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鳩に棲みつかれてから追い出すまでの話

さて、今年の春に引っ越した。

引っ越したので前の家の話をする。
1年だけ住んでいた家だ。

前の家の賃料、驚きの3.7万円。安い。
共益費5千円を合わせても4.2万円。格安。
大阪市内、御堂筋沿線、1DK、風呂トイレ別、クリーニング済、キッチンは新品。
エレベーター無しの4階だったことを考えても、好条件だ。

更に入居直後に壊れたエアコンは、大家さんのご厚意で翌日新品に取り替えられた。ちょっと怪しいぐらいの優良物件。

なんでこんなに安いんだろうかと疑いながら、2月に入居。
理由が分かったのは4月のことだ。

鳩がうるさい。
暖かくなり始めてから、毎日毎日鳩がベランダにやってくる。

クルッポー
クークー
バサッバサッ
ホーホー
クルックー
チッチッチ

入れ替わり立ち替わり、鳩が何羽もやってくる。
鳴き声だけならまだしも、大量に!大量にフンをしていく!!フン!うんち!!

ベランダに置いていた洗濯機で洗濯をするのはやめてしまった。
洗濯機がフンまみれになるからだ。拭いても無駄。消毒しても無駄。どんどんフンが増えていくばかり。ビニール手袋越しにだって分かるフンの感触にはうんざりした。
コインランドリーが1階にあったのはそういうことだったのだ。

引っ越し業者さんが「洗濯機処分しないんですか?」と言ってきたのは、ベランダが狭くて洗濯機を置きづらいことだけが理由じゃなかった。「鳩がいるから洗濯なんて無理ですよ」と言いたかったのだ。

よくよく近所を観察して回ってみると、あちこちの家やマンションに鳩避けネットが掛かっていた。近くに大きな公園があるから、野鳥被害が出やすい地域らしい。全く知らなかった。事前知識が足りなかった自分の責任だ。

洗濯機はそのうち廃品回収業者に頼んで持っていってもらおう。どのみち3回引っ越しに付き合わせて、8年ほど使っていた洗濯機だ。諦めもつく。

仕方なくコインランドリーを使う毎日。
早朝に鳩の鳴き声で起こされる毎日。
ベランダの窓を開けることもなくなっていった。安い家賃のことを考えると、許容範囲だとも思う気持ちもあった。

しかし6月。
鳩の鳴き声が更にうるさくなった。

前は「ときどき羽休みに来てるのかな」ぐらいの頻度だったのに、
6月に入ると、「わたし鳩飼ってたのかな」ぐらいずっとベランダに居る。

胸騒ぎがした。
なんかおかしいぞ。

調べてみると、室外機の下に住み着きやすいらしいと知った。

室外機は洗濯機の裏にある。
洗濯機を移動させないことには、室外機の付近は掃除できない。

見ないふりをして数ヶ月、ようやく洗濯機の廃棄を決意した。

ところが。

洗濯機は「廃棄」できないと知る。
大型家電は「リサイクル」が鉄則。知らないことだらけだ。恥ずかしい。廃棄業者さんに電話をする前で良かった。
リサイクル業者さんに片っ端から電話をして、エレベーター無しの4階まで洗濯機を回収に来てくれる値段を伺う。

悔しい。
まだ使えたであろう洗濯機。鳩が居なければ現役だったはずなのに。
せめて引っ越し時に回収してもらっていれば、5千円で引き取ってもらえたのに。
ケチな私はとっても悔しがって、16,500円を支払った。
これを「鳩代金」として換算することにする。
鳩め…。

そして洗濯機回収、当日。
洗濯機を手の届く範囲で掃除して、消毒した。
途中ベランダに鳩が入りたそうにしているのを無視して、洗濯機をピカピカに磨いた。
ベランダの掃除もちょっとした。近くに木なんてないのに、枝や葉が落ちている。なぜだ。

不思議に思いながらも、業者の方を迎える。
業者の方は1人でいらした。
1人で洗濯機持ち上げるんか。すごいな。パワフルだ。
悠長にそんなことを思って見守っていたら、ベランダのリサイクル業者さんが、

