第2球 「宿命」
「あんた…ウリハッキョ(朝鮮学校)に行くか?」
6年生も終わりに近づいたある日、ふとオカンが俺にこう言った。
「はぁ?
なんであんなとこ行かなあかんの?
校舎ボロボロやし、遠いし、それに友達とかみんなN中へ行くやん。
ええわぁ」
なんでそんな考えられへんことをこの人は言うんやろうか?
俺は不思議に思いつつも、その誘いをあっさりと断った。
あれからもう2年が過ぎ、俺はとうとう中学3年生になった。
主将として活躍してきたバスケ部をそろそろ引退し、高校受験の準備に取り掛からなければならない時期になっている。
相変わらず俺は朝鮮人らしいが、それは所詮「国籍」上のこと。
今はなんら同級生と違いのない「日本人」そのものだ。
というか、俺は天才バスケットマン桜木花道だ。
毎週月曜日に発売されるジャンプに連載されてるスラムダンクの海南戦の行方がめっちゃ気になる男なのだ。
でも、そんな「天才」の俺にも一つリアルに悩んでいることがある・・・
それは彼女がいまだできてないということだ。
確かに花道ならばフラレ続けなければならないから、高校生になって作ればいいのだけれど。
周囲ではやたらにカップルができている。
・・・正直・・・・うらやましすぎるやんけっ!
そんな屈折した感情を持ち続けていたある日、俺はとうとう一人の同級生を好きになった。
お互い部活をしていたこともあってしょっちゅう登下校時間が一緒だった。
少し先を歩く彼女の後姿がやたらにかわいく見え、俺はとうとう思い込みかどうかの検証もなく好きになってしまった。
よしっ!
花道も自分から告白したのだ!
俺もゆくぞっ!
女子にはなぜかいまだに敬語だし、ましたや告白などしたことなどなかったが、俺はとうとう想いを爆発させようと決めた。
桜も散り始めたある日、いつものように帰り道が一緒になった。
幸運なことにお互い一緒に帰るツレがその日はなく、まさに絶好の告白時だった。
俺は震える脚をなんとか踏み出し、少し早歩きして彼女の元へ向かった。
「あのー・・・Gさん・・・、
ちょ・・・・ちょっといいですかぁ・・・・」
彼女は後ろからの声にすこしビックリしながらも、こっちを振り向き、
「あっ、松岡君。
今日も部活の帰り?
なんかいつも同じ時間帯やね。」
と屈託のない笑顔で答えてくれた。
俺は、全く目線を合わせられず、自分の心臓音を数えられるぐらいの緊張状態にあったが、なんとか言葉を絞り出すことにした。
「あのさぁ・・・実は・・・・
そのぉ・・・・もしよければさぁ・・・・
俺と・・・
俺と付き合ってくれないでしょうか・・・・?」
必死だった。
彼女の表情などもちろん見えてない。
そして、彼女の返事をただただじっと待っていた。
「あぁ、そうなんやぁ・・・・
うーん・・・
どうしようかなぁ・・・」
やばいっ!
フラれるっ!
俺はものすごい恐怖に襲われ、とっさに予防線を張ることにした。
「いやっ、もしあれやったら考えといてくれてもいいですよ!
も・・・もう全然返事とか急いでないし・・・
それに、お互い夏まではやっぱり部活とかがあるからぁ・・・
なかなか付き合うとか時間が取れへんと思うし・・・
ははは・・・」
すると、彼女は笑いながら、
「うーん、そうやねぇ。
じゃぁ、また私から連絡するわ。
とりあえず、ありがとうね」
そうお互い約束して、その日はそれで終わった。
そして月日は経ち、バスケ部の最後の試合を1週間前に控えた7月6日。
俺は部活を終え、いつものように家路についていると、
「ちょっと待ってぇー!」
その声の主はGさんだった。
その瞬間俺はとうとう運命の時がやってきたのだ!と腹をくくった。
「あのー、前に約束してたことやけど・・・
私でよければお願いします!」
彼女は顔を真っ赤にしながらそう言った。
「ほんまにっ!
うぉー、ありがとう!
では、その・・・・
今後ともよろしくお願いします・・・ははは・・・」
そして俺は、その日初めて花道よりも先に女子と一緒に登下校した。
途中で彼女と別れ、俺は家に着いた。
そして椅子に座って、思春期爆発な今後の展開をいろいろ妄想し始めた時・・・
頭の中に、ある事実が強烈に出現した。
おい・・・ちょっと待て・・・
俺って・・・・・
朝鮮人やぞ・・・
心の奥底に潜み、出てくる機会をじっくり待っていたかのように、この事実が俺の前に立ちはだかった・・・
彼女は俺が朝鮮人だということなんて知らんに決まってるよな?
