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てんぐの銀英伝考察:軍人の昇進の話

ノイエ銀英伝8話で、いよいよラインハルトが宇宙艦隊副司令長官として、開設した元帥府にその30代前半の若手士官を艦隊司令官として招集し、それに相応しい中将の階級を与えます。(キルヒアイスはカストロプ動乱鎮定の功績で中将昇進)

これ以後の時代、帝国軍はラインハルトの台頭にともない、「実力主義」の名のもとに提督の称号と艦隊司令官のポストを得た若い士官が次々と登場していくことになります。

一方で、同盟においても30歳に満たず艦隊司令官となったヤン・ウェンリーをはじめ、若年層の艦隊司令官や将官が登場します。(DNTではムーア中将も若手将官のように見えます)

というわけで、本稿のお題は「軍人の昇進」についてです。

実役停年と野戦任官

以前に、『ゴールデンカムイ』の鶴見中尉の昇進速度が気になって、軍隊の平常の昇進速度について調べてみたことがあります。

ご覧のように、軍隊の階級というものは昇進するまでに必要な実役停年を満たす必要があります。

これは一概には年功序列の権威主義とばかりは言えません。なんとなれば、軍隊は階級があがれば、より重要度の高い職責を担う役職につきます。逆に言えば、その役職に就けるだけの経験値やスキルを獲得したと判定できるまで、昇進はされるべきではないという論理と言えます。

ヤン・ウェンリーの場合、エル・ファシル脱出作戦の功績で事実上の二階級特進を果たして少佐になってから、中佐に昇進するまでに3年以上かかっています。これは決してヤンが怠けていたという事ではなく、少佐から中佐へ昇進するまでの平常通りの期間だった、と考えられます。

とはいえ、帝国と同盟の戦争は100年に及び、また帝国においては年中行事と化すほどの地方叛乱の頻発にともない、規模の拡大した軍隊は常に多数の士官を確保する必要に晒されています。その要求を満たす制度の一つが野戦任官または戦時昇進です。

ちなみに、9話でヤンがシトレ本部長に見せた辞表に自分の階級を「Colonel(大佐)」と記載しているのですが、これも彼が辞表提出時の階級だった少将が野戦任官によるものだったとも考えられます。

実際、この時点での同盟軍宇宙艦隊は、第6次イゼルローン要塞攻防戦での大敗、その後の第3次ティアマト会戦やアスターテ会戦では3人の艦隊司令官を含めた大勢の将官や士官を失っています。帝国軍の場合は軍部内や宮廷内の政治闘争の余波を受けての失脚といった例も加算されそうです。(カストロプ動乱においても、これに呼応した正規軍指揮官がマクシミリアン艦隊を構成した可能性はあります)

こういった事例での消耗が激しい高級士官の穴埋めとして、また前線部隊や平民階級およびノンキャリア下士官の士気を維持するための餌としても、そして“英雄”の特別性を社会にアピールする材料としても、野戦任官制度は銀英世界においては常態化していると思われます。

「ひとりの英雄による指導」のモデルケースとしてのローエングラム元帥府

軍隊における昇進システムをざっと説明したところで、ローエングラム元帥府メンバーを構成する提督たちを改めて見ますと、おそらく野戦任官制度や帝国元帥の特権としての人事権をフル稼働させて若手士官に提督の称号と中将の階級を与えたと考えられます。

彼らは大志を抱いていた少年時代のラインハルトが直接間接ともに知り得た若手士官から構成されています。ですが、名将であれ愚者であれ、時間が万人に平等である以上は彼らが中将という階級と艦隊司令官という職責に相応しいだけの大局眼を養うだけの経験値を得られているかとなると、実は大いに疑問があります。抜擢以前の彼らの階級が大佐(主力艦艦長)から准将(戦隊または群レベルの部隊指揮官)相当だったと考えるとなおさらです。

また、彼らの大半が平民や下級貴族出身ということは、帝国社会の支配階層として大局眼を学ぶ機会がなかった事が窺えます。ラインハルトが彼らを選んだ理由も「門閥貴族勢力の息が全く掛かっていない」という点を最優先にしたと思われます。

要するに、ビッテンフェルト中将ら諸将は、「より上位の司令部から下される命令を実行する」という点に特化された士官たちだと言えます。そして、その命令は、元帥ラインハルトひとりの判断によって下されることになります。そんな体制が独りよがりにならず完璧に限りなく近い形で機能したのは、ひとえにラインハルトが真の“英雄”であること、それも志を立ててから元帥府開設に至るまで、寝ている以外のほとんどすべての時間を軍略の研鑽に充てているという暮らしで才覚を養った戦争の天才であることに起因します。

これから先の銀河をラインハルト軍団、またはローエングラム体制は席巻していくことになります。この軍団やその信奉者の持つ世界観は、突き詰めていうと「世界は“ひとりの英雄”によって指導されるべきだ」というものになります。

その“ひとりの英雄”の世界観の、最初のモデルケースこそがローエングラム元帥府だった、ということができます。

なお、少年時代のラインハルトと諸将との出会い、彼の研鑽については帝国サイドの外伝シリーズに詳しいです。

退役後の進路と「名誉ある職業」

任官したばかりの頃から、何かがあるたびに「退役したい」とこぼしているヤンですが、実際に退役または除隊というと、制度的にはどうなるのか。こちらについても調べてみたら、アメリカ海兵隊の「名誉除隊」という制度に行き当たりました。

年金額や福利厚生目当てで退役したがるヤンが狙っているのは、この名誉除隊扱いだったと思われますが、上記の記事を読んでいただければわかるとおり「名誉ある職業」への転職が条件の中にあります。

その「名誉ある職業」の中には警察官も含まれてるそうですので、もしヤンが無事に名誉除隊を果たせた世界線があるとしたら、そこではCSI:NYマック・テイラーのように「刑事ヤン・ウェンリー」が第二のキャリアをスタートさせていたりするのかもしれません。もっとも、「もと軍人の名刑事」と言いますと刑事コロンボもそうでしたね。刑事ヤン・ウェンリーはこっちのスタイルの方が近そうかな。

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