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ホーカーセンターの無形文化遺産リスト入りに思うこと

作りたてのローカルフードを安く食べることができ、シンガポール庶民の台所といっても過言ではないホーカーセンター。近くユネスコ無形文化遺産として推薦し、リスト登録を目指すと発表されました。

発言のソースは、毎年8月恒例、リー・シェンロン首相による独立記念集会演説(National Day Rally; NDR)。

<NDR中国語版ビデオ>
华语大会演完整视频(NDR2018 - Chinese)

このNDRは英語・中国語・マレー語の3言語で行われますが、この無形文化遺産の話題は中国語スピーチで言及されました。リンク先動画の30:10付近に解説スライドが出てきます。

もし登録が決まれば、シンガポール初の無形文化遺産。ユネスコの遺産としては、2015年に世界遺産に登録されたシンガポール植物園に続く2件目になります。

ホーカーセンターとは

上下水道とガスが整備された、政府管轄の複合飲食施設。各HDB(公営住宅)に一つはホーカーセンターが併設されています。
中国系・マレー系・インド系と、様々な種類の料理を一箇所で、しかも麺やご飯物を500円以内で味わえるとあって、物価が高いと言われるシンガポールにおけるお財布の強い味方。自炊をせずとも廉価な食事を食べられるので、中には3食ホーカーご飯なんて人も。
異なる民族・宗教・所得の人々が一堂に会し、同じ釜の飯を食べられる場所。出勤前にホーカーでサクッと朝ご飯。食事のピークタイムが過ぎると、市場で買い物を終えたおばちゃんの井戸端会議がスタート。日が高くなってきて暑さが増すと、白髪混じりのおじいちゃん達が涼みにやってきて、新聞を読んだりお昼寝したり。そして夜は学校や仕事から帰ってきた家族みんなで食卓を囲む。
単なる食堂の役割だけではなく、人と人とをつなぐコミュニティセンターのような機能も持っているのがホーカーセンター。そこに文化遺産としての価値を見出したようです。

無形文化遺産における食文化

建築物や自然風景などの有形文化財が対象の世界遺産に対し、土地の歴史や生活風習と密接に関わる、形のない文化を対象とするのが無形文化遺産。下記5つの分野が対象となっています。

(a)口承による伝統および表現 (b)芸能 (c)社会的慣習、儀式及び祭礼行事 (d)自然及び万物に関する知識及び慣習 (e)伝統工芸技術

ホーカーセンターの場合、(c)としての登録を目指すことになるのでしょう。

無形文化遺産に登録された食文化といえば、2013年登録の「和食」が記憶に新しいのではないでしょうか。
和食が登録された要因は、世代を超えて受け継がれてきた慣習、年中行事との連動、保護のための取り組み実施が認められたため。そして、登録の目的は文化の保護と継承を図ること。和食そのものの具体的な内容やメニューの是非は、無形文化遺産の議論からは外れます。
なお、和食以前にリスト登録されている食文化として、 地中海料理、フランスの美食術などが挙げられます。

<出典>
特集1 ユネスコ無形文化遺産への登録が決定!大切に伝えたい。わたしたちの「和食(washoku)」(1)/ 農林水産省
ユネスコ無形文化遺産に登録された本当の理由 / 熊倉功夫 / 和食の真髄 巻頭インタビュー / (株)ヤクルト本社 ヘルシスト 226号  

ホーカーセンター無形文化遺産登録によるメリット

商業利用を主目的とした文化遺産登録はNGですが、フードビジネスへの経済波及効果は当然大きいでしょう。観光客向けにも、「ユネスコ公認の文化」としてホーカーセンターを紹介できればローカルフードのイメージアップにつながるのではないでしょうか。

ホーカーセンター無形文化遺産登録によるデメリット

まず、ユネスコの遺産に登録されると「文化の継承と保護」が必須になります。文化遺産の登録・保全には「真正性」、つまりその遺産が本来の価値を継承していることが重要になります。最近出始めたピカピカに改装されたホーカーや、日本のラーメンやクラフトビールを提供するホーカーも伝統的な価値を継承しているのか?ホーカーセンターのあるべき姿とは何か、改めて定義し考え直す必要があるでしょう。

さらに、料理人の高齢化と、少子化による後継者不足も、度々現地メディアで不安材料として取り上げられています。ホーカーで働くのは暑い中での体力勝負なので、若い世代でのなり手希望が減っているのだとか。

では人手不足を補うために外国人労働者を受け入れるのかというと、自国の料理の伝統が損なわれてしまう…と懸念する声も耳にします。そうした不安をいち早く消そうとしたのが隣国マレーシア。今年の政権交代直後にローカルフード料理人の外国人雇用規制導入を発表したところ、雇用確保の観点や人件費高騰への懸念、さらには味が落ちるからと反対意見が続出。確かに、地元出身だからといって、必ずしも地元の料理を美味しく作れるとは限らない。

そのうえ、いざホーカーセンター登録決定となったら、周辺の国々が黙っていないと思います。類似する屋台街は他の国にも数多くあり、マレーシアのmamak、インドネシアのkaki limaやwarung、それぞれにシンガポール同様、自国文化として誇りを持っています。シンガポールだけ文化遺産として権威を持つのはどうなの?と思われてしまうのでは。
文化遺産の登録は、必要な条件を揃えてさっさと提出した者勝ちな側面もあります。そう考えると、先手を打ったシンガポールはさすがと言える。

と思ったら、やっぱりマレーシア人料理人から批判のコメントが出てました。「フードファイト」の火蓋が切って落とされる、かも。
Singapore's hawker culture move starts food fight with Malaysia [The Straits Times, Aug 23, 2018]

みんなが平和においしいご飯を食べられれば、それでいいかな

私としては、おいしいホッケンミーやキャロットケーキをあのムワッとした賑やかな空間で今まで通りに食べ続けることができれば何の問題もないのですが…。せっかく名乗りを挙げたからには登録目指して頑張ってほしいですし、シンガポールなら戦略的に登録まで持っていけると確信しています。今後のシンガポールの動きに注目していこうと思います。

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