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A面〈シャーペン暴風記〉#1

※※※
中2の三月。
14歳のおわりごろ。

「桐上(キリカミ)、高校か」
進学先を学校の名前の響きで決めるなんて、バカなことだと思う。
でも興味をもつきっかけは、そんな些細なものだった。

偏差値的にも、ちょうど背伸びすれば届く感じ。
一緒の学校から行く人が少ないくらいには、離れてる。
オーケストラ部も、ちゃんとある。
よし、ここにしよう。

隣で、最近仲直りした友達が「こいつはホントにどうしようもないな」って顔してるけど。
まあ、私なんてそういうものだ。

ただ、学校の勉強だけじゃちょっと怖い。
というわけで、塾に行くことにした。
塾といっても、人と接するのが怖いので、講義のサテライト配信をみて、配布教材の演習をする感じのコース。
結構大きめで、色々と揃っている。

うちの家族は習い事に対する財布のヒモが緩い。
小さい頃の反動でサボりがちになる私に、良くお金を出してくれるなあと感謝しかない。

………で、塾のワンフロア。

うん、迷った。
似たような部屋ばかりで、良く分からない。

一度引き返そうとするのだが、そもそもどこから来たのかすら分からなくなっている。

建物の中じゃ、携帯のマップも使えない。
ここに来る時点で目的を果たしてるようなチラシや、知らない人のテスト結果じゃなくて、フロアマップを壁に張って欲しい。

「お姉さん。カバンのチャック、開いてますよ。あとそっちの奥、事務室しかないです」
うしろから、声をかけられた。

「あ、ありがとうございます」
「ずっと変なとこに立ってたから、気になっちゃって。最近入った人ですか?教室の場所、分かります?この辺は、自習室です。予約必要なんで、使うなら先に手続き済ませといてくださいね」

事務員さんのようにテキパキ説明してくれているが、明らかに同じ中学生だ。同い年か、後輩だろうか。

背丈は同じくらい。ショートカットで、くりくりとした幼い顔に不釣り合いなほど堂々とした自信がくっついてる。

「すみません、方向音痴で」
「いえ……あ」目が合った。スッと、目の色が変わった。
「あー……平原中の悠里姫さん、ですか?」
「そ、そうですけど」
どこかで会っただろうか。

「…親切にして損した。さよなら」
掌を返したように、逃げるように走り去って行った。
あまりに失礼だと思ったが、私が知らないうちに何かをやらかしてしまった可能性が高い。情けないことに、私に限っては心当たりがないことこそが心当たりだ。

それはそうと。
とりあえず、誰か教室の場所を教えて欲しい。
助けて、キリ、神様。

※※※

座敷わらし。
実際に話したのは初めてだけど、聞いてた通り陰気な奴だ。

最低な奴に会ってしまった。
気分が悪い。

気まぐれに、自習室を使いに来たのが間違いだった。
帰ったらシン兄に電話して、癒してもらおう。
でも最近、忙しそうだしな…。

こないだのテストで、学年順位は8番だった。その前は、3位に入っていた。
自慢でなく、むしろ自虐。下がっているという点が重要だ。
やはり、受験という分かりやすい目標は大事なのだ。

中高一貫で、次の受験は遠い。
系列の大学もあるけど、そこはセーフティネットで、外部受験する人が多数派だ。

受験クラスは、内部進学組と教室が分かれているがテストは同じだ。
一位はやっぱりあいつか。

ソータ。
どんくさいのに、テストだけ出来る奴。
なんであいつ、中学受験落ちたんだろ。

まぐれで満点を取ったり、高順位を取ることと、一位を取り続けるのは全く別の能力だ。
そこの壁は、一桁台が見えると特に厚く感じる。

ま、結局本番に弱くちゃ、しょーがないよね。
それに私には、可愛さという付加価値もあるし。

予定より早めに自習を切り上げ、お気に入りのアクセサリー屋さんに寄る。
実際に買うのは月一回と決めてるけど、見てるだけでも店員のマリさんはいつもにこにこして許してくれる。

マリさんは大学生で、卒業したらお店を離れる。そしたら、私も来るのやめてしまおうかな。

あれ?
「マリさんマリさん、こないだここにあったやつ売れちゃったの?」
「あー、美月ちゃん、ごめんね。ついさっき…」
「もう、今度買いたかったのに。取っといてよっ」
本当に今日は厄日だ。

マリさんに当たっても仕方がないけど、癒されたいタイミングで癒されないのって一番いや。
その点、シン兄は抜けてるし気が利かないときもあるけど、期待してるラインの優しさを基本裏切らないから、安心して推せる。

「ねえねえ」
声をかけられる。

「さっき聞こえちゃったんだけど。もしかして、あなたもこれ、好きなの?」
欲しかった小物と、同じシリーズ。

座敷わらしと同じ制服。
背が高く、薄いそばかす。

梁瀬ヒナノ。雛ノッポ。
嫌な奴は、重ねてやってくるものだ。

「…欲しかったのピンズドじゃないから、要らないです」
「いや、あげるとは言ってないけど…」


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