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忍殺二次創作【トラジェクトリー・フォー・ヤクザ・サクラメント】

(これまでのあらすじ:ソウカイヤの少女ニンジャであるアレクサ・サトはブラッドカタナ・ヤクザクランの事務所に単身攻め込み、敵のニンジャを討ち取った。ジツのフィードバックと疲労で昏倒した彼女を狙ったヤクザのキヨシは、ソニックブーム達が派遣したニンジャ・ドミナントによって討たれた)

プロローグ

『ドーモ、ソニックブームです。ライトニングウォーカー=サン、カミサト・ストリートのブラッドカタナ事務所へ至急向かい、現地のニンジャと合流しろ』「ドーモ、ライトニングウォーカーです。ソニックブーム=サン、突然どうしたのですか?」『遅れた場合、明日から永続的にオイランパーラーで客の相手をさせる』「アイエ!?」『以上』

 ソウカイヤの総力を挙げたブラッドカタナ・ヤクザクラン殲滅作戦は、佳境に入った。ニンジャでありハッカーであるライトニングウォーカーは実働部隊のバックアップ要員として動いていた。今はカミサト・ストリート制圧部隊が突如遊撃に回されることになり、その支援を終えたところだ。

 ライトニングウォーカーはハッカー教団であるペケロッパ・カルティストとして育ち、現在もその教義のもとで生きている。そのバストは豊満である。彼女のニンジャ装束は体躯を強調する、自慢の一張羅だ。

 UNIX操作を一段落させ、一息つこうかと身体を伸ばしたとき、突然彼女のIRC端末がノーティスを発した。それも音声通話での呼び出し。ツー・コール以内に出なければケジメだ。泡を食って応答すると、電話口にはスカウト部門のソニックブーム。ヤクザの中のヤクザ。ニュービー時代に散々にシゴかれた記憶が蘇る。そうでなくとも、ヤクザである前に根っからのハッカーであるライトニングウォーカーは、彼のような男が苦手だった。

 そして通話の内容は……一方的な宣告であり、凄まじい内容だった。何故自分なのか、何をさせられるのか。カミサト・ストリートで、一体何があったというのだ?聞き返そうとするも、既に通話は途切れていた。とにかく、向かわないとソウカイヤ直営オイランパーラーで客を取らされる。これは無論ただのチャを提供する店舗ではない。住み込み勤務オイランによる、個室におけるマンツーマン・ネンゴロ・サービスが目玉なのだ!

 ある意味男らしい強烈なセクハラに、ライトニングウォーカーは頭を抱え、叫ぶ。「ナンデ!?オイランパーラーナンデ!?」様子を窺っていた同室のハッカー達は同時に生唾を飲み込む。「流石オニイサン」「俺、耳掃除サービスでお願いします」「試しに『ご主人様お帰りなさいドスエ』って言ってみてくれないか」冗談半分願望半分、男達は口々に囃し立てた。

「ペケロッパ・シット!」悪態とともにライトニングウォーカーの豊満なバストが揺れ、男達の視点もそれを追った。セクハラ野郎しかいないのかこの組織は。全員殴り殺したくなったが、時間は有限だ。本当にオイランにされては笑えない。ライトニングウォーカーは慌てて駆け出した。

1.

 カミサト・ストリートのブラッドカタナ・ヤクザクラン事務所……元・事務所と呼ぶべきだろうか。そこは既にソウカイヤの金バッジを付けたクローンヤクザ達によって制圧されていた。「ゴクロサマデス!」ソウカイヤの構成員であるライトニングウォーカーを、クローンヤクザ達は迎え入れる。

「ご苦労さまです」ライトニングウォーカーは反射的にアイサツをする。事務所内は凄絶なゴア光景が広がっていた。赤い血はリアルヤクザの血、緑の血はクローンヤクザの血。どちらも大量に死んでいる。何かに殴り殺されたのがわかった。恐らく金属製の鈍器か何かだろう。

 ヤクザにしろクローンにしろ、死体にさほど感慨を覚えない自分に、ライトニングウォーカーは若干の嫌悪感を覚えた。人間性の喪失はニンジャには付き物だ。いつか、身も心も完全なニンジャに、完全な怪物になる。それが良いことなのかどうかは、わからない。「せめて、自分の意志で選びたいものね」死体の瞼を閉じてやりながら独りごちた。

 ニンジャが待っているのは、恐らくこのオヤブンの部屋だ。頑丈そうなドアは破壊されており、中も激しいイクサで調度品がほとんど壊されている。ドアの破片を跨ぎ超えて入室すると、やはり部屋の中央に男が1人立っていた。「ドーモ、ライトニングウォーカーです」彼女はアイサツを丁寧に行った。

 男はニンジャ装束とメンポを身に着けていた。厳密に言うと装束の上着は脱いでおり、インナーウェア姿だった。一切の無駄のない引き締まった肉体。「ドーモ、ドミナントです。ソニックブーム=サンが寄越したニンジャだな?」その眼差しは鋭い。鼻筋も整っている。(……美男子ッ!)ライトニングウォーカーは顔が良い成人男性に弱い。対象はカトゥーンの中のそれに限らない。

 怪訝な顔をするドミナントに気付き、平静を保つ。「ハイ。要件は聞かされていませんが」ライトニングウォーカーはそう言って、部屋を再度見渡した。何かが焼け焦げた痕跡が1つ。両腕と頭部を失った重サイバネの死体が1つ。腕は傍に転がっていた。それから、ドミナントの足元に倒れている女性が1人。年の頃は15歳程度か。何故か黒玉色のニンジャ装束を被せられている。

 あの焦げた痕跡はニンジャの爆発四散のものだろう。重サイバネは、ヤクザのオヤブンのはずだ。「ドミナント=サンが彼らを?」他に選択肢が無さそうなものだが、念の為確認する。しかし、返答は意外なものだった。「否。私はモータルを仕留めたのみ」つまり、ニンジャは彼がやったのではない?

