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忍殺TRPG公式ソロアドリプレイ【ウォーク・アット・ザ・スピード・オブ・ライトニング】

はじめに

 ドーモ。ラブサバイブです。今回、ニンジャスレイヤーTRPG入門用ソロアドベンチャー2-2のプレイ日記を元にした小説風リプレイを投稿させていただきます。

 設定の殆どをダイスから作られた、主役であるPCニンジャ「ライトニングウォーカー」はプレイリポートからアップデートされて更によくわからない姿になりつつあります。

 ニンジャである前にダメ人間である彼女の冒険を楽しんでいただければ幸いです。

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1.

 その男は、ニンジャだった。彼はニンジャアサシンとして多くの人間を殺めてきた。全ては幼い頃に生き別れた弟と再会するためだ。そして、その弟は今、彼の目の前に居る。彼と同じ、ニンジャとして。「兄さん。僕はあなたを許せない」弟はニンジャの武器であるヌンチャクを構えた。「妻の仇を討つ」

 なんたる悲劇か。彼は最も愛する弟の、大切なものを奪っていたのだ。弟の目には殺意があった。同時に、兄への敬愛があった。「おれは、ニンジャだ」躊躇する自分へ言い聞かせるように彼はつぶやくと、片手を弟へ向けた。弟の妻、彼自身の義妹を焼き殺した片手を。そして叫んだ。「カトン・ニンポ!イヤーッ!」

「ンアーッ!やめて!ンアーッ!」イサリ・トキコは興奮のあまり、大声をあげてしまった。「ア、マズい」慌てて一時停止を命令すると、放たれた爆炎が弟ニンジャの目前で静止する。真新しい生体LAN端子からケーブルを引き抜くと、トキコの視界は鮮やかな二次元カトゥーンから三次元のUNIXカフェへと戻った。周りの客の冷たい目線を感じる。オープン席でこのような行為は以後ムラハチにされても文句を言えない。「スミマセン、スミマセン」ひとしきり頭を下げると、彼らは自分のモニタやサイバーサングラスへ意識を戻した。トキコもまた『セイント・ニンジャ運命』の視聴に戻ろうとした時。

RRRRRR!!!

 今度はトキコの懐のIRC端末に着信ノーティスが響いた。先程の比でないシツレイ行為に、周囲の客は再び冷たい目線を送る。だが、トキコは彼らを一瞥すらせずに荷物をまとめる。「スミマセン、帰ります」カウンターに代金を支払うと、足早にカフェの外へ出た。

 改めてIRC端末を確認する。この端末に来るメッセージは絶対に無視してはならない。PVC素材のスカーフで口元を覆う。先程のカトゥーンに登場した、女ニンジャの如き姿だ。そしてトキコは雑居ビルの窓から外に飛び出した。「キエーッ!」常人ならざるカラテシャウトがUNIXカフェにも響いた。窓枠を蹴り、看板、壁へとトライアングル・リープを繰り返す。程なくしてトキコはIRCで指定されたポイントへ到着した。指定時間ジャスト。ほぼ同時に、彼女の目の前に浮遊するドローンが現れた。『ドーモ』合成音声だ。『モーターロクメンタイです。ライトニングウォーカー=サン』

『ドーモ、モーターロクメンタイ=サン。ライトニングウォーカーです』アイサツはニンジャにとっての絶対の掟だ。アイサツを返さねばならぬ。ニンジャ。そう、イサリ・トキコはニンジャだった。ニンジャネームはライトニングウォーカー。光の速度で歩む者。どこを?邪悪なニンジャの世界を、だ。

 モーターロクメンタイ。ソウカイ・シンジケートのサンシタニンジャに命令を下す端末。誰が操っているかは知らない。知っても仕方ない。

「仕事ですね。何でもやりますよ。何でも」有能さをアピールする。カラテにはそこそこ自信がある。ハッキングも得意だ。クナイ・ダートは……動かない標的ならば当てられる。「何でもやります」繰り返しながら、先のカトゥーンの光景が浮かぶ。ニンジャの仕事。それはたいてい、人を殺すことだ。クローンヤクザを殺めた事はある。敵対クランへのカチコミで、リアルヤクザを殺したこともある。嫌悪はない。恐怖もない。しかし、ニンジャは罪もない者を殺すことも多い。子供を殺すことすらもあると聞く。自分が耐えられるかは、考えたくなかった。それでも、ライトニングウォーカーはニンジャだ。