「うわっ!!」

と、かなり大きな声を上げた。
成人男性が仕事中に上げる声量ではない。

「卵ありますよ!!卵!」
「は!!?!」

わたしも負けじと声を上げた。
「嘘でしょ!!?!」と続けてがなりながら、少し浮かせた洗濯機の隙間から、白いものを目にした。

マジやん。マジのやつやん。

「今日の夕飯は目玉焼きで決まりですね!」
なんて笑いながら洗濯機を抱えて去っていくリサイクル業者さん。

待って。置いてかないで。
本当に無理。助けて。

救いを求めたいのをグッと堪えて、「ありがとうございました、検討します」と頭を下げた。
私も随分混乱していた。
検討しないよ。
食べないでしょ、鳩の卵。こわいわ。

卵。しかも4個。卵×4

そりゃあうるさいわけだ。
巣作りして、子作りして、子育てしてるんだもの。三大欲求の全てをうちのベランダで完結させてるんだもの。うるさくもなる。

卵を守るためにいつ鳩が戻ってくるか分からなかったから、ベランダの窓はサッサと閉めた。証拠の写真は窓越しに撮った。

っていうか枝多いな。葉っぱも。どっから持ってきたんだよ。巣作りしてやがるよ。巣にしては枝の寄せ方下手だな。上手くても困るけど!

室外機どころか洗濯機の下。
こっちが洗濯できないことを良いことに、洗濯機を雨除けにして。

かなり混乱した。
しかし確実にその日、巣の隣の部屋で眠ることは難しい精神状態だと思った。(隣の部屋どころか窓を隔てた同じ部屋なわけだけれども)
申し訳ないのだけれど、と当時の彼氏(今の夫)に頭を下げて、家に泊めてほしいと願い出た。
彼氏は承諾してくれた上で、巣を見に来た。彼氏も相当混乱していた。
混乱しながら、「参考になると良いんだけど」と動画を見せてくれた。

めっちゃ参考になる。
鳩被害者がわたしだけじゃないと知って、心強かった。わたしはYouTuberさんの文化に詳しくないのだけれど、こういう時に誰かの不安を救っている人たちなのだとリスペクトの度合いがアップした。感謝だ。

こちらの動画を参考に、鳩の巣の駆除について調べてみた。

① 鳥獣と鳥類の卵を捕獲や採取・損傷してはならない(鳥獣保護法より)

② 鳩の糞や羽毛に病気を引き起こす病原菌が潜んでいる

③ は役場へ申請して捕獲許可を得る必要がある

つまりだ。プロを呼べと言うことだ。

鳩の巣、素人が駆除しちゃだめなの。そんな。洗濯機回収費に続いて、また「鳩代金」が嵩むじゃないか。
相場はおよそ15,000〜25,000円。卵の数によって値段が上下するらしい。
払えない額じゃない。でも悔しい。家賃が安いだけじゃ、釣り合いが取れなくなってきた。入居前に分かっていたら…と栓ないことを思う。

しかも鳩は帰巣本能があるらしく、巣を駆除しても、一度巣と決めた場所に何度も戻ってくるらしい。
勝手に人の家に棲みついておいて。勝手に決めておいて。家賃も払わないくせして。戻ってくる…? 許せない。
何回、駆除費を払わせる気なんだ!!

心を鬼にして「鳩避けネット」の設置を心に決める。
100均やホームセンターで材料を買い揃えて、自分で設置すれば安価であろうと考えた。どこまでもケチ根性。

さっそく大家さんに電話した。鳩の巣発見から3時間後のことだ。
「鳩が棲みついて困るので鳩ネットを設置します。ベランダにテープを貼ってもいいですか。」
震えた声音だったと思う。ちょっと混乱が残った頭で喋ったから、穏やかではなかったと思う。
すると大家さんは慌てたようにわたしを止めた。
「え!?は!?危ないですよ!こっちで業者を手配します!」
救いの手だ。「入居前に鳩のことを教えてくれていたら…」と思う気持ちは吹き飛んだ。
しかも巣の駆除の手配もしてくれると言う。
有り難い!エアコンを買い替えてくれたときも驚いたけれど、なんて頼もしい大家さんなんだろうか!