 では、誰が?と聞こうとして、答えに思い至る。爆発四散痕跡は1つ、他に室内に人間が1人。つまり、いやまさか。「そうだ。ニンジャは、この娘が倒した」ライトニングウォーカーは心からの驚愕を顔に浮かべた。「無論、この娘もニンジャだ」こんな子が?ニンジャで、ニンジャを殺しただって?

「恐らくはジツ……ヘンゲヨーカイ・ジツを使ったのだろう」装束をめくると、少女の上半身は裸だった。うつ伏せで、イレズミが彫られた背中が見えている。クロスカタナのエンブレム。ソウカイヤの紋章を背負った少女。小さく呼吸をしており、少なくとも生きていることはわかった。

「ソニックブーム=サンがこの少女に命じたのは、ニンジャとオヤブンの首級を獲ることだ」ドミナントは装束を元通りにかけると、手に持っていたPVCフロシキを示した。サッカーボール大の何かが2つ。中身は……そういうことだ。「これの持ち帰りと、ソニックブーム=サンへの報告は私が行う。当然、イサオシは彼女のものだ」フロシキにはバーコード入りのラベルが貼られていた。案件ごとに成果物を整理するためのものだ。ソウカイヤにとって、これらは物でしかない、ということか。その非情さがニンジャであり、ヤクザなのだ。

「ドミナント=サン自身のイサオシになさらず、良いのですか?」「モータルを殺したなど、主張するほうが恥だろう。そもそも、私の本来の任務は、彼女の首の回収だ。遺体が辱められる前にな」ライトニングウォーカーの顔が引きつる。ソニックブームは冷酷非情な男だ。しかしこの娘にヤバレカバレの単身出撃を命じるようにも思えなかった。

(可哀想ってのもあるけど。勝ち目が予想されてないなら、突っ込ませる必要がないよね。戦力がもったいない)ライトニングウォーカーは思案する。「結果が全てだ」ドミナントはその考えを見透かしたように言った。「この娘のカラテが、このニンジャを上回った。それがニンジャのイクサだ」

 納得がいくような、いかないような。首をひねるライトニングウォーカーに対し、ドミナントは少し躊躇してから言った。「……ソニックブーム=サンには言うなよ。彼と取引した、我が師から聞いた話なのだが」「師?」ドミナントは答えた。「ゲイトキーパー=サンだ」ライトニングウォーカーは唖然とした。ゲイトキーパー。シックスゲイツ創始者であり、ソウカイヤの最高幹部。ソニックブームすらも超える、雲の上の人だ。目の前のドミナントは、その弟子だという。「私は師の、使い走りに過ぎん身だ。イサオシなき身さ」そう言って、少し寂しげな顔をした後、ドミナントは続けた。

「我が師ゲイトキーパー=サンが言うには、だ。どうも……ソニックブーム=サンの思いもよらない事が起きたらしい」「どういうことですか?」あのソニックブームの思いもよらない事だって?見当もつかない。例によって首をひねると、ドミナントは今度は口元に笑みを浮かべた。

「どうやらこの娘は、ソニックブーム=サンの冗談を真に受けて勝手に出撃したらしい」「冗談?」ドミナントは小声で続ける。「曰く『何かしてほしいことがあるか』と聞かれ、つい『ニンジャとオヤブンの首を持ってこい』と口走った直後に、この娘は消えていたそうだ」ライトニングウォーカーは再び唖然とした。

 滅茶苦茶だ。そんな冗談を言うソニックブームも、真に受けるこの少女も、そしてそんな冗談をきっかけに滅ぼされたこのヤクザたちとニンジャも。「何もかも冗談みたいですね」「まったくだ。だが、それがイクサなのだ」ドミナントは強引に結んだ。いつまでも馬鹿話を続けても仕方ないとばかりに。

「1つ、よろしいですか」「何だ?」ドミナントはライトニングウォーカーを見た。「ドミナント=サンの装束ですよね、これ。着せてあげたんですか?」少女に被せられた黒玉色のそれをつまむ。彼の下半身の装束と同じ色合いだ。「裸じゃ可哀想ですもんね。年頃の子が」ドミナントはため息を付いた。

「私は首級を持って、一足先にトコロザワ・ピラーへ帰る」少し早口にドミナントは言い放つと、窓枠に足をかけた。そして振り向いた。「ライトニングウォーカー=サン。どうしてお前が呼ばれたか、わかっているか?」ライトニングウォーカーは首を横に振った。「先程も言いましたが、何も聞いてません」

 少女を指さして、ドミナントは言った。「その娘、どうやら借金の返済期日が迫っているらしい。お前は最近借金を返した身だと聞いての、ソニックブーム=サンによる抜擢だ」ライトニングウォーカーは耳を疑った。「返済を手伝ってやれ。この事務所のカネになりそうなものは換金して構わん」

「ま、待ってください!それだけですか!?」混乱するライトニングウォーカーを無視し、ドミナントは窓の外に視線を移す。「私の装束は用が済んだら捨てて良い。それから……いや、そちらは私の方でなんとかする。ではな」そう告げると、ドミナントは窓枠を蹴り、飛び去った。「イヤーッ!」

 ライトニングウォーカーは、思わず手で顔を覆った。「ペケロッパ」聖なる文句を呟く。「借金返済の手伝いって、なにそれ?」偉大なる電子の神は、わたしに何をさせたいんだ?頭を振って考えを入れ替える。どこぞのビルで待っているニンジャを殺してこい、などと突然言われるよりは余程マシだ。

「まずは、あの子を起こさないと」部屋を見渡すと、オヤブンのものであろうヤクザデスクに目が行く。机を漁ると、未使用のZBRアドレナリンのアンプル剤を見つけた。

 意識を失ったままの少女の元へ向かい、腕を装束から引っ張り出す。左腕は……生身ではない。金属製の義手、それも戦闘用のテッコに置換されていた。テッコは指がもげかけ、アクチュエータもバカになっている。イクサの結果だろうか。左腕を戻し、右腕を改める。こちらは生身だ。問題なし。

「ニンジャなんだし、我慢してよね」そう呟くと、腕の動脈に狙いを定め、注射針を突き刺す。びくり、と少女の身体が反応する。「キエーッ!」カラテでアンプルを押し込み、中身を注入する。ZBRの強烈な薬効成分がニンジャの肉体を駆け回る。「ンアーッ!?」少女は跳ね起き、ゴロゴロと転がり、壁に激突した。

 突然意識を取り戻したことで警戒する彼女へ、ライトニングウォーカーは笑顔を作った。「ドーモ、ソウカイヤのライトニングウォーカーです」少女はしばし呆然とした後、慌ててアイサツを返した。「ドーモ、ライトニングウォーカー=サン。アレクサ・サトです」「オハヨ、アレクサ=サン」

2.

