蓮生宛百首(猿丸と俊成)

2412.蓮生宛百首(猿丸と俊成)
次です。天智持統人麿赤人の4人が冒頭4人であることは、百人一首と百人秀歌で同じですので悩まなくて(笑)済むのですが、5番目で百人一首と百人秀歌は早くも道が分かれます。一首はこの後、#5猿丸のあまり万葉風とは言えない歌を挟み続けてペアと見ていいだろう#6家持#7仲麿を置きます。秀歌は5番家持6番仲麿のペアを続け猿丸は8番まで下げています。理由は後として、


「蓮生宛百首」では「秀歌」でなく「一首」と同じで、(5)猿丸で、連番では単独だが、末尾とのペアリングとしては(96)俊成、を配したと推理します。
つまり、猿丸と俊成で番っている:
(5)猿丸大夫「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は哀(かな)しき」
(山奥で紅葉を踏み分けつつ、鳴く鹿の声を聞く、そんな時こそ、秋はしみじみ悲哀に満ちていると思う)
(96)藤原俊成「世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる」
(世の中には全うな道というものはないなあ、と思い耽りながら、山奥に逃れ入る、しかしそこでもなお鹿は悲しげに鳴いている)

歌が引き合っているのは分かると思います。

本人が奥山にいるのか、里にいるのか、はともかく、奥山で紅葉を踏みつつ鹿が鳴いている、秋は悲しいものだ(猿丸)。世の中には(ここは定家の父、歌の大家俊成ですから)歌の道はないものだ難しいなあ、と思い入り、山奥にのがれるようにしてあるいは踏み込むように進む、しかしそこでもなお鹿は鳴き悲しく難しいままだ(俊成)。しかし美しいあの紅葉は遠くではない、(鹿の、であり、自分の、でもありましょう)足元にあるのかも知れない(猿丸)。

どうでしょう、二人を合わせて読むと、俊成が問い、猿丸が答えているようにも見えます。それでもなお永遠に遠く悲しい、と合意しているようにも読めます。
歌人の求道をいい、山に踏み込み、なお、悲しく困難だが、ふと足元にこそあるのかも知れない、と、歌の哲理、人の道の真理、を言っている。神秘の万葉歌人と当時の歌の権威、父俊成、に、そう語らせたかったのが、定家の意図でしょう。
極めて明確と思いますが、どうでしょう。なお、紅葉は繰り返すとおり桜と並んでこの百首の世界では「華」です。その華=美であり真実、は精進した後の足元にこそあるもの、というのは読み込みすぎかも知れませんが、あり得ていい読み方でしょう。

そうなると、古今集では「読み人知らず」で猿丸作かどうか疑わしい、余り万葉風でない、哀愁の秋の紅葉と鹿の鳴き声の歌が、小倉百人一首では万葉風の大きな歌が続くなかにやや違和感があるままここに改めて「猿丸作」として定家があえて配したのか、その必然性・気持ちがよく理解できます。万葉神秘の天才歌人猿丸と父求道者俊成にここで「歌の道」を語らせたかった、のです。

ここまで、初めの5人5首と最後の5人5首をまとめると、
天智以来の天皇藤原体制は終わった、末世だ。変わらぬものは人の旅のごとき人生、若き才人は悲痛に夭折する、仮に長生きしても人の孤独は永遠だ。自然の富士や紅葉の美しさや人の働く姿、日々の当たり前のことこそが哀しくも愛しい。それを語り詠うべき歌の道、はこれまた悲しく難しいが、思い入り奥山に踏み込んでその果てにふと足元を見ると見付かる、そういうものかも知れない。
というのが定家のメッセージ
でしょう。極めて美しく哀しく、そして明白、と思います。


それでは、何故、百人秀歌では、猿丸が#5,(5)ではなく、8番まで下げたのか、など問題意識を残しつつ、次を見ましょう。(略)

(つづく)


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