まずは駆除の日取りを決めた。仕事があるから、次の休みに約束した。
「雛が孵ると大変ですから、早めが良いですよね」
といたわれて、ゾッとした。そうか、産まれることがあるのか。当たり前のことに思い至ってなかった。そうなると新しい命だ、「駆除」なんてできないんだろう。
卵だって命に違いないけれど、罪悪感が段違いだ。巣立ちを見守る可能性を考えると、気が重たくなった。

とにかく鳩の駆除費とネット施工費を大家さんが負担してくれるとのことだった。鳩代金はまだ16,500円。

次の休み、昼過ぎにインターホンが鳴った。
駆除業者だと思ってモニターを覗くと、大家さんが立っていた。
あれ。もしかして心配して駆除に立ち会ってくれるんだろうか。
疑問に思いながら解錠して出迎えると、大家さんは普段着に、45Lゴミ袋とチラシ数枚を手にしていた。チラシはたぶん、ポスト横のゴミ箱にドサドサと捨てられているやつだ。
挨拶もそこそこに、
「卵どこですか?」
と問われたので、狭いベランダに案内する。

「分かりました、じゃあ撤去しますね」

大家さんは窓をガラガラと開けて、素手で、チラシを使って卵を掬おうとした。
え。そういう感じ?
大家さんが駆除してくれるの??? 業者は???
「あの!」
思わず、大家さんを呼び止めた。
振り返る大家さんに向かって、「良かったら使ってください」と言い添えてビニール手袋を差し出した。洗濯機を掃除するときに使ってたものだ。
大家さんは緊張した顔を少し綻ばせて、一枚抜き取り、また卵に向き合った。
やっぱり大家さんが駆除するのか。
そんな軽装備で。

ガッサガッサと巣をゴミ袋へ入れる。それだけ。

駆除なんて仰々しいものじゃなかった。ただのゴミ捨て。
毎週ゴミ収集車が過ぎ去ったあとにエントランスを掃除している大家さんの姿と、寸分違わない。

ものの数分で巣の“駆除”が終わる。

「フンがあると鳩が帰って来ますから、水を撒いて、デッキブラシでよく掃除してくださいね。近くの100均なら必ずデッキブラシ置いてますよ、必需品ですから。」
「あの、駆除って許可が要るって聞いたんですが…」
「そうなんですよ!この辺りで何件かアパート経営してるとね、必須なんです。ちゃんと役所に申請してますから安心してください!」

そうなんだ。そういうものなんだ。
っていうかやっぱり、許可が必要になるほど、“よくあること”なんだ…。
近隣一帯が鳩物件であることは、周知の事実。知らずに引っ越してきたわたしは、かなりのおまぬけさん。鳩代金は勉強代。

大家さんにお礼を言って、お見送り。
玄関の鍵を閉め、ベランダに戻る。

卵が無くなった。
有精卵が4つもあったのに。鳩よ、ごめん。

そこに鳩が1羽飛んできた。
目が合う。
鳩はわたしに怯えているのか、端の方に隠れた。
しかしそれでも鳩は慌てたように、物陰から首を振って、キョロキョロしている。
明らかに卵を探している。

「え!?は!?卵どこいったん!?」
と聞こえてきそうな様子に、罪悪感が押し寄せてきた。
ごめん。
番を見つけて、卵を産んで、懸命に温めていただろうに。
場所が悪かったと思ってほしい。
ここは森でも公園でもなかった。人んちだった。家賃も払わず居座った結果なんだ。
鳩に念じているのか、自分に言い聞かせているのか、ちょっと分からなかった。
困っている様子の鳴き声を聞きたくなくて、買い物に出た。
アパートの目の前の電線には、もう1羽の鳩が止まっていた。バッサバッサと翼を拡げている。
今度は目を合わせないように、足早に通り過ぎた。