 アレクサと名乗った少女ニンジャへ、ライトニングウォーカーは状況説明を行った。「ソニックブーム=サンは、あなたがニンジャをやっつけに行ったたって聞いて、驚いてたらしいわよ」「オニイサンが?あたしがニンジャを倒して、喜んでくれたかな?」アレクサは不安げに言った。「きっとね」ライトニングウォーカーは優しく答える。少なくとも、事務所1つを潰して悪いことはあるまい。アレクサの手柄は、ソニックブームの手柄にもなる。

「さて、あなたの借金を返さないといけないんだけど。いったい幾らあるの?」ライトニングウォーカーはヤクザデスクに直接腰掛け、質問する。アレクサも隣に座り、ヤクザスーツのズボンからIRC端末を取り出した。「これ、借用書の電子コピー」ファイルを拡大する。返済期日は……今日の日付が変わるまで。そして金額は。

「……シット。ペケロッパ・シット」そう呟き、天を仰いだ。元の額も利息も、想定を遥かに超えている。アレクサは不思議そうな顔をした。「アレクサ=サン。貯金はある?」一応確認する。「無い」残念ながら、予想通りの返答だ。「一体、なんでこんなカネを?」ライトニングウォーカーは聞いた。

 アレクサは左腕を示した。「あたし、元々サイバネの腕をつけてたんだけど、テッコに交換すれば、カラテが強くなるって聞いたから」そのテッコは、イクサのせいで殆ど破壊されている。この事務所で見た死体やヤブの破壊痕の殆どはこのテッコによるものだとわかった。ライトニングウォーカーは呻く。「このテッコ自身は仕事を果たしたわけか。値段相応かはわかんないけど……いやでも……」どう考えても割増料金だ。いたいけな少女を騙してカネをふんだくった奴らがいるわけか。全員ジゴクを見せてやった方が良かろう。ニューロンを焼くかカラテを示すか……まあ、それは後回しだ。

 ライトニングウォーカーは立ち上がった。「とにかく、この事務所にあるものは好きにしていいらしいわ。全部ひっくり返して、金目のものを探しましょう!」アレクサもそれに従った。「わかった。よろしくね、ライトニングウォーカー=サン」夕暮れ時が近い。残り時間は数時間程度だ。

 まずはアレクサとニンジャがイクサを行ったオヤブンの部屋を徹底的に調べた。机を開け、床板を剥がし、壁にかけられた絵画やカケジクを調べる。「どれもレプリカっぽいなあ」本物でなければ大した値段になりそうにない。IRC端末で調べると、同じ絵がトコロザワ・ピラーにあるらしく、こちらが本物という線は消えた。他も似たようなものだった。「それにしても、金庫の類いも無いって、どういうこと?」資産はどこかに隠しているのだろうか?UNIXをハッキングし、口座を調べるも、大した額は入っていない。「抗争に使うために、カネは殆ど引き出したってとこか」

 オヤブンの部屋を調べ終わると、宝物庫兼オスモウ・ドージョーらしい大部屋に移動した。中央のドヒョーの上には沈黙したモーターヤブ。降りたあたりに、肉塊にされた死体が2つ。大きさ的にスモトリヤクザだろうか。「アレクサ=サンがやったのは、ヤブだけ?」確認すると、アレクサは頷いた。「うん。パンチはしたけど、殺してない。でも、あのロボットに撃たれちゃった」ガトリング砲が見えた。あれで撃たれては、スモトリとてひとたまりもあるまい。直撃したらニンジャでも実際死ぬだろう。

「それにしても、宝物庫にドヒョーをくっつけるって、ヤクザの考えることはわかんないな」ヤクザの事務所としては、一般的な構造なのだろうか?ライトニングウォーカーは疑問に思いつつ、壊れたヤブを見分した。テッコで中枢が破壊されたヤブは、クローンヤクザ達によって既に動力源を取り外されている。再起動はありえない。「こいつら、何を守っていたのかな」ふと呟く。

 トコノマにカケジクがかかっており、近くにカタナが落ちていた。恐らくこれが、ブラッドカタナ・ヤクザクランの宝だが、真っ二つに折られている。「あたしが壊したの。敵の大事なものなら、残したらダメだと思って」こんなことになるなら、壊さなければよかった。アレクサはそんな顔をした。「あなたの判断は間違ってないと思うわ」過ぎたことを気にしても仕方ないと、アレクサを励ます。「そうかな?」「そうよ」頷き、カタナを見る。クランの宝。ヤブとスモトリはこれらを守っていたのだろう、とライトニングウォーカーは結論づけた。

 最後に見つけたキッチンは、特にめぼしいものはなかった。「冷蔵庫……ダメね、穴が開いてる」他の家電も似たようなものだ。アレクサを迎撃したクローンヤクザか何かが銃撃した痕だろう。開けると、スシ・パックが見つかった。カネにはならないが、放って置いても腐るだけだろう。失敬する。「とりあえずカネになるものを買い取ってくれる業者はトコロザワ・ピラーへ呼んだわ」彼はソウカイヤに出入りしている古物商だ。買い叩くような真似はすまいが、逆に情けをかけてくれるとも思えない。

