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なんのために学校へ行くのか?
そのままでいい?
相田みつをさんの「そのままでいいがな」という言葉を掲示している教室をたまに見かけます。
我が家には子どもは授からなかったのですが、もしらいこうに子どもがいて、その子の通う教室にこの言葉が掲示してあったら、ちょっと不安になります。
「そのままでいいがな」
この言葉が表すのは無条件の承認であり、深い愛情であると思います。
この言葉が家庭に飾ってあったなら、「よい親御さんだ」とほっこりするし、子どもも安心して健やかに育つと思います。
しかし、「学校の教室」では話が違ってきます。
なぜか?
それは「学校」というものが潜在的に持つ、目的や役割
つまり、「なんのために学校に行くのか」に関わってくるからです。
※ここでいう「学校」は主として「中学校」を想定しています。
潜在的とか言ったけど、別に潜んでるわけじゃないし、わかってる人は普通にわかってるけどね。
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なんのために学校に行くのか?
新年度、初めて担当した生徒たちに、よく質問しました。
「なんのために毎日学校に行かなければいけないの?」
スッと答えられた生徒は、ほぼいませんでした。
出てきた答えも、
「勉強するため」
「部活やりたいから」
「友達に会うため」
などが多かったです。
みなさんならなんと答えますか?
実はこの質問、先生でもスッと答えられる人はあまりいないんです。
「勉強して学力をつける」
「集団生活で社会性やコミュニケーション能力を身につける」
「生徒会活動で責任感を養う」
「部活動で努力を積み重ねることの尊さを知る」
中学校の教育活動は、どれも大きな意義や学びがあり、個々の生徒を成長させていきます。
しかし、これら教育活動は「手段」であって「目的」ではありません。
学校に行く目的とは、もっと根源的なものです。
らいこうが考える学校に行く目的、
「なんのために学校に行くのか?」の答えは、
「社会に出て生きて働く力を身につけるため」です。
こう聞くと、生徒も先生もたいがいは、
「そんなの当たり前じゃん」
という顔をします。
「じゃあなんでさっきそう答えなかったんだよ!」
と、突っ込みたい気持ちがないわけではありませんが、「本質」って、だいたいそういうものなんです。
みんななんとなくわかっているような気がしているけど、いざ聞かれると明確に言語化することができない。
そういうこと多いじゃないですか。
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実践している人いますか?
学校に行くのは「社会に出て生きて働く力を身につけるため」
これが学校というものの目的であり、役割であるというのは、おそらく誰も異論はないと思います。
誰も異論はないくらい、納得はできるけど・・・・
そのつもりで学校生活を送っている生徒さんはどのくらいいるでしょうか?
そして、こういう力を生徒につけようと意識して実践している先生は、どのくらいいるでしょうか?
誰もが、数学の公式を覚えて、計算問題に答えられるようになろうとはしていると思います。
理科の化学変化や物理法則を学び、テストで答えられるように覚えようとはしていると思います。
でも、それが将来社会に出て働くときに、どんな場面で役に立つのか、その知識をどう活用して収入に結び付けていくのか?
そんな次元まで意識しながら授業を受けている中学生いますか?
らいこうが今まで教えてきた数千人の中学生の中で、ここまでとはいかなくとも、明確な将来の目標をもって、それをかなえるために必要な努力や学習を行っていた子は、10人いたかいないかです。
中学生が将来を意識して学校生活(教育活動)に取り組んでいないのは、先生からの適切な支援がないことも、大きく影響しています。
先生方は、ご自分の担当する授業で、学級指導で、生徒会で、部活動で、
子どもたちが将来「社会に出て生きて働く力」を身につけられるような教育活動を考え、実践していますか?
その時間の教科の到達目標を達成できるような授業を計画し、行っていると思います。
でも、その時間身につけた力を、将来どんな場面でどう活用できるのか、そんな所まで考えて、生徒に示せている先生は、そうそういないと思います。
・・・・・・
はい。ここまで読んで、勘のいい方は気づいたかと思います。
偉そうなことを言っていますが、らいこうが直接教えた数千人の中学生の中で、実践していた子は10人いたかいないかなんです。
つまり、らいこうもきちんと生徒に示せていたわけではありません。
示せていたわけではありませんが、常に先生として働く上で、すべての教育活動を考えるとき、根幹にこの目的(社会に出て生きて働く力を身につけるため)をすえて計画・実施していました。
具体的な内容や実践については、また別の記事で紹介していきたいと思います。
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なんだかんだ力はつきます
将来まで見据えて、日々の中学校生活や教育活動を行っていかなければ、「社会に出て生きて働く力」は身につかないのか?
