独り事
夢現にまどろんでいた。
いつの間にか飛んでいた意識を覚醒させると、暗い寝室に居た。見慣れた配置に布団。目を擦って、それでも抱いた違和感と既視感。この正体に気づくのは、さほど時間はいらなかった。ここは、まだ小さかった頃に住んでいた家だ。
窓のカーテンは閉め切っており、外の様子はまるで見えないが、光がもれていない事から夜であることが分かった。何故ここに居るのか、という疑問より夢だろうなと推測する。
さてどうしたものかと、周りを見渡せば第三者の視線に気がついた。目線を下げ、姿を認識すれば、驚きを隠すことが出来なかった。
幼い頃の僕がじっと凝視していたのだ。
過去の存在であり、夢という状況だからとはいえ、自分と対峙しているというのは妙な気分になる。気まずさや照れに似た何かを逸らすように、視線も外す。
「お兄さん、だあれ?」
カラコロと、まだ高めの声を響かせる。
目を見開くも、僕は過去を知ってるけど、彼は未来を知っていないことは当たり前だと納得する。
警戒されないように、ニコリと微笑む。何と答えるのが正解だろうか。未来の君だよ、なんて訳分からないだろうし、怪しまれて両親を起こされては大変だ。夢とは言え、穏やかであってほしい。しかし、と何も言えないでいると。
「お兄さん、迷子なの?」
純粋な瞳で首を傾げられる。
強ち間違いでもないなと、コクリと頷く。否定しても、他に良い表現の仕方が分からないので良しとした。
「そっか……。じゃあ、置いて行かれてしまったんだんだ」
思わず真顔になってしまう。ぐるぐると自己嫌悪に陥る感覚に捕らわれる。
置いていかれる寂しさは、何度でも引っ張ってきて哀しみに浸れる。何度蒸し返しても、今現在とは違うのだと割り切れたら良いのに。
「お兄さんは沢山悲しい思いをしたね」
なんでそれを。
声に出なかった言葉は、ニコリと微笑んだ彼に伝わったのだろう。じゃないと。
「ずっと迷って、結局、苦しみ続けることを選んだ。それが正しいのかもずっと迷ってるんだよね」
こんなこと言わないはずだ。
彼は何も知らない過去の自分では無い。
創り出した都合の良いことを言う、自分自身だ。純粋無垢だと信じている彼は疾うに死んだ。誰かが、勿論自分で手を下すまでもなく、時間とともに死んでいった。
「なんで言わなかったの?」
「こんな思い、誰が知ってるんだよ」
例外はあるが、言わなかったのは自分だ。だから誰も彼も知り得ない。当たり前な事実に、存外、哀しみに満ちた声が震えた。
理解されないことも、どうしようもないことにも絶望していた。自分の本質ゆえに、受け入れられないことに怯えていたのも事実だった。
今年は大きな決断をした。
年号と共に閉じ込めてしまえば、僕もそのまま一緒に生きれたのに。チラリと使わなかった安物のカッターを見る。これでも本気だったんだけど、と自嘲気味に自分を嗤う。
「僕が言っていいかわからないのだけど、でも、それじゃあお兄さんは救われないんでしょう?」
最後だからね、清算しなきゃ。独り言ちたのは、どっちだったか。
そう言えば、昔、白い影を見たなと思い出す。幻影が目の前の彼と重なる。
「もう、僕には会わない方がいいよ」
困ったような笑顔は、今の僕と同じ姿だった。
世界が浮上していく。最後まで都合の良い彼は、僕を突き飛ばすことはしなかった。
「バイバイ」
だから、どうせなら、さよならは僕が言ってやりたかった。置いていかれるのではなく、僕が置いていく。そうすれば、少しは現実で前を向いて歩けるはずだと思って。
気がつけば、自宅の全身鏡の前に立っていた。
平成と共に清算を
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