3.「蒼汰くんって、料理する?

「お疲れ様です、先輩」
「わ、今日は早いんだね」

前は先輩の方が早かったが、今日は俺のほうが早かった。別にコンビニで合流してるわけじゃないから、こうして時間に差が出る時もあるだろう。

「はい、蒼汰くん」

そう言いながら先輩は俺に缶を押し付けてくる。

「え、なんでですか?」
「ほら、たまにはね」
「たまには、って俺何も奢ってないじゃないですか」
「いやいや、こうしてお話してくれるからね。それのお返しってことで」
「それは俺も・・・わかりました。じゃあ「今日は」受け取っておきます」
「今日は、ってなんだい今日はって」

言いたいことがわかったのだろう、先輩は苦笑いをしてブランコに座った。
また互いにカシュ、と音を出す。そうして同時に口をつけて、

「うまい」 「おいしい」

と感想を漏らすのだった。

「先輩、今日も書いてたんですか?」
「そうだよー?毎日書いてないとお金にならないからね」
「世知辛いですね」
「世知辛いよ・・・ってこれ前にもやらなかった?」
「やりましたね」
「もう。ねえ蒼汰くん」
「はい?」
「蒼汰くんって、料理する?」
「料理、ですか」
「うん」

料理、それは奥深いもの。手間暇を掛けた分だけ美味しくなる魔法のような―

「蒼汰くん?」
「あ、ごめんなさい」

勝手に思いにふけっていたら、先輩は怪訝な顔をしていた。

「どうしたの?」
「ああいや、料理って結構奥深いんですよね」
「ほうほう」
「実際、具材の下処理から全部変わってくるんですよ。いかに手間暇をかけて仕込めるかがまず最初の鍵です。例えばここで少しでも手を緩めれば、美味しい料理は作れない。もちろん味付けも大切ですが、まずこの基礎が悪いとどんなに良い味付けでも美味しいとは思えないんですよ。なのでまずここが一番重要ですね」
「お、おー。結構情熱的だね」

しまった。怒涛のトークに先輩が引いてしまった。俺は料理が好きだから、聞かれてしまうとどうしても熱っぽく答えてしまう。流石に少し謝ったりしたほうがいいのだろうか・・・?と一人悩んでいると、先輩はまた口を開いた。

「そういうの、いいなあ」
「え」
「ほら、前は私が好きなものを言ったじゃん」
「そうですね」
「でも蒼汰くんの好きなもの、聞いてなかったなあって」
「あ、確かに。でも」
「んー?」
「流石に、少し語りすぎたかな、って」
「え、そんな事ないよ」

きょとんとした先輩。本当に「なんで?」って顔をしていた。

「でも」
「えー、だって。私は好きなものを熱く語れる人のほうが好きだもん」
「そうなんですか」
「だって、その人がそれほどに熱中してるってことでしょ?私そういうの好きだから」
「あー」

先輩らしい、俺はそう思ってしまった。

「また教えてよ」
「料理の話をですか?」
「うん。小説に使えるしさあ」
「ほんと、仕事のためなら頑張る人ですね」
「でしょ?」

けらけらと笑う先輩。楽しげな先輩を見て、こんな時間も悪くないな、なんて思ってしまった。

「でも意外だったなあ」
「そんなにですか?」
「うんうん。前に蒼汰くんが私のアニメで少し意外って思ったでしょ?」
「あ、確かに」
「だから人って似てるようで似てないんだよねえ。知ってるようで知らない。だから色んなことを知っていく必要があるんだと思うんだー」
「なるほど・・・」
「ってそれっぽく言ってるけど、結局は色々と知っていきたいねって話だよ」
「一番簡単ですね、それ」
「でしょ?」

ぎぃ、とブランコが唸る。俺はその音を聞きながら、ビールを流し込んだ。

「今度、料理してみようと思っててね」
「はい」
「私、苦手なんだよね。料理」
「そうなんですか?得意そうなイメージがあったんですけど」
「えー?それこそ思い込みだよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんです」

またぎぃ、とブランコが唸る。それと同時に立ち上がったのは俺だった。

「じゃあ今度、教えましょうか」
「ほんと?あ、でも相当先だなー」
「それはそうでしょう。今度ですから」
「・・・やっぱり早めにしよ」
「何か言いました?」
「んーん。・・・はあ、美味しかった。それじゃ、また明日かな?」
「そうですね。また明日」

―やっぱり、この先輩は面白いな。俺はそう感じながら、手を振った。