「一番価値がありそうなのは、これだけど」宝物庫に掲げられていたカケジクを広げる。『ドヒョーにはカネが埋まっている』とコトワザが書かれている。「確か、スモトリを奮起させるためのコトワザよね」リキシ・リーグのドヒョーには、ブッダに捧げるコメなどが埋められている……らしい。IRCで調べた。どうでもいい。

 ライトニングウォーカーの見立てでは、かき集めた分では必要な額に足りていない。(わたしが建て替えるという手も、無いことはないけれど)ソウカイ・ヤクザにとっては御法度だが、バレなければ問題はあるまいとIRCを繋いだ。しかし。

『申し訳ありませんドスエ。お客様のIDは借り入れ制限がありますドスエ』非情なるメッセージに、首元を撫でる。生体LAN端子を埋め込む手術のために作ったものだが、返済がギリギリだったせいか、ブラックリストに入れられたようだ。引き出せる現金も無い。普段の金欠加減を呪うが、それに関しては自分自身が悪い。「ペケロッパ・シット」悪態を呟く。アレクサはまた、不思議そうな顔をした。

 聞いた話では、ニンジャがカネを返せない場合、文字通り身体をもって返済に当てるという。幼く、ジツを使うニンジャであるアレクサは研究材料としては申し分あるまい。大昔にハッキングで見てしまった、ヨロシサン製薬のシャナイ級機密資料映像を思い出す。試料として肉体の一片まで解体される目の前の少女の姿がニューロンに浮かび、ライトニングウォーカーは吐き気を覚えた。そんなものは、人の辿って良い死に方ではない。

「ラオモト=サンにジキソするか……?いやでも……」ニンジャを討ったアレクサの功績は確かだ。ラオモトは直接彼女へ褒賞を与えることもやぶさかでないだろう。しかし、それをしてしまうと、今度は直属の上司であるソニックブームの顔に泥を塗る行為に繋がる。アレクサは絶対に望むまい。幼くとも、彼女はヤクザなのだ。

 唸りながら事務所を練り歩く。「ニューロンが回らなくなってきた」こういうときは、スシだ。先程見つけたスシ・パックのスシをアレクサと分け合って食べた。その間も歩き続け、二人は自然と宝物庫で足を止めた。何か、無いか?「あたし、タマゴ・スシが好き」アレクサは無邪気に言った。

 ライトニングウォーカーは……その言葉の裏のアトモスフィアをなんとなく感じ取った。アレクサは、誰かに自分のことを覚えていて欲しいのだ。自分がいなくなっても、せめて忘れずに居て欲しい、と。マッポーの世では、この年齢の子どもがそのように死んでいくことも、チャメシ・インシデントである。

「わたしは、イカが好きかな」スシを咀嚼する。完全食品であるスシが、ニンジャのニューロンを加速させる。考えろ。突拍子もないことで良い。何か無いか。何か見落としていないか。デスクで見つけたZBRを売る?到底足りない。事務所自体の権利は?ソウカイヤが既に抑えていて、アレクサにはない。他の業者からカネを借りる?ライトニングウォーカーとアレクサの名は貸金業者の間に知れ渡り、トークン1枚も貸してくれなかった。「ペケロッパ」聖なる文句を呟く。電子の神よ。わたしに知恵を。

「ペケロッパって、何?」アレクサは不思議そうに首を傾け、聞いた。先程からライトニングウォーカーが呟く言葉が気になっていたらしい。「わたしが信じてる、神様の名前よ」ライトニングウォーカーはペケロッパ……古のX68000を神として信仰するペケロッパ・カルト教団で幼い頃から育った。「死んだ母さんも教徒だったの」苦しい生活で、母は信仰に救いを求めたのだ。

「あたしの父さんと母さんは、ブッダを信じてたな。あ!そうだ!写真見てよ!」アレクサはヤクザスーツのズボンのポケットから、折りたたんだ写真を取り出した。今よりずっと幼いアレクサ。今の彼女によく似た女性。そして、たくましい肉体を持った巨漢。スモトリだ。そして背後にはドヒョー。

 アレクサは寂しそうに言った。「あたしの死んだ父さん、スモトリをやめてヤクザになったの。ヤクザになったことは後悔してないけど、スモトリをやめたくはなかったって言ってた」事務所の宝物庫に転がる肉片を見た。「あの人達も、死んで欲しくなかった。あたし、オスモウ好きだから」

 ライトニングウォーカーは……最後のスシを咀嚼した。ニューロンが加速する。ドヒョー。スモトリ。モーターヤブ。彼らはどうしてあそこに居た?何を守っていた?「カタナじゃない。カタナは宝じゃない」オムラのバカな機械がガトリング砲をバラ撒くような場所に、宝を置くとは思えない。

 ライトニングウォーカーは歩き出した。「ライトニングウォーカー=サン?」アレクサは訝しんだ。ライトニングウォーカーは走り出した。「ドヒョーにはカネが埋まっている」カケジクのコトワザだ。スモトリのための。違う。ここはヤクザの事務所だ。そんな物がどうして必要なんだ?

 ニンジャ第六感が、突拍子もない答えを弾き出した。違っていて元々だ。ドヒョー目掛け走る。「……キィィィィ……」ドヒョーは女人禁制。そもそもそれどころではあるまい冒涜的行為を行うのだ。電子の神よ。ドヒョーの神を羽交い締めにしていてくれ。「……エエエエェェェェッ!!」

 ライトニングウォーカーはカラテシャウトを叫び……ドヒョーに向けてトビゲリを叩き込んだ。

 ニンジャ跳躍力から放たれたカラテが、ドヒョーを粉砕する。「ライトニングウォーカー=サン!?ダメだよ!」アレクサが慌てる。「オスモウの神様には、後で謝るから!」トビゲリの感覚を確かめる。続いてカラテをドヒョーへぶつける。土煙がドージョーを舞った。

「キエーッ!キエーッ!キエーッ!」ライトニングウォーカーは少女を守りたいがあまり、ついに発狂してしまったのだろうか?否。彼女は、自らの直感と推理を信じた。『ドヒョーの下にはカネが埋まっている』これはつまり。「ドヒョーこそが、真の宝物庫!キエーッ!」カラテパンチが、金属の何かにぶち当たる!