「何でも、やります。死にたくないですから」首元の生体LAN端子を撫でる。ヤクザ組織ソウカイヤのニンジャとなったその日、流されるがままに手術で取り付けたものだ。便利ではあるが、手術費用の返済期限が迫っている。カネを返せなかった者の末路は知っている。端的に言って、ジゴクそのもの。

 そんな彼女の胸中などどうでもいいかのように、朗らかな合成音声でモーターロクメンタイはメッセージを伝える。『貴女には、ラオモト=サンからの重要な任務があります。困難ですが、報酬は確かですよ』ラオモト!彼女が籍を置く巨大ヤクザ組織の首領、偉大なるラオモト・カン。まさしく雲の上の人。巨大なビジネス組織でもあるソウカイヤは、日々、多額のカネを動かしている。

 その頭脳であり心臓のラオモトが、末端も末端、サンシタの中のサンシタのライトニングウォーカーに、任務だって?「冗談でしょうか?モーターロクメンタイ=サン」『いいえ。ラオモト=サン直筆の文書もあります』信じられないが、本物のようだ。では考えられるのは……テッポダマか。使い捨ての兵隊として、何かを殺しに行けというのだろう。「ええと、それともまさか」自分の身体を見下ろす。豊満な胸。まさか、女として仕事をしろと?噂に聞く限り、ラオモトの好む女はイサリ・トキコとはまるで違うタイプだと思うが。そんな風に肉体を使われることへの嫌悪感は薄い。彼女は幼い頃からハッカーの教団で育った。UNIXを信仰し、ネットワークにすべてを委ねることを求められた。ニューロンこそが人間の中核。物理肉体は枷にすぎない。道具に過ぎない。彼女が本心からそれを信じられているかは、彼女自身にもわかっていない。

『貴女には、ツキジ・ダンジョンへ潜って頂きます』モーターロクメンタイの言葉で我に返ったライトニングウォーカーは首を傾げる。「ツキジ?何かを探せと?」ツキジの奥深くには、地上ではお目にかかれないレリックが数多く眠っているという。例えば、古のUNIX。聖なるX68000。ペケロッパ。他には、例えば……ミヤモト・マサシの古文書とか。『いいえ。マグロです』「……はい?」耳を疑った。『ラオモト=サンはツキジ・ダンジョンに眠るオーガニック・マグロで握ったスシを所望しておられます』「……ペケロッパ」思わず聖なる文句を口にする。シリアスな空気を返せ。

 気持ちを切り替える。今必要なのはカネだ。それがマグロを持ち帰れば手に入る。誰それを殺せとか、カネモチと前後してこいとかいう内容ではない。ツイている。「マグロを探してこいだなんて、確かにわたし程度のサンシタでも出来ますね。地図はあるのですか?」ツキジ・ダンジョンは文字通りの迷宮だ。迷ったら実際死ぬ。『地図はありません』「了解。現地で調査しながらですね」『それでは今から、貴女をツキジ最深部へ01転送します!』「……はい?」再び、耳を疑った。転送?何を言っているんだこのモーターリッポウタイは。『モーターロクメンタイです。それでは、行きましょう!』01010111000101100ライトニ0110011カーの00011姿00011転移000111「待って!待って!まだ心の準備が!……ンアーッ!?」

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2.

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「ンアーッ!?」顔面から硬い地面に激突し、ライトニングウォーカーは悶絶した。豊満な胸が左右に揺れる。あたりを見回す。寒い。『寒いですか?』「寒いです」文句を言ってもモーターロクメンタイは意に介さない。『では先へ進みましょう。この先に冷凍マグロの倉庫があるはずです』寒いだけでなく、暗い。ニンジャの視力であれば問題はないが。「モーターロクメンタイ=サン。他にこの任務を行っている者はいるのですか?」『いえ、現在は貴女だけです』「ニンジャも、非ニンジャも合わせて?」『そうです』なら、出くわすのはソウカイヤではないということか。足を止める。ニンジャでなければ気付かなかっただろう。サングラスに角刈りの、屈強な男が見えた。「……クローンヤクザ」迷っているようには見えない。「モーターロクメンタイ=サン。あれは?」『ソウカイヤのヤクザではありません』「じゃあ、敵ね?」『どこかの暗黒メガコーポの、マグロ探索ヤクザでしょう』

