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てんぐの銀英伝考察:“薔薇の騎士”と亡命者について

5月11日放送のeテレ版ノイエ銀英伝では、ついに“薔薇の騎士”連隊トム・クルーズめいたシェーンコップ大佐が登場いたしました。

この“薔薇の騎士”連隊は“魔術師”ヤンの戦いにおいて不可欠な存在となっていくわけですが、今日は彼らについて考察してみます。

今回の考察の要点は以下の三点です。

1.亡命者コミュニティ
2.犯罪者や捕虜流入の可能性
3.歴代連隊長の“逆亡命”と諜報活動

まずは、亡命者コミュニティの面から考察いたします。

1.亡命者コミュニティ

同盟と接触した頃の帝国は、フリードリヒ3世が君臨する「暗赤色の六年間」という停滞期を迎えていました。その停滞した空気の中に飛び込んだダゴン星域会戦の結果と、なにより自由惑星同盟という別天地の存在に希望を見出した帝国臣民は、続々と亡命の道を選びます。

この大量の亡命者は同盟国家の量的な増大を促しましたが、同盟の理念に共鳴し安住の地を求める共和主義者だけでなく、権力闘争に敗れた貴族も含まれていました。こういった亡命貴族が敗者復活戦を期する場合、帝国反攻を唱える独自のコミュニティや自治組織を形成した可能性も大いに考えられます。その亡命者コミュニティの義勇兵による軍事組織が創設されたと考えることもできます。

この亡命者コミュニティの義勇兵を起源とする部隊のひとつが、“薔薇の騎士”連隊だったと考えられますが、そうだとするとこの亡命者部隊は同盟軍にとって貴重なプロパガンダの材料になるはずです。しかし、実際には同連隊は独立愚連隊同然の扱いを受けています。それはなぜか。キーとなってくるのが、亡命者に含まれた犯罪者、そして捕虜の存在です。

2.犯罪者や捕虜流入の可能性

同盟政府の「来るものを拒まず」という姿勢は寛容さから無原則のラインを踏み越えていたようで、共和主義者や貴族だけでなく刑事犯までも含まれていました。そして、それは同盟市民社会にも知れ渡っており、それが亡命者全体への偏見や白眼視にも繋がっていきます。本伝の時期になると、この感覚は同盟社会にひろく蔓延してしまったようで、事実シェーンコップも「亡命した時に出会った入国管理官の卑しむような眼を忘れない」と後にヤンに吐露します。

同盟社会と関わる帝国人として亡命者の他に挙げられるのが、「捕虜」の存在です。

同盟は対外的にも国内的にもプロパガンダの一環として捕虜を客人なみに丁重に遇してきました。本伝に近い時期、具体的にはヤンがパトリチェフやムライと収容所惑星エコニアで出会った時期になりますと、主に予算の事情からそこまでの厚遇はできなくなってきましたが、それでも「同盟軍の兵卒よりマシ」という評まで出てくるようになっています。そして、同盟が兵役制を採用していることを考えると、この厚遇もまた同盟市民と亡命者コミュニティを含めた“もと帝国人”との間の断絶にも繋がったでしょう。

同盟と帝国の間では、時たま捕虜交換が行われることがあります。その捕虜交換に際して、当の捕虜自身が帰国を望まないという例もまたあります。共和主義の理想に開眼したり同盟で伴侶を得た、といった幸せな事情だけでなく、警察や憲兵に犯罪を追及されてるとか帰国しても借金があるだけとか離婚問題を抱えた家に帰りたくないといった例もあり、さらには捕虜になったことそれ自体を咎める風潮も帝国にはあるようです。

帰国を拒否した捕虜は同盟軍の軍籍を得るようですが、“薔薇の騎士”連隊に、こういった捕虜からの転向者や司法取引の一環で配属された犯罪者が配属されていったとすれば、彼らに対する同盟軍将兵の視線が懐疑的になるのも否めません。その視線を感じるからこそ、“薔薇の騎士”はその美麗な通称に反した排他的な独立愚連隊のような気風を宿すようになったと考えられます。

そして、彼らへの猜疑心を高める最大の要因が、歴代連隊長の半数が帝国に“逆亡命”しているという悪しき実績です。

3.歴代連隊長の“逆亡命”と諜報活動

同盟軍の正義を高らかに証明するはずの亡命者部隊の、それも連隊長が敵国に“逆亡命”する、などというのは本来であれば部隊解散ものの重大な不祥事のはずです。実際、連隊解散が取り沙汰され、連隊の士官全員が査問会なる非公式の裁判に掛けられたそうですが、最後は残留する士官が裏切り者たる前任者への復讐を宣言することで決着しています。

しかし、一度ならともかく歴代連隊長の半数が逆亡命している、にも関わらず連隊解散に至っていないというのはいくら何でも異常です。

ここから、“薔薇の騎士”連隊長の“逆亡命”は帝国軍内部にスパイを潜入させる同盟軍の工作だった連隊の士官への査問を含めた糾弾も実際はそれを内外に隠すためのパフォーマンスだった、という可能性が浮かびます。

同盟軍の捕虜への待遇と同様に、帝国軍も逆亡命者に対しては「共和主義という迷妄から覚めた」として殊更に厚遇する方針を取っています。その方針を逆用すれば、スパイを帝国軍内部に潜入させることができます。

同盟軍の諜報活動の大きな成果のひとつに、バルドゥング提督誘拐事件があります。

この事件は同盟軍の情報士官マカドゥー大佐が指揮を執り、バルドゥング提督の座乗艦の航法士官を買収し、前線視察の際に同盟軍の勢力圏に単艦で入り込んでしまうよう座標データを誤入力させたというものです。

この誘拐計画や航法士官買収には、帝国領内においての活動も不可欠です。逆亡命者は、その活動に従事するスパイマスターだったのかもしれません。

シェーンコップもまた、本伝後半に差し掛かると陸戦指揮官の枠を越えた諜報戦に対する手腕を見せます。さらに想像すれば、軍の命令か亡命者コミュニティの一員としてかは断定できませんが、シェーンコップも含めた“薔薇の騎士”連隊の高級幹部はこういった諜報任務に従事できる訓練を受けていた可能性があります。

彼もまた、やろうと思えば“ミッション・インポッシブル”をやれる人間であり、それが露骨に見えるからこそ同盟軍幹部から疎外された野良犬に甘んじてきたのでしょう。あの日、ヤン・ウェンリーと出会うまでは

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シェーンコップたちの“薔薇の騎士”連隊の背景、そして収容所惑星エニコアと捕虜については、外伝『千億の星、千億の光』『螺旋迷宮』に詳しいです。この機会にご一読をオススメする次第です。


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