記憶の選択 プロローグ

外は打ち付ける白い弾丸が止めどなく降り注ぎ、その光景を見てカノカは痛そうだな、と思っていた。
どこまでいっても真っ白な大地。
その奥は白色が多めの灰色を塗りたくったかのような色が窓いっぱいに広がり、まるで霧のように感じる。
時々生えている白樺の木は木肌の色も相まってか、雪を被った道路標識と見分けがつかない。

モスグリーンの座席に膝をついていたカノカは、隣に座り他の乗客たちと同じように下を向き、スーツケースの向こう側を見ているような表情をしている母の上着を少しだけひっぱった。

「おかあさん、あついね?」

外の寒さに反して電車の中は暖房の影響もあり、汗ばむほどの暑さを感じる。
母親は、はっとしたようにカノカを見て膝上に置いていた鞄からペットボトルのお茶をカノカに飲ませた。
駅で買ったときよりも少し冷めたお茶は、ほどよい暖かさで美味しく感じた。

「リュックの中にハンカチあるでしょ?」
「おはなの?」
「そう。あと歌乃花、後ろ向いて座るのはお行儀悪いから止めなさい」
「…………うん」
母親はそれ以上何かを伝えることもないようで、ペットボトルの蓋を渡すとすぐにまたスーツケースを見つめ始めた。
歌乃花は、よいしょと言いながらペットボトルの蓋を閉めるため手袋を外した。

「おそと、さむそうだね」

「おじいちゃんとおばあちゃん、げんきかな」

「…………おかあさん?」

歌乃花の声が聞こえないのか、答える気力がないのか。母親の靜花(しずか)は頭の中で何度もあの日の映像がリフレインされていた。

仕事から帰ったある日、夫の姿は家になく。歌乃花は薄暗い部屋でテレビを見ていた。
「歌乃花、お父さんは?」
「おかいものにいったよ?」
「ふぅん………」

連絡をしようと携帯電話を出そうとしてテーブルに鞄を置いたとき、靜花は息をのんだ。

そこには、離婚届と《君のせいではないから》と書かれた書き置きがあったのだ。
夫が不倫する様子もなく、靜花自身も仕事に追われて家庭の多くは在宅ワークの夫に頼るところも多かった。でも、昨日まで笑いあっていた。

「それも全部、嘘だったの?」

その日以降、母子での生活が突然始まり、警察に行方不明届けを出すも音沙汰は無い。
結果、夫は死んだものと書類上処理されることとなり靜花は歌乃花を連れて実家に戻ることになった。

実家の最寄り駅のアナウンスが流れ、降りる用意をしようとしたとき、ふと片腕に重さを感じた。歌乃花が電車の暖かさで眠っていた。

「歌乃花、歌乃花。降りるよ」

急かすように歌乃花を起こして、二人は寒風と雪の舞うホームへと歩き出したのだった。

歌乃花が父親からもらった一組の手袋を、座席に残して。

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