「何よ、マグロ探索ヤクザって」じゃあ、わたしはマグロ探索ニンジャか。毒づきながら太もものホルスターからクナイ・ダートを1本抜く。ニンジャらしく、敵は排除する。彼女はクナイ派だった。というか、スリケンが下手だった。「ゲート、ゲート……パラゲート」聖なる文句を唱える。集中せよ。「キエーッ!」右腕を一閃。ヤクザはこちらを振り向き「ザッケンナコ……」額からクナイを生やして死んだ。「ペケロッパ!」ガッツポーズとともに聖句を口にする。彼女はクナイも下手だった。今のは完璧だ。腕を振り、感覚を身体に覚えさせる。『先へ進みましょう』モーターロクメンタイは冷淡に告げた。クナイを回収し、クローン血液を拭い、ホルスターに戻す。腕の立つニンジャは、クナイやスリケンも自ら生成するという。彼女にはまだ無理だ。回収ついでにクローンの懐を漁るが、めぼしいものはなし。傍から見ると情けない光景もいいところだ。死んだ母が見れば嘆くだろう。

 そこまで思い至り、胸元に手をやる。母と最後に撮った写真が入っている。母が今の自分を見たら何を思うか。ニンジャになった。クナイを投げ、ヤクザを殺した。なんなら、彼女自身もヤクザだ。借金で首が回らない。普段はUNIXカフェで美男子と美男子の顔が近いカトゥーンばかり見ている。

「情報が欲しい」気持ちを切り替えるために、やるべきことを口にする。マグロはどこだ?誰が知っている?『この付近にも住人がいますよ』世捨て人か。それとも、地上で生きていけなくなった人間か。「トーチャリング」つまり拷問。例えば、指を折るとか、眼の前でビール瓶をチョップで切るとか。いや、彼女はハッカーだ。もっといいやり方がある。「モーターロクメンタイ=サン。この付近にUNIXはありますか?」『はい』「場所は……いえ、いいです。ありました」壁を伝わるケーブルを追うと、目的のそれを見つけた。電子戦争時代の旧世紀UNIX。「これはこれで十分レリックだわ」経験上、ハッキングは新型よりも旧型の方が厄介だ。懐からケーブルを取り出し、首元の端子とUNIXを繋ぐ。

 目を閉じると、意識を物理肉体から切り離す。コトダマ空間へ、ネットワークの世界へ飛び込む。旧式UNIX内のコトダマ空間は、青く清浄なる海だった。空はぼやけて見えない。金色の空。その下を、イカが、エビが、キンギョが泳いでいる。ライトニングウォーカーの傍らを、クラゲが漂う。表面には禁じられしGOTO文が記されている。彼女は苦笑した。「マグロはどこ?」クラゲに問う。GOTO。彼女の意識は急激に前方へ飛ぶ。後方へ飛ぶ。「まるで学生さんの習作ね」旧式が厄介なのはこれだ。ルールがあやふやで、単純なのに複雑怪奇。クラゲA、クラゲB、くらげD、クラげF。真面目に読み解いていたら、戻ってこれなくなる。

「こういうときは、全部無視して、マグロを探せばいい」クラゲに手を振り、彼方を見やる。魚群の中に、それらしきものを見つけた。海の中を歩く。わたしはライトニングウォーカー。光の速さで歩むもの。「マグロ倉庫。発見。座標をメモ。切断。bye」意識を切り離す。海面へ浮かび上がる感覚。黄金の空が近づいてくる。眼の前が光りに包まれた。

「……ンアーッ!」現実に意識を戻したライトニングウォーカーは、大きく息を吸った。時計を確認。時間にして2分程度。必要なものは見つけた。「行きましょう」モーターロクメンタイに告げる。彼は周囲の生体反応をスキャンしていた。人間が居る。こちらを見ている。「必要ないわ。トーチャリングは」

