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次のことを考える

                              稲垣早苗歩く速度は考える速度葛の花   茂

十四歳の時、俳句と出会わせてくれた国語教諭で、俳句への導師となった先生の句を最近よく思い出します。有季定型の骨格確かな句を詠む師だったから、字余りのこの句は珍しいのですが。
句の上の部分は、吟行に連れられていった寺で、住職の説教に出てきたフレーズでした。
なるほどそうだなぁ。穏やかに歩いている時と、満員電車に揺られている時に考えることは違うだろうな。ゆっくり歩きながら考えることを大事にしよう。ませていたのか奥手だったのか、高校生だった私はそんなことを思っていました。

先生がこの句をものしたのは、それから数年の後のこと。心の中にこのフレーズを携えて、じっくり日々を歩きながら句と熟されたのでしょうか。

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。
この山道を行きし人あり   釈迢空

の歌が下地にあったのかもしれません。そう思ってみれば、山道を行きし人の考える姿までが心に映ります。   
考える速度が、考える姿を創りだす。亡き師が、今の私にそう伝えているのでしょうか。

『漆のうつわを塗りつづけていると、言葉があふれてくる』赤木明登さんの著書「名前のない道」に記された文章に、もの作る人の考える姿、その美しさを想います。
工芸を綱ぐ仕事を続ける中で、もの作る人に文章を書いてもらうことを続けてきました。そして、その文章に、気づきや思考の種をもらい、生きることに励ましを得たり、心を整えてもらったりもしてきました。赤木さんはその最初で、最たる人となっています。

もちろん、もの作る人のすべてが、文章を書かねばならないことはないでしょう。けれど、書くことで作ることが見直され、整い、進化していく人もいます。 
美しきよきものが人を幸福にするように、その文章が人の営みのよき進化につながるような、書くべき人が現れてくるのです。

次のことを考える。
そのことを、もの作る人の、あふれくる言葉と出会いながら進めたい。次のこととは、工芸を巡る広がった裾野から登りゆく一筋の道。今日、工芸に打ち込む人の中には、深く書くべき人、深く書かれるべき人がもっといるはずなのです。

スタイルではなく、雰囲気でもなく。目や耳に心地よいだけでは見落としてしまうようなこと。たとえばそれは、水面の美しさよりも、水底で人知れず描かれる渦のようなもの。その渦に分け入ってこそ見える姿や言葉を正確に感じたい。上滑りすることなく、反芻しながら。そうして出会った若草のような稿を編み、読み合い、語り合うことで、次の地平が拓けるでしょうか。

考える速度が、考える姿を創りだす。工芸を巡るささやかなこの場所が、もの作る営みの速度から生まれる、考える姿の集うひとつの場になれたらと願うのです。

2015/10 小冊子「風の音」初出 2019/06/29加筆修正

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