『ゲキドル』全12話解説【伏線・考察】

・前書き

 アニメ『ゲキドル』全12話が放送されました。
 サスペンスとミステリーに満ちていて、非常に楽しい作品でした。
 視聴中は謎が多く、複雑な物語のように思えましたが、最終12話で見事にすべての謎が解明されました。じつのところ、『ゲキドル』のストーリーは単純で、複雑なのはそのストーリーを提示する語り=プロットだけです。
 そして、わたしはその巧みなストーリーテリングに魅了されました。
 ですので、ストーリーというより語り=プロットを確認していきたいと思います。
 全話ネタバレです。

・第1話

 普通のいわゆるアイドルものらしい話です。
 ただし、大量の犠牲者を伴う世界同時都市消失というSF的な設定が提示され、サスペンスを誘います。(謎①

・第2話

 シアトリカルマテリアルシステム、アクトドールという舞台に関わるSF的が詳しく説明されます。これ自体は『アイカツ!』シリーズのアイカツシステムとほぼ同じ機能であることが、アイドルものとSFというジャンル越境を自然にしています。(謎①'
 アリスインシアターは劇団ですが、経営難のためにアイドルの興行をはじめます。
 ありすのフラッシュバックが挿入され、サスペンスを誘います。(謎②

・第3話

 本話はSFのストーリーはありません。
 あいりが過去にジュニアアイドルをしていたという内容です。

(※余談
 アイドルは性的なものと密接な関わりがありますが、いわゆるアイドルものの美少女アニメは、そのことを透明化させています。顕著なこととして、観客を女性が占めています。その反動で露悪趣味的になる作品にも辟易しますが、そうした作品にも疑問を抱きます。
 その点、本作は性に関することと金に関することを自然に描いていて好感が持てます。もっとも、あいりのジュニアアイドル時代のファンがその後も登場するのはさすがに不自然だと思いますが。
 このことについて、本作と同様に自然に描いている作品は『ゾンビランドサガ』だけです。『推しが武道館に行ってくれたら死ぬ』もそうですが、これは優れた原作の功績です。いわゆるアイドルものの代表作である『アイカツ!』シリーズがキッズアニメで、当然のこととして、性と金の要素をオミットしていることの影響も大きいでしょう)

・第4話

 ありすはせりあの双子の妹で、世界同時都市消失の犠牲者であることが明かされます。(謎②解決
 いわゆるアイドルもののストーリーでは、せりあが演技において、他人の演技の模倣しかできないという課題が示されます。
 ドールがせりあにありすの幻影を見せ、ありすへの罪悪感を解放します。なぜドールがそのようなことをするのか、どうしてそのような機能があるのかは不明です。(謎③

・第5話

 せりあが意味深にも、ドールにアリスという名前を付けます。
 あいりはドールへの疑念を深めます。
 ドールがあいりにいずみの幻影を見せます。そのことにより、あいりは階段から転落します。(謎③'

・第6話

 せりあとありすがよく入れ替わっていたことが明かされます。そもそも死んだのは本当にありすのほうだったのかという疑問が生まれます。(謎④
 ドール=アリスは観客の感情を直接的に操作できることが明かされます。(謎⑤
 竹崎のアリスインシアターの奪取が進みます。竹崎、かをる、みのの三者は、オーバーテクノロジーであるシアトリカルマテリアルシステムとアクトドールの正体を知っていることが提示されます。(謎⑥

 本話までで、主題がおおむね明確になります。
 せりあとありす、アリスの名前は回文です。そして、せりあは死者であるありすと等置されます。また、せりあは演技について他人の演技の模倣しかできません。
 せりあが死者と等置されることで、意識の根源という意味での特異点があやふやにされます。
 また、せりあが他人の演技の模倣しかできず、同時に、人工物であるドール=アリスが演技することで、フィクションの自己完結性が前景化されます。それはフィクションの意味論と、意識の根源という意味での特異点を否定します。名前の回文は、自己完結性としての自己言及性・自己反射性のアナロジーですね。さらに、ドール=アリスは観客の感情を直接的に操作し、フィクションの存在意義を否定します。

・第7話

 竹崎のアリスインシアターの奪取が完了し、陰謀が進みます。(謎⑥'
 竹崎は青年時代、紛争地帯でミキという少女とともに、人道支援活動として演劇をしていました。この過去が竹崎の目的にどう関連しているかは不明です。(謎⑦

 晃と愛美はここまで典型的(ティピカル)なキャラクターでしたが、本話で深い性格描写がされます。これは前話までで示された、フィクションの存在意義という作品の主題とも関係しますね。

・第8話

 竹崎の陰謀が進みます。竹崎はアクトドールの観客の感情を直接的に操作する機能を使います。(謎⑥'部分的に解決)(謎⑧
 かつて、竹崎は「劇団幹」という小劇団を主宰していました。青年時代の後です。かをるはそこに押しかけ、竹崎と男女の仲になりました。ただし、竹崎はかをるをミキだと識別することができませんでした。(謎⑦'
 かをるが池袋における世界同時都市消失の中心地に単身で向かいます。そこには巨大な装置が存在していました。(謎⑨

