捨てOONS 第四話「ねだるな、勝ち取れ」

世の中には、重大な出来事に蓋をして、知らぬ素振りで生き通している野郎がいる。「なんとかなる」を免罪符に、実際にはそれを「なんとかしている」人間にこうべの一つも垂れず、しまいには画面の向こうの得体の知れぬ存在が吊り下げた「生きてるだけで偉い」などという釣り針にまんまと引っかかる始末である。そもそも「生きているだけで偉い」などという概念が空虚に過ぎないのである。もし本当に生きてるだけで偉いんだとするなら、その偉い立場を取り合い、相手を貶めてでも自分が椅子に座ろうとするまさにこの世の縮図のような生き地獄など、到底説明がつかないのである。
OONSだって例外ではないはずだ。そもそもOONSなど元々は動物園にさえも希少である存在なわけで、それが平然と道端の段ボールに詰められたり、臓物を捌いて売られたりなど、到底有り得ないことである。...まああのイカれた寿司屋紛いの店が、本当にOONSの臓物を仕入れているとは思わんが。裏で何かあるはずである。OONSが増殖している真の原因が。知ったところで何か得があるわけでもない。ただ、それを知らないことへの言い訳にして臭い物に蓋をして過ごすことだけは、ぼくにとっては到底、耐えられるようなものではないのだ。

...OONSガチャ。不気味な言葉に声を荒げようとしても、喉が震えようとしない。大体そんなものがあったら、しゅんが大当たりを引くまで食べるに決まっている。その予感はほぼ正解であった。点数にして98点。上出来だ。ただ、当然しゅんが食べるわけではない。それが残りの2点である。この世の中の人間は2種類に分別できる。俺か俺以外か、という話ではない。もっと誰の視点から見ても明らかな分別がある。それは、こき使う側と、こき使われる側である。

「このOONSいたけまずい!しゅん食べたくない!」
「おい!いい加減にしろ!お前が頼んだんだからお前が食えよ!食えないなら頼むな!兄ちゃんがなんでもしてあげるとでも思ったら大間違いだ!責任持って食べなさい!!」
...などと言えたらどれだけ良かっただろうか。この世の中はそう単純ではない。なんでもかんでも正論を言ってその場を強行突破しようだなんて、ちょっと知性のついた猿のやる行為だ。ぼくは知っている。正論などより、多数決の方がよっぽど強いのだ。
同調圧力という名の空っぽのピストルを向けられたら、誰だって両手をあげざるを得ない。それがポリス的動物たる人間の性なのだ。

...気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。命を頂く立場である人間が、貴重な食物に対して抱くはずのない著しい嫌悪で、僕の頭は埋め尽くされていた。大した味がしないのに、それでいて臭い。こんなもの、食べる人間の方が狂っている。それに、とりわけ今回はOONSの、OONSである。そんな小学生みたいな妄想、するだけ馬鹿馬鹿しい。考えちゃダメだ。そんなこと。そう考えていくほど、その馬鹿馬鹿しい想像が、僕の頭にぎちぎちに詰まった嫌悪を、音を立てて掻き混ぜていった。
「えへへ、お兄ちゃんも味覚はまだまだこどもなんだね!」
悲しいことに、哀れなことにぼくは、この餓鬼の皮を被った残酷な暴君のことを、ただ睨むことしか出来なかった。

残念なことにこの世には、報われぬ努力というものが存在する。かけっこでがんばって走ったのに、大人からはビリという烙印を押される。手間暇かけて作った本命を、あっけなく拒否される。受験勉強を死に物狂いでやったのに、浪に...... いや、縁起でもない。やめとこう。...さて、ぼくが必死に努力のセメントで固めた皿のタワーが、ただの紙切れに溶けようとしている。ガチャガチャなどという一時の享楽さえ始まって仕舞えば、僕の積み上げた努力は一瞬にして更地に帰るのだ。ぼくが2皿分の価値のある、価値のない食い物を食べた、いや食わされたので、皿は45枚。実に9回のチャンスである。虚しいチャンスである。何の意味もない賭場が、今まさに開帳されようとしていた。

