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てんぐの銀英伝考察:ジェシカ襲撃の裏面と影響に関する考察

5月4日にeテレで放送された、「あのヤンがカーアクションを!?」と度肝を抜かせたノイエ銀英伝5話ですが、そのハイウェイでの襲撃事件(※なお、この事件はノイエオリジナルのイベントです)の裏面の事情、そしてその影響について、今回は考察してみます。

まず確認すべき点は、この「襲撃」の引き金となったのは、アスターテ会戦戦没者慰霊式典で、ジェシカ・エドワーズがトリューニヒト国防委員長の欺瞞を、衆人環視の場で糾弾したこと。そしてジェシカがヤンに連れ出されて会場を出たすぐ後に不審なトラックが出現し「交通事故」を起こそうとする、という早すぎる展開です。

この慰霊式典に関して、作家銅大氏はトリューニヒトはジェシカの登場を「仕込み」と考えていた、主催者側が「事前に「婚約者を失った女性が悲しみにたえて同盟を讃える」という展開を用意していたのではないか、と考察していました。

そこから推測を広げていくと、トリューニヒト(またはその背後にいる“誰か”)は、ジェシカはあの後に「事故」に合うところまでシナリオに最初から書いていた、だからあのトラックはああも早く出現することができたのではないでしょうか。

つまり、「悲しみに耐えて同盟を讃えた」女性が、帰路に不審な交通事故にあったとなれば、最初に疑惑が向くのはトリューニヒトと激しく対立している和平派です。ジェシカ登場が仕込みだったと考えた場合、ここでの「事故」まで含めた展開すべてが和平派叩きのための陰謀だった。(※なお、この「和平派」には専守防衛論者のシトレ本部長の派閥も含まれていた可能性もあります)

しかし実際には、ジェシカは(そういう「仕込み」を持ちかけられて、ジャンの死を感動ポルノの具にされた怒りから?)打ち合わせと真逆にトリューニヒトを糾弾し、その彼女を“アスターテの英雄”ヤン・ウェンリーが連れ出してしまいます。

状況の前提は完全に崩れた(この状況でジェシカが「事故」にあえば、必然的にトリューニヒト派に疑惑が向きます)にも関わらず、中止命令が間に合わなかったか過剰防衛心理に苛まれたか、「事故」は結局そのまま実行に移されてしまいます。

その「事故」をからくも切り抜けたヤンはどうしたか。おそらくすぐにキャゼルヌ少将に連絡を入れたことでしょう。外伝『螺旋迷宮』でも、ケーフェンヒラー大佐の死に際して相談を入れた途端に埋葬や首都行きの便の確保までを済ませるなど、イレギュラーな事態における事務処理能力の高さを誇るこの先輩をヤンが頼るのは明白です。

ヤンたちが事故に際して警察からの事情聴取から早々に開放されている点、ジェシカが即座に宇宙港から帰路につく便に乗れたこと(他の星から来たのだとしたら、ホテルで一泊くらいはする予定だったと考えるのが自然)も、キャゼルヌの手配だったのでしょう。

しかしより重要なポイントは、このキャゼルヌ少将が、トリューニヒト派と対立関係にあるシトレ本部長の派閥に属しているということです。

元々トリューニヒト派の動向には目を光らせ、獲得してきた情報と突き合せれば、シトレ派の一員としてのキャゼルヌには、この「事故」の意図は即座に理解できたはずです。

キャゼルヌからの報告を受けたシトレ本部長とトリューニヒト委員長の間で、非公式な“政治的駆け引き”がはじまった可能性もあります。

その“政治的駆け引き”の最中に、トラックを手配した者とは別口の手下である憂国騎士団が、トリューニヒトの断りもなくヤンの自宅を襲撃したという報告が入ります。しかもそのボスであるクリスチアン大佐(慰霊式典での1シーンから、この頃はトリューニヒトとも親しい間柄だったはず)が素顔を晒してしまった、などという事態も重なり、ますます立場が悪くなったトリューニヒト派は相当な譲歩を強いられることになります。

その結果が、旧第4、第6艦隊残存戦力と補充兵による第13艦隊の創設(実質的に宇宙艦隊司令官ポストを2つ削減)、その司令官に本来ならパエッタ中将の復帰までの第2艦隊司令官代理職が妥当と思われるヤン少将を据えること、そしてその第13艦隊によるイゼルローン要塞攻略作戦の認可だった。

トリューニヒトがイゼルローン要塞攻略作戦成功の可能性をどの程度見込んでいたかはわかりません。しかし、もし成功したらシトレ派の影響力は増大するはずで、逆に失敗すれば当然国防委員長として責任を追及されるわけですし、どうなっても自分にとって愉快な未来図にはならないと結論づけられます。

慰霊式典というイベントで地位と人気を固めるはずが一転して政治的な失点を重ねることになった、というトリューニヒトからの不興をクリスチアン大佐は買ったことでしょう。それが後の彼の去就、そしてその最大の罪業に大きく影響することになったのでしょうが、それは後の話といたします。

以上が、ジェシカ襲撃事件の裏面と影響に関するてんぐの考察です。

……実はこれ、『螺旋迷宮』でのヤンの表現を借りると「嘘だよ」、つまり、物的証拠が何もなく、状況証拠や前後の事実関係からの憶測や推測に過ぎないんです。

ただ、我々自身も世の中の出来事について、完全無欠な真実なんてそうそう知りえることはできない、知り得た情報をもとに憶測や推測を重ねて「こういう事なんじゃないかな」と「自分なりの真実」を探しています。それはやもすれば偏見やデマ(最近じゃフェイクニュースなんて言われてますが)に踊らされることにもつながります。それを防ぐのに必要なのは何か。「もっと多くの情報です」

ノイエ銀英伝のこのジェシカ襲撃事件についても、トリューニヒト委員長とシトレ本部長の間での政治的駆け引きの有無にしても、実際に明示された情報量は少ないです。そして、その「語らないという形で語る」物語を自分なりに読み解いていくのが、銀河英雄伝説の醍醐味だと、初見の皆様には思って頂ければ幸いです。

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