 謎⑨は本話の引きです。この引きの驚愕と混乱に、もう本作から目が離せなくなります。

・第9話

 巨大な装置のもとにみのと竹崎が向かいます。装置はシアトリカルマテリアルシステムの機能によって隠蔽されていたことがわかります。装置はグランドマテリアルというものだとわかります。グランドマテリアルについて、みのがかをると同様に知っていたことが明かされます。竹崎はみのを脅迫し、グランドマテリアルを操作しようとします。
 グランドマテリアルを操作するには、かをるの持つクロノクリスタルが必要だとみのは言います。(謎⑨解決)(謎⑩
 第7話で晃と愛美の性格描写が遅れてされたのと同様に、繭璃と和春の性格描写がされます。
 アリスインシアターの面々といずみは、シアトリカルマテリアルシステムを使わない素朴な演劇の復興を試みます。

・第10話

 せりあたちはかをるの日記を見つけます。そこにはかをるがクロノゲイザー(タイムパトロール)のミキ・シュタインベルクであり、同僚のキョウコ・アンダーソンとともにイノベイター(時空犯罪者)である梓=エンリ・ビアンノを逮捕しようとしていたということが書かれていました。(謎⑪
 せりあたちは日記の内容を怪訝に思うものの、それを劇に翻案します。

 第9話で、観客の感情を直接的に操作するオーバーテクノロジーを使う竹崎と、素朴な演劇の復興を目指すせりあたちという、わかりやすい二項対立の構図が示されたところに、膨大な情報を流しこまれてふたたび混乱させられます(笑)

・第11話

 かをるは竹崎の部下を倒し、グランドマテリアルに突入します。
 アクトドールの機能で、竹崎は記憶を回復します。紛争地帯でミキは竹崎を助けるために死にました。ですが、その真相はクロノゲイザーがイノベイターであるミキを回収し、隠蔽工作のために竹崎の記憶を改竄したというものでした。(謎⑦解決
 竹崎はかをるがミキだと気づき、2人は和解します。ですが、竹崎はアクトドールと結託し、かをるを倒します。
 せりあたちの劇中劇=かをるの回想で、世界の真実が明らかになります。タイムリープはトワイライトディメンジョンという時間の支流を発生させますが、それは長続きせず消滅するそうです。そして、作中の世界こそ時間の本流でなく支流だったのです。(謎①解決…ただしミスリード)(謎⑩解決)(謎⑪解決
 わざわざ説明はされませんが、オーバーテクノロジーであるシアトリカルマテリアルシステムとアクトドールはイノベイターが未来から持ちこんだものですね。(謎⑥部分的に解決
 竹崎の目的についてですが、作中では明言されませんが、公式ホームページの本話のあらすじに世界平和だと書かれています。おそらくは、竹崎が過去に紛争地帯で人道支援活動をしていたことと、そこでミキを亡くしたことが動機です。まあ、じつのところ竹崎は傀儡なので、そこに尺を割かなくてもいいという判断がされたのでしょう(笑) (謎⑥'完全に解決

 SFのストーリーの謎が次々に解明される一方で、いわゆるアイドルもののストーリーではただ演劇しているだけなのがすごいです。
 劇中劇とSFのストーリーがオーバーラップしますが、メタ=フィクションを提示すると同時に、劇中劇でSFのストーリーの説明的な部分を済ませるのが作劇の経済として巧いですね。