答えは、NOです!
意識していなくても、まじめに一つ一つの授業や活動に取り組んでいれば、
「社会に出て生きて働く力」はそれなりに身につきます。
現在慣習的に行われている中学校のすべての教育活動は、基本的に
「社会に出て生きて働く力」を育てるようにできているからです。
なぜなら、この学校というものの潜在的な目的は、令和の時代に定まったものではなく、昭和の時代から根本的には変わっていないからです。
いつの時代も、学校は子どもたちに「社会に出て生きて働く力」を身につけさせるためにあったのです。
60周年とか70周年とかの記念誌を編纂するために、創立当初の文集や紀要を読んだことがあります。
言葉が難しかったり、多少差異はあったりしますが、そこに書かれている「目指す生徒像」は、現代と共通していました。
そうした何十年という歴史の中で、志ある先達たちが、生徒たちのために考え抜いて創り上げてきた教育活動なので、行っているだけでなんだかんだ力はつくのです。
ただ、目的意識をもって取り組んだほうが、成果は大きくなります。
少なくとも、先生のほうは根幹にある最終目的を意識して、生徒を指導・
支援していくべきでしょう。
先生が意図しているかどうかで、ただの受験のための学力で終わるか、主体的に探究して成長し続ける、生きた学力になっていくか、差が出ます。
国語科では昔からよく
「教科書を教えるのではなく、教科書で教える」
と言われてきました。
『走れメロス』の学習を例に説明すると
【教科書を教える】
授業で登場人物の心情を読み取って、テストで答えられるように覚える
【教科書で教える】
登場人物の心情の読み取り方を身につけ、他の物語でも活用できる
授業で扱った物語だけでなく、自分で見つけてきた物語を読むときにも、身につけた読み取りのスキルを使って、より深く作品を読み味わうことができるようになる。ことを目指して、らいこうは授業を行っていました。
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不安を感じる理由
なんだかまとまりがなくなってしまいましたが、ここで最初の「そのままでいいがな」に話が戻ります。
この言葉を教室に掲示している先生に、なぜ不安を感じるのか?
それは、学校とは「社会に出て生きて働く力」を身につけるために、
「一人一人の生徒に少なからず変化や成長を促す場」
だからです。
知らなかったことを知る。
できなかったことができるようになる。
間違ったら正す。
失敗や成功、様々な体験や学習を通して、一人前の社会人となれるように自分をよりよく更新していき、成長するための場所が学校なのです。
となると、「そのままでいい」は矛盾してしまいます。
宿題が提出できない生徒に、
「そのままでいいって貼ってあるのに、どうして先生はできないことをできるようになれって言うの?そのままじゃいけないの?おかしくない?」
と言われたらどうします?
生徒の言っていることが正論です。圧倒的に正しい。
学校が何を目的とするどういう場所であるか、先生が理解していないから、こうした無用のトラブルが生まれ、お互いのよりよい成長を阻害してしまうのです。
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まとめ
学校に行きたくないときがあるのは当たり前です。
家でゲームしてたいでしょう。
らいこうだってもっと寝ていたい時があります。
それでも、生徒も先生も毎日学校へ行くのは、それが自分を成長させ、未来を切り開くために必要だと、頭のどこかで理解しているからです。
今できなくてもいいんです。
苦手なことがあってもいいんです。
仲間と協力したり、先生に支えられたりしながら、少しずつ、一つずつ、できるようになっていけばいいんです。
そうやって一人前の社会人になるための準備をするところが学校なんですから。
この本質的な目的、学校に通う意義を理解しているかどうかで、中学校3年間の学びの質や成長度合いが変わってきます。
だかららいこうは、入学式の最初の学級指導や、4月当初の学級通信などで、中学校が何のためにある、どういった場所なのかを、生徒と保護者の方に伝えてきました。
結構大事なことだと思うのですが、あまり教えてくれる先生はいないような気がします。
これを読んだ生徒のみなさんは、担任の先生に
「なんのために毎日学校来ないといけないんですか?」
とか質問しないようにw
もししてしまったら、たとえらいこうと違う答えでも、
スッと答えられたら、その先生はできる先生です!
これを読んでハッとした先生は、今後頭の片隅に置いて、教育活動にあたっていただけたらと思います。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
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