「ライトニングウォーカー=サン!?こ、これって!?」駆け寄ってきたアレクサは、ニンジャ視力でそれを見た。カラテを出し尽くしたライトニングウォーカーはへたり込む。「……ペケロッパ」聖なる文句を呟く。土煙が晴れた先には……金属製の巨大な金庫が現れていた。

 ライトニングウォーカーは息を切らしながら、言った。「これが本当の宝物庫。たぶん、この中に何か宝が……あるはず」あとはこれを開けるだけだ。しかし、時間がない。電子ロックならハッキングできるが、アナログ金庫を開けるワザマエは、ライトニングウォーカーには無い。アレクサも同様だろう。

「いっそ、トコロザワ・ピラーへ直接持ち込んで、直接買い取ってもらう方が早いかも」金庫は重く、巨大だ。自身のニンジャ筋力で可能だろうか?時間は殆ど無い。だが、やるしかない。やるしか……。膝にキアイを入れて立ち上がった時、ライトニングウォーカーは異変に気づいた。

「大丈夫。あとは、あたしがやる」アレクサが呟いた。その声は、先程までの彼女のものではなくなっていた。アレクサは纏っていた黒玉色のニンジャ装束を脱ぎ捨てた。ライトニングウォーカーは、それの本来の持ち主の言葉を思い出した。「ヘンゲヨーカイ・ジツ」超自然の力が、アレクサを……獣の姿へ変えていた。「GUUUU……ッ!」

「アレクサ=サン……!」恐ろしい姿だが、敵意は感じない。獣は金庫に近づき、ヘンゲした右腕でそれを掴んだ。「GUUUAAAAAAッ!」ジツによってブーストされた筋力が、金庫を抱えあげる!「スゴイ……!」驚いているばかりではいられない。ライトニングウォーカーは、フロシキに詰め込めるだけの物品とカネを包み、背負った。「行こう」ライトニングウォーカーの言葉に、獣は頷いた。

3.

「キエーッ!」「GUUUAAAAAAッ!」トコロザワ・ピラーに駆け込んでくる1人の女ニンジャと、異形の獣。目撃したモータルは急性ニンジャリアリティ・ショックを発症した可能性が高いが、2人は気にしている余裕もなかった。指定した会議室まで、エレベーターを待つのももどかしく、階段で駆け上がる。金庫の重量で床が凹み、正面衝突しかけたニンジャが泡を食って回避した。

「キエーッ!」「GUUUAAAAAAッ!」やがて目的の一室に滑り込んだ2人は、荷物をどっかと降ろした。待ちかねていた古物商の男は、呆然としながらもニンジャ達を出迎えた。「換金、よろしくおねがいします」「ハイヨロコンデー」ライトニングウォーカーは力尽きてしりもちをつき、アレクサはジツを解いてその場に突っ伏していた。

 10分も経たずに査定は終わった。大半は想定通りだった。つまり、目標金額にはまるで足りていない。だからこそ、金庫を買い取って貰う必要があった。中身はわからないが、たいそう大事に隠されていたのだ。悪い値はつくまい。

 ……そんな、ライトニングウォーカー達の考えは、甘かった。「悪いけど、このまま買い取ると換金出来るのは数日かかるよ」古物商の男は、申し訳なさそうに言った。「どういうことですか!?」ライトニングウォーカーは食って掛かる。「中身がわからないからね。開けて確認するにしても、こちらの経費がかかる。もし大したものが入ってなかった場合のことを考えると、すぐにカネにするのはどうしても難しいね」

 男の言い分はまっとうだった。ライトニングウォーカーは目の前が真っ暗になりかけたが……なんとかニューロンを奮い立たせた。ヘンゲが解けて素っ裸のアレクサは息も絶え絶えに、不安そうな顔をしている。「じゃあ、開ければいいってことですね?」ライトニングウォーカーは言葉を絞り出す。金庫の暗証番号を知っている者は、おそらくはドミナントが仕留めたあのオヤブンのみ。とっくにジゴクに落ちている。電子錠でないためハッキングは難しく、物理ピッキングの技術も無い。総当たりで開ける時間も無い。あとは、ニンジャができることは一つ。カラテだ。

 しかし。「キエーッ!……ンアーッ!?」ライトニングウォーカーの渾身のカラテでは、金庫はびくともしなかった。精神力が尽きたアレクサはヘンゲができず、テッコも壊れているため、カラテはライトニングウォーカーに劣っている。ならば、ライトニングウォーカーがやるしかない。「キエーッ!キエーッ!」拳を、脚を叩きつける。衝撃が伝わる。金庫は、びくともしなかった。

 殴り、蹴りながら考える。トコロザワ・ピラーに残っているカラテ自慢のニンジャに頼んで破壊してもらうか?もしくはワザマエ自慢のニンジャに……駄目だ。探している時間がない。ブラッドカタナ・ヤクザクランとの抗争で、多くのニンジャはトコロザワ・ピラーを離れている。ライトニングウォーカーのニューロンは加速を試みる。だが、何も手段が思いつかない。手詰まりだった。

「ライトニングウォーカー=サン」アレクサは言った。「どうして、あたしにそこまでしてくれるの?」

 ライトニングウォーカーは殴りながら考える。どうして?どうしてだろう?任務だから?違う。そんな理由じゃない。「あなたに、死んでほしくないから!」合理的な理由ではない。つい数時間前に、会ったばかりのニンジャ同士だ。「わたしが、そうしたいから!」

 合理的など、ペケロッパ・シットだ。相手が神話のようなニンジャならば、まだ諦めがついたかもしれない。だが、今この子の命を脅かしているそれは、たかが借金。そして、たかが鋼鉄製の金庫。超人たるニンジャが、そんなものに縛られるのか。そんなものに屈するのか。何故かそれが、無性に腹がたった。理由なんて、それで十分だろう。そう結論を下してカラテを叩き込み続ける。

「キィィィエェェェェッ!!」ライトニングウォーカーの渾身のカラテシャウトが響き、拳が突き刺さる。そして金庫は……何ら変わらず、そこにあった。「無理だよ」アレクサが言った。ライトニングウォーカーは両手を見つめる。皮が破け、血が溢れる。ニンジャの手。役立たずの手。もう、できることはないのか?