 手に入れたワイヤフレーム地図を元に、半時間ほど進むと、巨大な扉が見えた。冷凍倉庫。この中にマグロがある。「持ち帰るマグロは一尾でいいのですか?」『ええ。ラオモト=サンは特にトロを所望しております』「答えになってるんだかなってないんだか」扉を調べる。施錠はされていない。ニンジャ筋力を発揮し、ハンドルを力いっぱい回す。圧縮蒸気を吐きながら隔壁が開いていく。凄まじい冷気が彼女を襲う。同時に、独特の臭い。「ペケロッパ!」それを眼にした瞬間、喜びと興奮と驚きの聖句が口をついて出た。マグロだ。マグロが山程積まれている。「こりゃ、すごい」1つだけでも、彼女の借金は帳消しにしてくだらないだろう。「ビデオデッキが買える。テレビも大きいのが買える」無限の物欲が頭をもたげる。これでUNIXカフェに通わずとも、自宅でカトゥーンを見放題だ。だが。

「こんなお宝の山、どうして誰も手を付けないのかしら?」『……』モーターロクメンタイは応えない。ライトニングウォーカーのニンジャ視力は、倉庫の隅に転がるそれを目にしていた。人骨。それも、何かに……食われた形跡の。

SHHHHHHHHHHHRRRRR!!!

 未だかつて聞いたことのない鳴き声が倉庫に響いた。ライトニングウォーカーは太腿のホルスターからクナイ・ダートを抜き、構える。「嫌な予感がする」『来ます!』

 倉庫の天井にへばりついていたそれは、氷の粒を巻き立てながら落下し、侵入者に敵意を向けた。ライトニングウォーカーが見上げるほど巨大。人間をたやすく切断するであろう前腕の鋏。鉄製の床板も貫通しそうな脚の爪。異様に発達した甲羅。怪物は口から泡を吹いた。きっと、腹を減らしている。形はスシ・バーで見たことがある……形だけは。『巨大バイオズワイガニです!』「アイエエエ!?」

 その巨体は、昔間違えて借りてしまったB級映画に登場したクリーチャーを彷彿とさせた。カイジュウと言ってもいい。その映画では安っぽい特撮でカクカクと動いていたが……こいつは本物だ。そして映画と同じく、人を喰う。たぶん、ニンジャも喰う。

「キエーッ!」先手必勝。渾身の力とコントロールでクナイを投げる。あれだけ大きければ外すことはない。だが。

SHHHHHHHHHHHHHRRRRRRR!!!!

 クナイは関節の隙間に刺さるも、すぐに振り落とされた。バイオズワイガニが声を上げる。負けじとライトニングウォーカーも悪態を叫ぶ。「ペケロッパ!効いているんだか効いていないんだかわからない!」少なくとも、彼はライトニングウォーカーを餌ではなく敵として認識した。餌であり敵だ。どちらでもいい。振り上げた鋏が迫る!直撃すればニンジャであっても即死は免れまい!

SHHHHRRRRRRRR!!!

キエーッ!」とっさの判断で飛び退いた1ミリ秒後、彼女の立っていた鉄板を鋏が真っ二つにした。「なんて馬鹿力!なんのためにこんな進化したのよ!?」『ヨロシサン製薬のバイオテクノロジーの産物でしょうか?』モーターロクメンタイは呑気に浮遊している。クナイを投げつけてやりたくなった。

 とにかくなんとかどうにかせよ。クナイは効かない。となれば、カラテだ。カラテであの甲羅を撃ち抜くか、鋏を切断してやれば……。「わたしに出来るかな」彼女のカラテはそこそこだ。つまり、効くかは怪しい。「でも、やらないとマグロを持って帰れないし、わたしがあいつの夕食のスシになる」最悪だ。そうなるとビデオの続きが見れない。兄と弟の決闘はどうなった?見届けなくてはいけない。

 意を決して床を蹴り、バイオズワイガニの懐に飛び込む。「鋏は、ここまでは届かないでしょ!」カラテを構えた。撃ち抜く!「ペケロッパ!」聖句とともに!ペケロッパ・カラテ・パンチ!