帰宅した頃には、2羽とも姿がなかった。
諦めたんだろうか。
理解したんだろうか。
そうであってほしいと思いながら、久しぶりに鳩の鳴き声のしない夜を過ごした。

翌朝。
鳩の声で目が覚めた。おるやん。
スマホで時間を確認する。3時半。
早起きすぎるやろ。

全然居なくならない。
我が子が忽然と消えた場所、不気味で近寄りたくなくない?
我が家が突然撤去された地域、もう2度と関わりたくなくない?
なんでおんねん。

鳩、図太すぎる。

鳩の図太い神経に引きずられて、わたしも昨日の罪悪感が消えてしまった。早く追い出したくて仕方がない。

大家さんの言う通り、掃除をしよう。
幸いにも翌週、7月頭には鳩ネットが設置される手筈になっていた。施工前日に掃除をして、気持ちよく過ごそう。

鳩ネットを業者さんに頼むケースの相場はおおよそ25,000円。
大家さんが払ってくれるとは言え、無駄にするわけにはいかない。

そして1週間後。
ベランダの掃除をした。

掃除用具一式は大家さんから「100均で揃いますよ」と言われていたが、売り切れだった。売り切れ。店員さん曰く「シーズンですからねぇ」とのこと。やっぱり鳩被害地域なのだ。
結局コーナンで揃えた。デッキブラシや消毒液など、1780円。鳩代金に加算する。これで18,280円だ。

鳩のフンには食中毒の原因菌などがあるらしい。不衛生の極みだ。
しかもわたしは動物とハウスダストのアレルギー持ち。くしゃみだけでなくて、身体が痒くなって赤く腫れる方のやつ。恐怖。
手袋とマスク、長袖シャツに長ズボンを装備。手袋と靴は、古いものを履き捨てることにした。

まずは枝や葉を捨て、固体のフンをチラシやキッチンペーパーで掴んで捨てる。そして水を流してブラッシング。汚れが取れたらまた水を流して、乾いたら消毒液をスプレー。

正に鳩が巣作りしていたあたり。
跡形もなく掃除をする。
よく見ると隣人は緑の鳩ネットをしている。
引っ越し前に気付くべきだった。

すぐ横の電柱には鳩がいた。
ベランダに入りたそうにしている気がする。
足場が濡れていると入ってこないらしい。が、怖いものは怖い。
鳩に見守られながら掃除をした。
森に帰ってほしい。せめて公園に帰ってほしい。その願いは届かなかった。

(1人で掃除をするのが怖くて、彼氏に部屋で待機してもらった。臆病者だ。掃除中何度も声をかけて、鳩に「こっちは複数人体制だぞ」アピールをした。役立つアピールだったかどうかは不明である。)

さて、そこそこ綺麗になった。
いつもより念入りにお風呂に入ったら、あとは明日に備えるだけだ。
明日はいよいよ鳩対策ネットの施工日。
今度こそ、鳩と完全にお別れの日。

高揚しながら迎えた、翌日。
雨が降っていた。

雨。

大家さんから早朝にメールが届く。

「雨だと足場が悪く施工できないため、今日は無理と連絡がありました。また来週に工事日調整してもらってます。何日になるか分かり次第ご連絡します。」

ガッデム!!
いや誰が悪いわけでもない。天候に叫んだ。
敢えて言うなら鳩が悪い。
鳩ネットは延期だ。

せっかくキレイに掃除したベランダに、その日の午後には、新しい鳩のフンが落ちていた。

そして翌週。また大家さんからメールが届く。

「今月はもう予約が埋まっていて、来月になるそうです。あとは天気次第ですね。」
「キャンセル待ちはできそうですか?」
「梅雨時期でキャンセル待ちもいっぱいだそうです。やはり巣作りの時期に工事が集中するようで、遅くなります。」

絶望。全くの絶望。
まだ今月は初旬も初旬。来月となると丸1ヶ月の我慢だ。鳩との同居は継続。

何度掃除をしても、毎日フンが増え、枝が増え、鳩の棲家にふさわしく環境が整えられていく。イタチごっこだった。

そして迎えた8月。
施工日の3日前にわたしがコロナになった。あの当時は濃厚接触者まで仕事を休まなきゃいけない時世だった。当然、家に業者さんを上げることはできない。
再度延期。

予約はまだいっぱい。
なんとか9月の第一週に予約を取る。しかし悪い予感がする。9月だ。
日本に3年も住めば、子供だって分かる。
そう、台風の時期とダダ被りだ。

「度々で申し訳無いですが、台風の影響で降水確率70%なので延期の連絡が入りました。また10月以降で希望日をお知らせください」
予想通りのメールが施工日前日に届いた。