名前も日本名やし、誰にも言ってないし。
このまま付き合って、仮に・・・
結婚までいったとしたら・・・
俺・・・
この事言わなアカンぞ!
その時に「うそつき!」とかいわれたらどうすんねん?
彼女の親とかはどう思うんやろ?
っていうか、俺のオカンとか親戚は賛成するのか?
いやっ!
彼女に言えばいいねん!
「俺、実は朝鮮人やねん!」と言えばいいんや!
・・・
・・・
あかん・・・
そんなん無理や・・・
言えるわけが無い・・・
なんやねんっ!
俺は・・・
俺は・・・
自分が何者なのかも分からないだけではなく、
恋愛すらも自由にできない人種なのかっ!
逃げよう・・・
この悩みからもう逃げよう・・・
そして俺はその晩、閉店間近の散髪屋へ走って行った。
朝になり、俺はタオルを頭に巻いて学校へ向かった。
その日は7月7日の七夕、俺の誕生日だった。
教室に入ると、同級生どもが俺の異変に気づいてやたらに騒いでいた。
そして俺がタオルを取ると、一同爆笑だった。
そう、俺は丸坊主にしたのだ。
昨日まで長めだったので、そのギャップに周囲が笑うのは無理もなかった。
すると、一人の同級生が俺にジャンプのあるページを見せながらこう言った。
「お前ぇ・・・これマネしたやろっ!
どこまで花道好きやねんっ!」
なんとそのページには俺の分身である花道が丸坊主にしているではないかっ!
花道は海南戦でパスミスをしたことが敗因につながったとして、責任を取るために丸坊主にしていたのだ。
俺は本当の理由を話せるわけもなく、
「そ・・・
そうそう!
やっぱバスケットマンは丸坊主にしなアカンやろう!
・・・」
そういってごまかすのが精一杯だった。
そして、部活が終わり、家に着くやいなや俺は受話器を取り、彼女の家へかけた。
「あのー、Gさんですか?
Mですけど・・・」
「あー、M君!
今日はどうしたん?
なんで急に丸坊主にしたん?
学校のみんな不思議がってたで!」
「うん・・・まぁ・・・そのぉ・・・
実は、君に謝らなければならないことがありまして・・・」
「えっ?何?」
「えっと・・・
実は・・・
その・・・付き合うとかというのを無しにしてもらえないかなぁと思って・・・
で、丸坊主にした理由は、
やっぱり自分から告っといて自分からフルというのは最低やと思ったから・・・そのぉ・・・」
「えっ・・・
そうなんやぁ・・・。
ちょっと残念・・・
なんでなん?
急に?」
その時、一瞬ではあるが俺の心の中に自分が朝鮮人であることを言いたいという気持ちが浮かび上がった。
が、当然言えるわけもなかった。
「うん・・・やっぱ・・・
じゅ・・・受験とかでお互いまた忙しくなるやろうから・・・・
とにかく本当にごめなさいっ!!」
「そうかぁ、そうやんなぁ・・・
うーん、でもあんまり気にしんといて。
ちょっと残念やけど、私もまだ好きな人がいた状態やったから・・・
じゃあね」
「うん・・・ありがとう・・・」
そして俺は受話器を置いた。
その瞬間、
「あんた・・・
ウリハッキョに行くか?」
昔、オカンに言われたあの言葉が再び俺の頭をよぎった。
・・・そうかっ!
よく考えたら、ウリハッキョの奴らってこんな悩みないよな!
自分が好きになった相手に普通に告白して付き合えるもんなっ!
自分が何人か悩まんでいいし、相手に自分が何人かっていわんでもいいもんなっ!
くっそ!
なんで俺はここにいんねんっ!
ウリハッキョ行ったら良かった!・・・・
そしたら・・・
そしたら・・・
でも、
高校からなんていきにくい・・・
おれはいつまでこの朝鮮人について悩まなあかんのやろう・・・
この「宿命」をどうやって乗り越えていきゃいいねんっ!・・・
その日、夜空を見上げると、
天の川など微塵も見えず、
曇天がただただ俺をせせら笑っていた。
その後、俺は、受験生活を追えK高校へ合格した。
そして中学卒業間近の2月、とある二人の男女が俺の家へと車を走らせていた・・・
今日もコリアンボールを捜し求める・・・
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