「……ンアーッ!?」彼女の拳は、バイオズワイガニを直撃した、はずだった。だが、思った以上に硬い。拳が通じない!地団駄を踏むバイオズワイガニ。踏み潰されたら、腹に穴が開く。そうなればライトニングウォーカーはケバブと化して死ぬ。そして食われる。死ぬ。それだけは!「嫌だ!キエーッ!」ブリッジ回避!からの、腕のバネを効かせての連続側転!迫る鋏を蹴り、壁を蹴り、宙へ舞う!

 クナイは効かない、拳は効かない、ならばどうする?「決まっている!」天を登る稲妻の如く、倉庫内を駆け上がる!必要なのは重さを補うことだ!つまり、高さだ!位置エネルギーだ!「わたしは、ニンジャだ!ライトニングウォーカーだ!」天井を蹴った!「ペケロッパ!」聖句とともに!ペケロッパ・カラテ・キック!

SHHHHHRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!??

 ライトニングウォーカーの一撃は、バイオズワイガニの外殻を粉砕した!バイオズワイガニは文字通り泡を食って逃げていく!

着地し、ザンシンするライトニングウォーカー。「……ぶっはー……しんど……」息を整える。寒さで体力が落ちている。「わたしはねぇ、仲間内から腐ってるって言われてるから!食べたらお腹壊すんだからね!」バイオズワイガニが去っていった方角へ叫ぶ。『何の意味があるのですか?』「無いです」少なくとも気は晴れた。目的であるマグロの山へ向かう。「何度も往復すれば、大量に稼げちゃいますね。ヨイショ」ニンジャ膂力を発揮してマグロを一尾担ぎ上げる。「それじゃ、転送をお願いします」モーターロクメンタイへ声をかけた。返事はない。

「モーターロクメンタイ=サン?」『はい』「わたしとマグロを地上へ転送して欲しいのですが」『できません』「は?」『ちょっといまパワーが足りないので』パワーとは。モーターロクメンタイは何も応えてくれない。つまり、こうだ。「歩いて帰れと」『はい』「ペケロッパ。地上へ帰る道なんか知らないのに」そこまではナビしてくれるのだろうか?そう思ったその時。

SHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!
SSSSSSSHHHHHHHHHHHHHHRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!

 鳴き声。先程散々聞いたもの。……いや、違う。これは……もっと大きい。そして……。地響きが、2つ。いや3つ。

『超巨大バイオズワイガニです!合計3匹。仲間がいたようですね!』「アイエエエエエエエエエエエ!?」なるほど。先程のは子供か。そして親が、子供をいじめた外敵へ復讐に来たわけだ。『戦いますか?』モーターロクメンタイは呑気な合成音声を発した。「やだ!イヤです!帰ります!もう帰りますよぉ!」

 マグロを担いだライトニングウォーカーは、文字通り稲妻となってツキジを駆け抜けた。「もうやだ!二度と来ません!絶対!」『任務がありましたらまた転送しますね』冷酷な合成音声。「イヤです!拒否します!」階段を駆け上る。先程の旧世紀UNIXのそばを通り掛かる。一瞬だけ、側をクラゲが漂っている気がした。GOTO 地上。

「キエーッ!」

 どこをどう走ってきたものか。気がつくとライトニングウォーカーは地上へと出ていた。出迎えのヤクザ冷凍トラックが停まっている。運転席にはクローンヤクザ。地下で殺したのと同じ顔。

「ゴクロウサマデス!」「オミソレシヤシタ!」マグロを渡すと、ヤクザはてきぱきと冷凍トラックに積み込む。1人は運転席へ。1人は冷凍室へ残った。「寒くないの?」「実際マイナス-21度です」淡々と応える運転席ヤクザ。クローンは死を厭わない。「助手席、乗ってもいい?わたしも一緒に帰りたい」「ヨロコンデー」トラックに乗り込む。気がつくとモーターロクメンタイは消えていた。トラックが走り出す。窓の外を見ながら、ライトニングウォーカーはもう一度GOTOクラゲのことを思い出した。

 ソウカイヤ本拠地トコロザワピラー、謁見の間。オイラン衣装に着替えたライトニングウォーカーは、三つ指をついて帝王ラオモト・カンに平伏していた。ニンジャ装束は巨大バイオズワイガニとのあれこれや地上へ駆け戻ったことで汚れていたためだ。タイムイズマネーを原則とするラオモトを怒らせないためにも、移動しながら着替えるという離れ業もやってのけた。もっとも、この殿上人は目の前の女ニンジャの服装など気にはしないだろう。自身の気分の問題だ。

