過ぎないんだ。その一瞬を物で示すなんて無駄だと思うよ」


僕の答えにさくらは不服そうな顔をした。


「愛って一瞬の輝きなのかなぁ」

「永遠に続く愛なんて幻想だよ。

まぁ本当にお互いへの愛を示すなら、タトゥーでも彫れば良いと思うよ」


その答えにさくらは声を出して笑った。


「あはははっ、それも良いかもね」


「タトゥーって彫るの痛いらしいよ」


さくらにタトゥーは似合わないと僕は思う、そう直接伝えるのは控えた。

「えっ、じゃあやめる」


豆腐のように柔らかい意思で良かった。


「それが良いと思うよ。体は大切にね」


特に深い意味は無い。その後もさくらとは他愛もない話を続けた。

アナウンスが流れる。目的地まで後少しだった。

集合の時は薄暗かった空は、陽が高く昇っていた。

人生初の福岡県、イメージのせいなのかラーメンの匂いがする気がする。


「え、なんかラーメンの匂いしない?」


さくらもそう言うことだし、あながち気のせいじゃないのかもしれない。

ちなみに、遥香は博多に到着するまで1回も起きなかった。

「ん〜、お腹空いた!」


ずっと寝ていたのに、どこで腹を空かせたのだろうか。


「私も!」


時刻はすっかり昼時だ。僕たちは駅近くのラーメン屋に入った。


「私は…博多ラーメンの大盛り」


「僕は普通で。さくらは?」


「私は小さいやつ!」


やっぱり、僕には女子の胃の大きさが分からない。

「「「ご馳走様でした」」」


ラーメンを食べ終えると、僕らは最初の目的地である超有名な神社に向かった。

綺麗な水辺を散策する。夏の暑さはインドアな僕にはキツい。


「うわ、なんだこれ」


「麒麟だってよ」


「えー、可愛くない。ねぇかっきー」


別にキリンだって可愛くはないと思うけど。


「こっちのペンギンみたいなのは?」


「それは鶯だね」


「こっちは可愛いね、さく」


この2人は神様への敬意が無いみたいだ。かくいう僕も神様を信じている訳では無い。


「本殿行こ!」


「あ、かっきー待って!」


この2人は何歳なんだろうか。同い年とは思えなかった。

楼門を抜けると空気が変わる。観光客で賑やかだったが、荘厳さはそれを凌駕していた。


「凄い…」


さすがのお子様2人も空気に呑まれている。さっきまでが嘘のように目をぱちぱちさせていた。


「お参りの仕方分からない」


遥香も首を縦に振っていた。やれやれ。


「二礼二拍手お願い一礼だよ」


3人でお参りをする。僕が終えた時、2人はまだ目をつぶっていた。


「○○は何をお願いしたの?」


「穏やかに暮らしたいって」


「えー、いつも通りじゃん」


本人には自覚がないらしい。君が台風の目なんだけどね。


「遥香は?」


「やっぱり学業成就かなぁ。一応ここ、学問の神様いるし」


遥香らしい堅実な願い事だ。


「さくらは?」


「私は…病気が治りますようにって」


その言葉を聞いたとき、僕は頭の中で一つの事実を思い出す。

ずっと忘れていた、いや、気づかないふりをしていた事実。

僕も遥香も言葉を失ってしまった。そんな僕らを見て、さくらは笑いながら話す。

「ちょっと〜、黙らないでよ!」


この場面での上手な返しを僕は知らない。多分、遥香も知らない。


「そのお願いはズルいな。学業もお願いした方が良い」


よく分からない会話をしてしまう。それでも、さくらはいつも通りだった。


「酷いなぁ。でも、それもちゃんとお願いしたよ!」


「二兎追うものは…」


「難しいお話は知りませーん」


さくらは耳を塞ぐ。僕も何だかいつもの調子を取り戻す。


「再来年の受験が心配だよ」


「ギクッ…耳の痛い話しないで貰えるかな」


遥香も僕と同じみたいだった。良かった。


「じゃあさ、3人でお守り買わない?」


我ながら名案だと思う。直ぐに話に乗ってくる、そう思っていた。


「えー、私はいいや」


さくらは乗り気では無かったのだ。


「ダメ、さくが一番お世話になるでしょ!」


遥香の一押しで僕らはお守りを3つ買った。

僕は白色、遥香は紫色、さくらは桃色のお守りに学業を委ねることにした。


僕は神様は信じない。勉強なんて尚更だ。それでも、今日ここに来た記念を形で残したかった。


「受験を無事終えたら、春にまたお守りを返しに来ようよ」


僕も頷く。さくらも間を開けて頷いた。


「さくらは無事に終えられるかなぁ」


「バカにするな!」


夕方の夏風はとても爽やかだった。



神社から市内に戻ると、陽はすっかり傾いていた。


「夜ご飯はもつ鍋がいい!」


大して食べない癖に、食べたい欲は旺盛みたいだ。夜ご飯はもつ鍋に決まった。

そんなさくらに連れられて、今日の宿に向かう。着いた先は明らかに高校生の身の丈に合わない場所だった。


「さく、ここ?」


僕も遥香も戸惑っている。


「うん、ここだよ!」


さくらに全て任せたことを後悔した。いや、さくらが勝手に計画したことか。

堂々とさくらはエントランスに向かう。僕らはその後を恐る恐る着いて行くのがやっとだった。

「何だか落ち着かないね」


エントランスのふかふかのソファーは僕らに場違いだと語っている様だった。

僕らは恥ずかしいくらい周りをキョロキョロしてしまう。後ろではさくらが一丁前にホテルマンと会話をしている。


「これ見て」


僕は遥香にスマホの画面を見せる。

「えっ…」


遥香の顔から血の気が引いていく。

僕らの心配を他所に、さくらはルンルンで戻って来た。


「鍵貰って来たよ」


「ねぇ、さく、お金大丈夫なの?」


いつもより早口な遥香。さくらの方が冷静なんて珍しい。

「うん、お年玉があるからね!」


ドヤ顔にグーサインのダブルコンボだ。


「2人は気にしなくていいよ」


「ダメ、絶対に返す」


「えー、いいのに」


「ダメなものはダメ!」


まるで何かの漫才を見ている気分だった。僕も当事者の一人だというのに。

「じゃあ、出世払いね」


そのさくらの一言でこの漫才は終わった。僕らは高校生にして債務者になった。


「じゃあ、部屋にれっつごー!」


ここまで来たら腹を括るしかない。僕はこの状況を楽しむことにした。


「はい」


僕はさくらに手を差し出す。


「え、なになに?」

「僕の部屋の鍵は?」


さすがにこの2人と寝る訳にはいかない。というか、それが当たり前だろう。


「…」


さくらは無言後、僕に微笑みかける。その瞬間、僕は悟った。


「…」


僕も無言でさくらに微笑みかける。

もう二度とさくらに旅行の計画を任せることはない、そう固く誓った。


……To be continued

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