Beep!

 その時、会議室に入室の意思を示すブザーが響いた。動く気配がない2人の代わりに、古物商の男がロックを解除する。

 入ってきたのは、陰鬱な目をした若い女だった。(ニンジャだ)ライトニングウォーカーはへたり込みながらも、アイサツを行った。「ドーモ、ライトニングウォーカーです」アレクサを促すと、少女もアイサツを行った。「ドーモ、アレクサ・サトです」

 2人のアイサツを受け取り、女ニンジャは微笑むと、奥ゆかしいオジギとともにアイサツを行った。「ドーモ、わたくしはデッドリーチェイサーです」アイサツを終えたデッドリーチェイサーは言った。「ドミナント=サンから、あなた方の元へ向かうように指示を受けました」

 アレクサは目をぱちくりとする。「ドミナント=サン?」ライトニングウォーカーは説明する。「あなたを助けてくれたニンジャよ。カラテが強くてゲイトキーパー=サンの弟子で、美男子」無理に笑顔を作る。「美男子って情報要るかね?」古物商の男は首をひねった。

「ライトニングウォーカー=サン及び同行されているニンジャの方に、お渡ししたい物がございまして」そう言って、デッドリーチェイサーは片手に担いでいた大きな箱を見せる。「これは……悪いけど、今そんなことしてる場合じゃないんだよ」アレクサは中身を察し、困ったような顔をする。

 ライトニングウォーカーは……デッドリーチェイサーがもう片方の手に持つフロシキを見た。見覚えがあるラベルが貼られている。ドミナントが持っていたものだ。中身は半分に減っているのがわかった。デッドリーチェイサーはその目線に気付く。

「これですか?ドミナント=サンが、帰りについでに処分せよと」食い入るように見つめるライトニングウォーカーの様子に、デッドリーチェイサーは訝しんだ。「つまらないものですよ。元の中身の半分は、リー先生という方の元に送るとおっしゃっていました」リー先生とは、ソウカイヤと協力関係にあるニンジャ研究者だ。彼の元に送られたのは……つまり、残っているのは。そこまで聞いたライトニングウォーカーは、デッドリーチェイサーからフロシキを強引にひったくった。

「アナヤ!?」フロシキを奪われたデッドリーチェイサーは、慌てて言った。「ち、違います!お渡しするのは、そちらではありません!」ライトニングウォーカーはフロシキを開く。中から出てきた物に、古物商の男は顔をしかめた。「カネにはならんぜ、そんなもん」アレクサも頷くが、ライトニングウォーカーの視界には入らない。ニューロンが加速する。アレクサの仕留めたニンジャの首はリー先生の元へ。残ったもう一つ。フロシキに包まれていたもの。モータルの、オヤブンの首。

 肉が腐りかけた臭いが漂うことも気にせず、ライトニングウォーカーは生首の目を見た。このオヤブンの首は、ドミナントが持ち帰ったものだ。彼に首を落とされ、残された胴体や手足は、バラバラになって部屋に転がっていた。全身にサイバネ施術の痕跡があり、腕にはアサルトライフルが仕込まれていた。数日前に見た、サイバネ施術業者のカタログの内容を思い出す。

『0.17秒の壁を超えろ!論理トリガ制御は、それを可能にする!』

 アレクサのテッコのように単に肉体の延長にするのでなく、展開式銃火器のような複雑な機能を仕込んだ場合の制御には、電脳化と生体LAN端子の実装が不可欠だ。そして視覚と連動して狙いをつけるため、生身の眼からサイバネアイへ置換することも。サイバネアイには、映像を記録し、保存する機能もある。それは不測の事態に備え、争いごとの証拠にするなどのために常時記録されている。そして、この男は……あの事務所のオヤブンだ。

「ペケロッパ」聖句を呟く。ニンジャとしてのカラテは出し尽くした。だが、残っているものがある。ハッカーとしてのわたしだ。ライトニングウォーカーは自らの生体LAN端子とモータルの生体LAN端子を、ケーブルで直結する。3人の目が驚愕に見開かれると同時に、ライトニングウォーカーの意識は、男のサイバネアイ映像記録領域にダイブした。

 男は既に死んでいるが、映像記録は無事だった。死亡した人間の視野を証拠として使うこともあるため、当然だ。データを読み解くと、男がサイバネアイを導入したのは5年以上前だが、必要なのはそんなに長い期間ではない。「事務所がカミサト・ストリートに進出した日から開始」ほんの3週間前だ。つまり、この男が死ぬまでに3週間もの期間がある。「位置情報は、事務所内」部屋の一室一室まで絞り込めれば理想的だったが、そうもいかない。

「ここからは力技ね」映像を脳が処理できる限界まで、並行で再生する。ヤクザの視界。見たくもないものが山程。酷使される脳が悲鳴を上げるのを感じるが、無視する。ニンジャの肉体がだらしない声を出すな。終わったら好きなだけ、スシでもサケでも摂取させてやる。我慢しろ。そう念じ、頭痛と嘔吐感に耐えながら再生し続けるうち、目的の箇所へ辿り着く。宝物庫の部屋の映像。ドヒョーが設置される前後のもの。

 ドヒョーに金庫を埋め込んだ瞬間を探す。厳密には、その直前。バッグに詰め込んだ何かを、後生大事に金庫に詰め込む男の視界。そして、暗証番号をダイヤルに入力する。金庫が施錠され、ドヒョーに埋められる……。巻き戻し、コマ送りで再生する。暗証番号が入力される箇所を。「ペケロッパ」見つけた。

「……893 893 893 893 893 893」ケーブルを引き抜き、呟く。「893を、6回」それを耳にしたアレクサと古物商が、金庫に飛びついた。ダイヤルを回す。カチン。カチンとロックが解ける音がニンジャ聴力に響く。脂汗が止まらない。一秒すらも永遠に感じる。今、何時だ?