降水確率70%

降らない30%に賭けて一旦来てくれないだろうかと思う本音をグッと堪える。
安全第一だ。台風を前に外仕事なんてするもんじゃない。犬もおじいちゃんも業者さんも家に閉じ込めておくのが大正解。

鳩も公園に帰ってくれないだろうか。
本宅に閉じこもっていてほしい。
もしかしてわたしの家のベランダが本宅なんだろうか。
お願いだから、別荘か、羽休めのカフェぐらいの気持ちでいてほしい。

台風当日も、鳩は我が家のベランダにいた。やっぱり彼らにとってはここが本宅なんだろう。大変に迷惑である。同居を許可した覚えはない。


更に待ちに待った10月。

天気予報は晴れ。
何度目か分からない掃除は手慣れたもので、完璧だ。

午前10:30ピッタリに、チャイムが鳴る。
待ち人来たる!!
6月から願い続けた待ち人だ!!

施工業者さんたちは手際よく準備をしてくれた。くつろいでいた鳩はすぐに隣の電柱へ逃げていった。電柱が別荘なのである。

業者さんはネットを引っ掛けるフックを、着々と取り付けていく。
部屋からベランダを覗く。

そして、まさかの光景に目を疑う。
手すりを歩いている。
業者さんはベランダの手すりを歩いて、天井にフックを取り付けている。
命綱は無い。
4階である。
落ちたら大怪我で済まないんじゃないだろうか。そりゃあ雨が降ったら施工出来ないわけだ。
それにしたって命綱ぐらいつけてほしい。
こちらのハラハラが最高潮だ。

フックを取り付け終わり、いよいよネットを引っ掛ける。
その段になって、業者さんから怒鳴り声が上がった。

「うぉおら! おらっ!!」

またベランダを覗く。
鳩である。
鳩が1羽、ネットに向かって飛びかかっている。

クルッポー!クルッポー!
と鳩からも怒りの声が上がっている。

業者さんが追い払おうとも、何度もトライして、施工を妨害していた。
いや、鳩からすると妨害しているのはこちらである。拠点が奪われるのだから、必死になるのは当然だ。しかし鳩にそんな知能が有るんだろうか? ネットがどのような効果をもたらすのか理解しているんだろうか? とは言え実際に飛びかかっている様子を見るに、理解が及んでいるんだろう。たぶん。

けれど業者さんは鳩の妨害なんて諸共せずに、ネットを設置していく。
あっという間だ。
到着から1時間半で作業が終わった。

天井のフック
忍者のように手すりを歩いて設置していた

業者さんにお礼を言って、お見送り。

部屋が数秒、静かになる。
あぁやっと終わったんだな。
ほっと一息ついて、ベッドに腰掛けた。

ら。

バサバサバサバサバサ!と羽音が勢いよく聞こえてきた。

鳩である。
鳩がネットにぶつかって、何度もトライしている。
ぶつかると言うか、ベランダに入ろうと飛んできては、ネットに羽が当たって入れずに「!?」と驚いているようだった。

動画を撮るべきだった。
しかしあまりの勢いに、呆然と眺めてしまった。

いつもはホーホークークーと鳴いてるのに、激しめなクルッポー!!!が炸裂していた。

帰巣本能がそうさせるのだろうか。

しかし、それも次第に収まった。

また部屋が静かになる。
嬉しい。ようやくの静寂だ。

その日はお祝いに焼き鳥を食べた。

そしてその半年後、結婚して引っ越しをした。
せっかく鳩ネットを設置してもらって大家さんには申し訳ないが、仕方ない。

最近、あの部屋を見に行った。
ポストの名札を見るに、まだ空き家のようだ。

下から眺めると、ベランダはネットでしっかり覆われていた。
わたしの住んでいた部屋だけではない。どの部屋もみんなネットがついていた。
向かいの電柱にも、鳩は居なかった。

公園に帰ったんだろうか。
もう二度と、わたしの住む家には来ませんように。鳩よ、達者でな!

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