ガチャガチャが始まった。空虚というどんぶりに、努力の賽子が、無慈悲にも投げられていく。その出目は、ハズレか、ハズレか、はたまたハズレか。勝ち目のない戦いが始まる。
「ウィーン...」機械からは突如として裏向きにカードのようなものが押し出された。ガチャ要素はどこ行ったんだ。...まあいい。開ける手間が省けるだけマシだ。どうせハズレなのだから。...しゅんがカードをバトンのように即座に受け取り、恐るべきスピードで表の面を確かめた。
「え、やったやった!遊園地デートOONSだ!やった!」
耳を疑った。しかし、この世界、いちいち耳なんか疑っていたらキリがない。おそらくこれはブロマイドかなんかだろうが、それにしても遊園地デートってなんだ。せっかく遊園地に行ってまで、よりによってOONS。夢の国でくらい、OONSのことなど忘れさせてくれないか。...恐る恐るその忌々しいブロマイドとやらを覗いてみる。誰の目から見ても明らかに、OONSは作り笑いをしていた。...かわいそうに。忘れもしない、ぼくが人生ではじめてOONSのことをかわいそうと思った瞬間であった。

ついに受取口に投じられた皿は2桁に突入。第2ラウンドの始まりだ。
「お、やった〜!サービスショットOONSだ!」
精神を削り生み出した皿10枚と引き換えに手にした、紛れもないガラクタ。ケツを拭くのにさえも使えない、使いたくもない、そのガラクタの2枚目は、OONSとサービスショットなどという決して混じりえない2つの怪物の、融合体であった。流石の流石に湧いてくる好奇心。得体の知れぬ異形の存在への、抱くことは許されぬ筈の禁断の果実。これまで幾度となく机に縛り付けられ、徹底的に叩き込まれた、「知ること」への快楽。そのほろ苦くとも絶妙に甘いその味覚に、ぼくは惹きつけられようとしていた。が。ぼくはOONSいたけを頬張った後である。後の展開を予想することは決して難しくなかった。どうせゲボる。やめておこう。ぼくはかろうじて、サービスショットOONSを知った時の僅かな満足と、吐瀉物の滝とを天秤に正しくかけることに成功したのであった。

しゅんの神引き。僅か10皿できっしょいのときっしょいのをトントン拍子に引き当てるような豪運。しかし、残酷にも、ガチャガチャの女神は暴君を見放し、勝利の手綱をぶちんと断ち切る音が、卓内に響き渡ったようであった。
「えー、また?いらなーい。」「ねえママ、これつまんない!!」
遊園地デートOONSが4枚...サービスショットOONSが2枚......!さっきまでの流れが嘘のように、逆流となってしゅんに襲い掛かる。暴君の独裁に痺れを切らした皿達の、完膚なきまでの革命......!しかし、それもそのはずである。この賭場の胴元は単なる悪徳企業。一銭でも切り詰めて社長に献上することが特上のモットー。ましてやOONSの写真など3種も4種も作ってるひまなどない...!ちっぽけな闇を携えた暴君は、ブラックという更に深い闇に、何一つ残さず丸呑みにされていった。敗者は負けるべくして負ける。それが社会の前提...!まさに敗者...!競争社会の落伍者......!他人の不幸は蜜の味。まさかこのエセ寿司屋で、最高のデザートが頂けるだなんて思いやしなかった。

長い長い戦いのトンネルを抜けた先に残ったのは、8枚ものちり紙と最後の希望への切符が5皿、そして負け犬が1匹である。しゅんはもう戦意喪失。偶然か必然か、最後のチャンスは、ぼくに託された。もうもはや今までのチャンスとは似て非なるものである。流れが、ぼくを呼んでいた。

「ウィーン...」相変わらず無機質な音と共に、ブロマイドが排出される。ぼくはそれを、まるでバカラに己の全てを張っているかのように、じっくりと、その絵柄を確かめていった...。

「お客様、おめでとうございます!シークレットご当選です!!!」
そこにはあの不気味なじいさんはいなかった。少し折れ曲がったブロマイド。そこには、MTUAYがいた。

「えーまたハズレじゃん!つまんない!しゅんもう帰る!」
もうそこには暴君の姿はなかった。そこにいたのは、ただ駄々を捏ねるしか能のない青二才のガキであった。
「えー...そういわれてもお母さんも要らないし... パパにでもあげとこうか?」
勝手な話だ。そもそもお前らにはそんな権利などない。

「え、2人とも欲しくないならぼくが貰うよ。勿体無いし」
親に頭を垂れることしか出来ぬ弱者には、権利だなんて言葉、口が裂けても言えなかった。しかし、自らの勝利の証。それを手放すことだけは、曲げられない。ぼくは勝ったのだ。ぼくが勝者なのだ。ぼくはそっと、ブロマイド自体への興味を悟られぬよう、MTUAYをポケットの中へと招き入れた。

このブロマイドは、待ち受けにしてやってもいいかな。

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