 突然、ダイヤルの音が急激に素早く、それでいて規則的になった。デッドリーチェイサー。あの女ニンジャがダイヤルを回しているのだ。モータルである古物商や、ワザマエに劣るアレクサに比べ、その動作は遥かに精密性が高い。カチ、カチ、カチ、カチ。893を6回。デッドリーチェイサーが扉を手前に引く。「オープン、セサミよ」ライトニングウォーカーは呟いた。

「こいつは、未公開株式か!すぐに現金化する!」中身を改めた男が、端末を片手に叫ぶ。「アレクサ=サン、入金口座を!」「ハ、ハイ!」男とアレクサは必死に端末を処理する。ライトニングウォーカーはしゃがんでそれを眺める。やれることは全てやった。もう、動けない。デッドリーチェイサーが隣にしゃがむ。「ありがとう。あなたのおかげ」礼を言うと、デッドリーチェイサーは首を振った。「わたくしは、何もしておりませんよ。あなたと、あの子のイサオシです」

 キャバァーン!電子音ファンファーレが響いた。『入金確認ドスエ。またのご利用をお待ちしておりますドスエ』アレクサの端末から、メッセージが聞こえる。時計を見る。日付が変わる30秒前。「二度と利用なんてするか!バーカ!」アレクサが端末に罵声を叫ぶ。古物商は引き取った物品を整理し、返済の余りをアレクサに渡した。「もちろん、手数料はもらっていくよ」男の言葉に、アレクサは頷く。

「契約の書面はきちんと確認するのですよ」デッドリーチェイサーが2人に厳しい口調で言った。どうやら、この女もカネでたいそう苦労したらしい。古物商は苦笑し、後日書類を届けることを約束すると、去っていった。会議室には巨大なカラの金庫だけが残された。

金庫を指差し、アレクサが言った。「これ、どうしよう?」ライトニングウォーカーは答える。「クローンヤクザ何人か呼んで、運んでもらいましょう」運べないなら……もう知らん。ニューロンが一切回らない。身体を支える気力もなく、大の字に倒れた。

「ビール飲みたい」そう呟いて、ふと手に持っていたままのそれに気付く。サイバネヤクザの生首。名前も知らない、敵ヤクザのオヤブン。「これ、捨てるんだっけ?」サイバネアイと再び目を合わせながら、デッドリーチェイサーに聞く。「処分せよ、とだけ言われています」デッドリーチェイサーの返答。ライトニングウォーカーは、彼の見開いた瞼を閉じてやりながら、独りごちた。「……最後に役に立ったんだし、お墓くらいは作ってあげようかね」

4.

「ドーモ、ソニックブーム=サン。アレクサ・サトです」「ドーモ、ソニックブームです」

 数時間後。アレクサとライトニングウォーカー、デッドリーチェイサーの3人は、ソニックブームの執務室にいた。ブラッドカタナ・ヤクザクランとの抗争終結に際してのソウカイヤ首領ラオモト・カンへの謁見を終え、戻ってきたソニックブームに対し、任務終了の報告をするためだ。アレクサは裸のままではなく、風呂で血と埃を洗い落とした後、髪を整え、キモノに着替えている。

 デッドリーチェイサーともども、自身もアイサツを行ったライトニングウォーカーは、まず初めにアレクサの借金の完済について報告を行った。「ゴクロウサマ。オイランパーラーは勘弁してやる」ソニックブームはそれだけ言った。「合流に遅れたらってだけじゃなかったんですか!?」思わず抗議するライトニングウォーカーを無視し、ソニックブームは中央に立つ少女に目を向けた。その目線は……いつもどおり、険しく、恐ろしい。

 アレクサは堂々と言う。「オニイサン、あたし、やり遂げました」「ああ。ドミナント=サンから報告を聞いた」ソニックブームはそれだけ言うと、無言。アレクサも無言。デッドリーチェイサーも黙っていた。故に、ライトニングウォーカーが口を開いた。「何も無いんですか!?よくやったとか、お前のおかげだとか!」

「ドグサレッガー!オイランパーラーは随時人手不足だぞオラーッ!!」上級ヤクザスラングが響き、ライトニングウォーカーは姿勢を正す。「勘弁してください!」「なら黙っとけ」ソニックブームは極端にテンションを下げて言った。「ハイ!」ライトニングウォーカーは口を挟むのをやめた。

 アレクサはじっと、ソニックブームを見つめている。ライトニングウォーカーにはその心境はわからない。やがて、ソニックブームが口を開いた。「俺様はこれからオンセンに行く。ラオモト=サンからの報奨でな」ライトニングウォーカーは再び声を出しそうになるも、我慢した。「どっかのメスガキの後始末で苦労したんだ。せいぜいゆっくりさせてもらう」「ハイ」アレクサは頷いた。

「ライトニングウォーカー=サン、デッドリーチェイサー=サン」ソニックブームは、直立不動の2人に声を掛けた。「ハ、ハイ!」「ハイ」ソニックブームは続ける。「このガキの面倒は、お前たち2人が見ろ。いずれ、ヒマなニンジャをメンターとしてつけてやる。その後はそいつの元で動け」つまり、チームを組めということだ。3人は顔を見合わせた。「異論はあるか?」3人は口々に答えた。「ありません」「無いです」「ございません」