・最終12話

 梓=エンリ・ビアンノは死んだはずでしたが、意識はグランドマテリアルに残っていました。グランドマテリアルを通じ、アクトドールを操作していたようです。(謎③解決
 竹崎とアクトドール、つまり梓=エンリ・ビアンノはかをるから奪取したクロノクリスタルでグランドマテリアルを操作します。
 竹崎の目的は世界平和です。そのために、アクトドールの機能を使い、人類の50億人ほどの精神をグランドマテリアルに移送します。アクトドールはそのための道具だったようです。(謎⑤解決)(謎⑧解決
 さらに、そこから梓=エンリ・ビアンノは、いずれ消滅する時間の支流を保護するため、50億人ほどの精神を世界同時都市消失が起きた時点にタイムリープさせようとします。
 竹崎はクロノゲイザーたちのことは知らないはずなので、これは梓=エンリ・ビアンノの独自の計画でしょう。
 世界同時都市消失による大量死は、時間の支流が分岐したことでなく、50億人ほどの精神をタイムリープさせたことで、逆説的にタイムリープできなかった数十億人が消滅したということが真相のようです。(ミスリードの暴露。謎①完全に解決
 つまり、世界同時都市消失の時点からループ構造が形成されたことになります。ループ構造が形成されれば、結果的に時間の支流は消滅を免れますが、梓=エンリ・ビアンノが初めからそれを意図していたのか、ただ時間の分岐を修正しようとしていたのかは不明です。
 梓=エンリ・ビアンノはかをるに時間の分岐の責任があると言います。これはかをる=ミキ・シュタインベルクがイノベイター(時空犯罪者)である梓=エンリ・ビアンノに対し、クロノゲイザー(タイムパトロール)としての使命を果たせなかったということに見えます。ただし、その場合、かをる=イノベイターである竹崎の青年時代のミキのストーリーが完全に宙に浮いてしまいます。
 ですので、そもそもこの時間の支流を分岐させたのは、竹崎の青年時代のミキだと考えるのが自然でしょう。そして、梓=エンリ・ビアンノは、それによって分岐した時間の支流を保護するためにイノベイターになったと考えるべきでしょう。シアトリカルマテリアルシステムとアクトドールはそのために持ちこんだものですね。
 みのはシアトリカルマテリアルシステムとアクトドールの技術者でした。最後にかをるがクロノゲイザーの権限でグランドマテリアルに指令を出し、梓=エンリ・ビアンノの陰謀を阻止しようとしますが、これすら梓=エンリ・ビアンノの誘導によるものでした。(謎①'解決)(謎⑥完全に解決
 かをる=イノベイターである竹崎の青年時代のミキが竹崎を助けたために、時間の分岐が起きたと考えれば、ドラマ的にも説得力があるのではないでしょうか(笑)
 せりあたちが世界同時都市消失の時点の梓=エンリ・ビアンノとかをる=ミキ・シュタインベルクたちを再現すれば、それが時空の特異点となり、50億人ほどの精神のタイムリープが行われると、梓=エンリ・ビアンノは言います。
 ですが、せりあたちがアドリブを行ったことで、その目論みは失敗します。
 こうして、ループ構造は形成されず、そもそも世界同時都市消失が起こることもありませんでした。この世界が時間の支流であり、消滅の危機に瀕していることは変わりませんが、これについては、かをるの世界の命運はその世界の住人に任せるべきだというセリフで暗示されています。
 最後に世界同時都市消失が起きず、シアトリカルマテリアルシステムとアクトドールが持ちこまれることもなく、かをるたちもいない、つまりSFのストーリーが排除され、この現実と変わらなくなった時点からやり直した世界が映されて、作品は終わります。当然、その世界ではありすも生きています。(謎④解決

 主題としては、フィクションの自己完結性の否定が、同時にループ構造という決定論も否定し、その両方において自由意志が擁護されます。
 あいりといずみが上演中に私闘をはじめたのはどうなんだ、とも思いますが、廃校の仮舞台から正式の舞台にカッティングされています。この正式の舞台は、シアトリカルマテリアルシステムが撤去されたアリスインシアターだと考えるのが自然です。ともかく、正式の舞台であらためて上演されているので、劇中劇の脚本が偶発的な私闘を組みこんだメタ=フィクションに、公式に改稿されたと考えていいでしょう。こう考えれば、演技における偶発的な自由意志とフィクションの自己完結的な結構性を主題の上で調和させることができますしね(笑) まあ、そのような改稿は現実的には考えにくいので、この解釈は『ゲキドル』への贔屓目もありますが(笑)

・総評

 第11話の時点ですごい勢いで伏線が回収され、謎が解明されていくので、最終12話だけを残して大量の謎が放置されていても不安はありませんでしたが、それでも最終12話の怒涛の伏線回収と真相開示はすごかったです。脳内でドーパミンとアドレナリンが分泌されるのを感じました(笑)
 アニメのテレビシリーズの最終話を見ながら、これだけ頭を使ったのは『電脳コイル』以来です(笑)
 ストーリーの進行に際して頭を使うと、やはり格別の興奮がありますし、アニメのテレビシリーズは難易度をこのくらいの水準に設定していてほしいですね。

 じつのところ、『ゲキドル』のストーリーはかなりシンプルです。

 ①世界同時都市消失は未来人の介入によるものだった。②その災害を阻止しようという未来人の企みそのものが、ループ構造的にその災害の原因になっていた。③主役たちが演劇でアドリブをすることで、そのループ構造が打破された。

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 主題としては、決定論とフィクションの自己完結性を否定し、未来もフィクションも不完全で不確定だからこそ素晴らしいというメッセージになります。
 複雑なのは、このストーリーを見せるプロットです。
 「クロノゲイザー」という作中用語など、そのまま「時間監視者」です(笑) やたらに装飾的な作中用語を使ったり、ストーリーに関係しない煩瑣な設定に凝ったりするアニメのテレビシリーズが見受けられるなか、この飾り気のなさは逆に好ましいです。
 『ゲキドル』はそうした表面的な部分でなくプロットに力を入れた、つまり視聴者とがっぷり四つに組もうという気概に満ちた作品でした。今後もこうした作品が増えるといいですね。

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