SS(?)「彼女のいる日常」後編

冬になった。結構寒くなってきて、マフラーなどの防寒具が役立つ季節だ。
と言っても俺は、マフラーは持っておらず自転車を漕ぐには少し寒いなんて思ったりもしていた。

いつもの駅で、俺は京子に会った。いつもは時間が合わないのだが、今日は彼女が随分遅めだったみたいだ。

「おはよう」
「あ、おはようございます。先輩」
「珍しいな」
「ええ、ちょっと遅刻しちゃって」
「なるほどね。随分寝坊したんだな」
「寝坊じゃないです」

口をとがらせながら言う彼女は、なんだか可愛らしかった。

「じゃあどうしたんだよ」
「んと・・・まあ。お気にせず」
「おっけ。でもこうして朝会うのも久々だよな」
「そうですね・・・あ」
「ん?」
「明日から、一緒に行きませんか?」
「・・・どうしてそうなった?」
「私がそうしたいからです」
「なるほど一理ある」

京子は笑っていた。本当、俺はこの笑顔に弱いんだからやめてほしいな。

「どうです、先輩」
「いいぞ、別に」
「え」
「え、もなんもお前から提案してきたんじゃんかよ・・・。やめるか?」
「いえいえいえ、是非そうしましょう?」

・・・ここ最近、やっぱり京子が大分アピールしている気がする。俺の勘違いでなければ、きっと・・・。

「・・・先輩?」
「あ、すまん。それで?」
「電車、来ますよ?」
「ああ・・・うん」

少し上の空のまま、俺たちは学校に向かうのだった。

退屈な授業が終わって昼休みになった頃、俺は珍しく屋上に行っていた。いつもなら生徒会室で健二と飯を食うんだが、今日はなんだか屋上に行ったほうが良さそうな気がした。
ドアを開けると、彼女―京子がいた。

「よう」
「あ、先輩。ちょうどよかった」
「ちょうどよかった?」
「はい。・・・これ」

そう言って差し出してくれたのは緑色のつつみ。それを解くと、

「弁当?」
「はい。ぜひ、ご一緒しませんか?」
「ん、ご相伴に預かるわ」
「ええ、是非」

俺は彼女の隣に座る。風が吹けば、冬ということを痛いぐらいに感じた。

「寒いな」
「ですね、ちゃちゃっと食べちゃいません?」
「それもそうか。・・・わあ」

思わず声を漏らす。それぐらいに綺麗に詰められていて、美味しそうだととても思った。

「美味しそうだな」
「ありがとうございます」
「・・・いただきます」
「どうぞ」

ドキドキしながら、まずはメインのハンバーグを口に運ぶ。

「・・・うまい。うまいわ、これ」
「やった・・・!」
「前に食べた卵焼きで思っていたが、やっぱり京子は料理上手だな」
「結構練習してるんです」
「そっか」
俺は夢中で食べていた。だからだろう、いつの間にか彼女が立っていたことに気づかなかったのは。

「ねえ、先輩」
「ん?」

彼女は、フェンスに寄りかかっていた。

「先輩は、」

俺はそんな彼女を見て、儚いな、と思った。

「私のことを」

冬だから、だろうか。彼女の顔は赤く見える。・・・それ以外なのかも、しれないが。

「好きですか?」

来るとは思っていた。でも、やっぱり心の準備が足りていない。だから、少しだけ違う方向に流そう。

「それは、どっちの意味だ?」

「もちろん、恋愛の意味ですよ」

そう問われた時、俺はどう返せばいいか迷った。俺が今こうして抱いている感情は、「恋」なのだろうか?わからなかった。でも、わかるのは彼女が笑えば、俺の名前を呼べばどきりと心臓が高鳴るのだ。
もしこれが、恋だというのなら―