「ムハハハハ!よくやった!ライトニングウォーカー=サン!」ラオモトはオーガニック・トロスシを2つ摘むと、オーガニック・ショーユにつけて食べた。「アリガトゴザイマス」深々と頭を下げる。

「それ、褒美をくれてやろう」ラオモトは指を鳴らす。彼の傍らに控えていたブロンドのオイランが万札の束を盆に載せて掲げた。「光栄でございますわ」うやうやしく受け取る。一瞬だけ顔を上げると、ラオモトの鷹の如き眼が女ニンジャを見据えていた。道具を品定めするかのように。

 思うことがないわけではない。だが、口に出す必要もない。奥ゆかしく微笑むと、ライトニングウォーカーは再び平伏した。こうして、謁見は終わった。

3.

「ンアーッ!駄目!駄目よ!ンアーッ!」兄弟の決闘は仕組まれたものだったのだ。黒幕の意図を知らず、血を分けた兄弟が殺し合う。ニンポとニンポがぶつかり合う刹那、イサリ・トキコは興奮のあまり、大声をあげてしまった。一時停止。三次元に戻る。周囲の冷たい目。「スミマセン」ケーブルを抜いた生体LAN端子を撫でる。これのせいで振り回されっぱなしだ。

 先の謁見を終えたライトニングウォーカーは、受け取った報酬を持ってふわふわローンへと直行した。生体LAN端子手術のために借りた金を返すためだ。万札の束を窓口に叩きつけ、意気揚々と出口へ向かう。しかし。

「これ、足りませんよ」「エッ」数え間違いか?そんなバカな。「利子があるんです」「エッ」利子。カネを借りたら利子をつけて返さなくてはいけない。「知らなかったそんなの」「では利子を払ってください。期限は今日です」「アイエ……」窓口の女性はにっこりと微笑んだ。払わなければ死。バイオズワイガニに食われるよりも酷い死が待つ。そんな気がした。「払います」「アリガトゴザイマス」「もう、借金はないんですよね?」「ハイ。またのご利用を」「二度と来ません!絶対!」

 そんなわけで、ラオモトからの報酬のうち、大半は借金返済と利子に充てられてしまった。狙っていたビデオデッキとテレビには届かない。仕方なくいつものUNIXカフェに向かうと、『セイント・ニンジャ運命』の続きを見ることにした。ツキジの奥底まで行って、帰ってきて、やっていることは同じだ。

 タタミに座り直したとき、ふとモーターロクメンタイのことを思い出した。帰りに急にエネルギーがなくなったと嘯いていたが、そんなことはあるだろうか。

「……マグロ探索ヤクザ」あれも、もしかしたら転送されてきたのだろうか。そもそも、ヤクザやニンジャを転移させるなんて聞いたことがない。あるとしたら……なんらかの実験?そこまで思い至り、ゾッとした彼女は身体を掻き抱いた。どうしてロクメンタイは帰り道に転送をしなかった?何が違う?それは、彼女がマグロを担いでいたからだ。ラオモトの口に上るマグロを。もし転送の影響で、マグロに変化が生じるとしたら?つまり、あの転送は、体に悪い影響が……。

「やめよう。やめやめ」考えていても仕方ない。それよりも今はビデオだ。兄弟の運命を見届けなくてはいけない。再生を命令……する前に、トキコは胸元に手を伸ばし、写真を取り出した。母親と撮った写真。水族館でバイオクラゲを見た。トキコも、母親も笑っている。この頃は幸せだったと思う。今はどうだろう?

「お母さん。わたしは」写真をしまう。目を閉じる。「今も、頑張ってます」小声でつぶやくと、ビデオを再生した。

ニンジャ名鑑

◆忍◆
【ライトニングウォーカー】
ペケロッパ・カルトの女性教徒にニンジャソウルが憑依。モータルネームはイサリ・トキコ。
カトゥーンビデオマニアでIRC中毒。また美男子と美男子の顔が近い現象に弱い。
家族の写真を肌身離さず持っている。その胸は豊満である。
◆殺◆