 ソニックブームは立ち上がると、ヤクザスーツの上着を肩から羽織り、出口へ歩き出した。アレクサの横で立ち止まり、机の上を指差す。「チャワンは片付けとけ。他の物は触ったら殺す」「ハイヨロコンデー」答えるアレクサに、ソニックブームは続けた。「それと、チャの淹れ方ももっと練習しとけ。サードウィーラー=サン」

 ライトニングウォーカーとデッドリーチェイサーは、その聞き慣れない名が何なのかを直感的に理解した。アレクサは……否、サードウィーラーと呼ばれたニンジャは、雷に打たれたかのような顔をした。「オニイサン、それって」ソニックブームは、少女の目を見下ろす。険しく、恐ろしい目。

「お前のニンジャネームだ。俺様がついさっき考えた」ぶっきらぼうにそう言うと、右の手のひらをサードウィーラーの頭の上にかざした。しばし躊躇するかのように留めた後、ぽん、と軽く頭を叩く。そしてすぐに、手をポケットに突っ込み、ソニックブームは去っていった。サードウィーラーはしばらく放心していたが、やがてオジギで彼を見送った。「アリガトゴザイマス、オニイサン!」

エピローグ

 言われたとおりにチャワンを片付け、ソニックブームの執務室を退去した3人のニンジャは、トコロザワ・ピラー内自販機で購入したドリンク類で祝杯を挙げていた。ネオサイタマは24時間呑めるバーの類もごまんとあるが、ライトニングウォーカーとサードウィーラーは遠くまで動く気力がなかった。陣取った会議室は、窓からネオサイタマの街並みが見える。

「これはこれで悪くない」ネオンサインを肴に缶コーヒーを傾け、ライトニングウォーカーはつぶやく。「こうやって見ると、綺麗なものですね」デッドリーチェイサーはミネラルウォーターを口にする。

「そういえば、デッドリーチェイサー=サン。ドミナント=サンに頼まれたって、どういうこと?」ふと疑問が浮かんだ。彼女が持ってきたオヤブンの首は、丁重にフロシキに包み直して卓上に置いてある。朝になったらブッダ・テンプルに持ち込んで供養してもらうつもりだ。それはそうと、デッドリーチェイサーの口ぶりから、ドミナントの本来の指示は、これではないようだが。

「ええ。本来の要件は、こちらのキモノをアレクサ=サン……いえ、サードウィーラー=サンに届けることです」そう言って、合成ミルクパックを飲んでいる少女を見た。「これ、レンタル品よね?」「ええ。彼女の寸法とともに言伝がわたくしの端末に送られてきまして……ええと」ごそごそと、IRC端末を取り出す。

 どうやら、デッドリーチェイサーは電子機器の操作が苦手らしい。「先程は通りがかりの方に操作していただいたのですが……」じれったくなり、ライトニングウォーカーは横から操作した。「ここをこう。これかな?なになに……」文面を呼び出す。ドミナントから、デッドリーチェイサーへのメッセージ。

『To:デッドリーチェイサー=サン 指示する寸法のキモノをレンタル・サービスから用意し、トコロザワ・ピラーの指定する会議室へ向かい、そこにいるであろうニンジャの娘に渡せ。代金は経費で請求せよ。 From:ドミナント』ソウカイ・ネットに登録されている、アレクサ・サトの身体データが添付されていた。「乙女の身体を……プライバシーも何もあったもんじゃないわね」ライトニングウォーカーは毒づく。

「どうしてデッドリーチェイサー=サンが?」サードウィーラーが疑問を投げる。「わたくしがニンジャとなったとき、あの方に勧誘されまして。それ以来、若干のお付き合いがございます」デッドリーチェイサーは答えた。「ふーん……あ、もう1個メッセージがある」ライトニングチェイサーは、ドミナントからのそれに気づいた。「あ、それは……読まない方が」デッドリーチェイサーが言い終わる前に、ライトニングウォーカーの指が端末を操作していた。メッセージが表示される。

『To:デッドリーチェイサー=サン おそらく同じ部屋に、恐ろしく趣味が悪い服の女がいる。そちらに任せるより貴様の方がセンスが数倍マシと見做しての人選だ。以上。 From:ドミナント』

 あまりの内容に、コーヒー缶を握りしめ、ライトニングウォーカーは叫んだ。「だぁれが、趣味が悪いだ!?顔が良くてカラテが強いからってひどくないその言い草!」サードウィーラーが覗き込んでメッセージを読み、ライトニングウォーカーの装束を見て言った。「でもワカル。あたし、そんな変な格好はしたくないな」

 ライトニングウォーカーは愕然とした。「嘘でしょ!?これ《カタストロフ・ドット》よ!すっごい高かったんだから!」愛好するバンドの名前を出す。ステージ衣装のレプリカをIRCオークションで落札し、更に改造して仕立てた、家賃3ヶ月分の一張羅だ。「変だし、ダサいよ」サードウィーラーは無情にも告げた。「わたくしも……そのように、乳房やお尻を出すのはどうかと思います」デッドリーチェイサーも同意した。

 ライトニングウォーカーは咆哮する。「ダサくないし!IPは隠れてるんだから、いいじゃん!」IPとは、胸の先端のそれを意味するハッカーの隠語だ。アトモスフィアを感じ取った2人は怪訝な顔をする。ライトニングウォーカーはやり場のない怒りをぶつけようとして……逆に、笑った。「ぷっ、あは、あははは!」デッドリーチェイサーも、口を抑えて笑みをこぼす。サードウィーラーも、釣られて笑いだした。この3人ならやっていける。そんな気がして、3人のニンジャは笑い続けた。

「本当にありがとう、ライトニングウォーカー=サン!デッドリーチェイサー=サン!あたし、みんなに会えて良かった!」

 サードウィーラーは笑いながら涙をこぼしそうになり、慌てて目元をこすった。(「トラジェクトリー・フォー・ヤクザ・サクラメント」終わり)