「じゃあ俺からも聞いていいか?」

「はい」

「君に・・・京子に、圭って呼ばれるたびに心臓が高鳴るんだ。京子の笑顔を見るたびにドキドキするんだ。これが恋なのだとしたら―」

「恋だよ」

その声は、後ろから聞こえた。

「今井先輩?」
「健二?」

振り返れば、健二が居た。突然の登場に俺らは二人して固まった。

「よう、お二人さん。盗み聞きみたいで少し申し訳ないが、決してそういう事をしたいがためにここに居たわけじゃないからな」
「どういうことだ?」
「普通に生徒会の仕事があったから呼びに来たんだ。つったらこの現場だ。隠れるしかないだろ?」
「そりゃまあ、しょうがないか。・・・んで?」
「ああ、そうだな。とりあえず御庭は置いておいて。圭、お前は彼女を見るたびに何を思う?」
「・・・愛おしいとか、守ってあげたいとか、もっと話したいとかそういうことか?」
「ストップ。お前のことはよくわかった。じゃあ、それを伝える相手は俺じゃないだろ?」
「っ・・・すまん」
「それも含めて、彼女に伝えてこい」
「・・・見てんのか?」
「いんや。俺はこれで失礼するよ。どうであれ、後で生徒会室に来いよ」
「ああ・・・恩に着るよ」
「っは。めちゃくちゃに着てろ」

そう言いながら、健二は屋上から立ち去っていった。

「あー・・・すまん、京子。・・・京子?」

よく考えれば、さっきの言葉が聞こえてないわけがない。だから京子は赤い顔のままプルプルとしていた。でも俺は、そのまま近づく。

「京子。さっき言ったとおりだ。俺は京子を見るたびに確かにドキドキするし、もっと話したいし、守ってあげたいと思う」
「はい」
「だから、俺で良ければ、付き合ってくれないか」
「・・・もちろんです、先輩!」

満面の笑顔で、彼女は俺に抱きついてきた―

―そこから、数日たった。

「先輩、デートしませんか?」
「いつ?」
「明日とか」

俺の家にいる彼女は、リビングでソファーに座ってテレビを見ている。
俺は台所で、飲み物を注いでいた。

「いいぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「やった!」
「・・・本当、お前よく笑うようになったな」
「確かにそうかもしれませんね。でも、それもこれも先輩のおかげなんですよ?」
「俺のおかげ?」
「はい。私は先輩に喜んでほしいって思うようになったんですよ」
「それとこれがなんの関係が?」
「簡単です。先輩に喜んでほしいから弁当を作ってみたり、話すことを頑張ったりしてたんです」
「お、おう」
「ここまで私を夢中にさせたのは先輩だけなんですからね」
「そっか」

笑顔を見せる彼女は、俺だけが知ってる表情のようでなんだか嬉しくなった。

「明日、イブだな」
「そうですよ、先輩。今気づいたんですか?」
「ああ。・・・そうだな、明日はプレゼントを買いたいな」
「私だってそうですよ」
「そうか。ちなみに買うものとか決まってるの?」
「はい」
「・・・なんか、被りそうな気がするな。ネタバレにはなるが、何を買うか一緒に言わないか?」
「いいですよ?じゃあ、せーの」

「「マフラー」」

「ぷっ」「ふっ」

二人して吹き出して、おかしくて笑った。考えることは結局一緒なんだなって。

「先輩、じゃあ一緒のマフラーにしません?」
「いいよ、それでも」
「じゃあ、明日楽しみにしてますね」
「そうだな」

俺は彼女の隣に座る。彼女は、俺の肩に頭を預けてきた。

「先輩」
「ん」
「私は、幸せです」
「そうか・・・俺も、幸せだよ」
「ふふ、知ってます」
「だろうな。なあ」
「はい」
「これから先も、一緒にこうやって過ごそうな」
「そうですね、私は少なくとも先輩が居ない日常はわからないです」
「奇遇だな、俺もだ。京子の居ない日常は、わからないよ」
「じゃあ、一生離れられませんね」
「そうなるな」

そう言いながら、俺は左手の温もりを感じて目を閉じるのだった―