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【一次創作:小説】Chronicle of Butterfly Will ~Prologue~

変容。
それは、迷いながら得た意思。
そして、先を拓く意志。
闇を行く意思よ、変容を為せ。
変容を為して、共にある、もう一つの意思と巡り合え。
その巡り合いこそが、意思を意志に導きし力。
君がこの世界を手にする原点。
さぁ……変容の意思を、呼び起こせ。


人間と視えないものは、共に生きていた。
双方共に世界を成立させる要素であり、また世界そのものでもあった。
人間が人間たるには視えないものの存在があり、また、視えないものが視えないものたるには、人間の存在が不可欠だった。
「視えないもの」は人間の能力を遙かに凌ぐ圧倒的な力を持ち、人類の繁栄と衰退を繰り返させ、喜びを、怒りを、悲嘆を、楽しみを惜しみなく授けた。
人間たちは、これから授かるすべての物質的・精神的恩恵を「自然」や「魔法」などと呼んだ。
こうした、双方の作用によって行われる生命のやりとりは、ごく自然な営みで、ほとんどの人間はこれが未来永劫続くと信じていた。
誰もが「この世界で生きている」と確信を持ちながら日々を過ごし、自然も魔法も、そんな世界を祝福していたのだ。
ところが、人間と視えないものの対等な関係は、次第に大きな音を立てて徐々に崩れ始めた。
人間の「欲」によって。

人間たちの“支配したい”という「欲」は、人間同士の争いを越えて、視えないものにまで及び、“自然を、魔法を、他者を蹂躙したい”という欲望が、姿形を持つまでにそう時間はかからなかった。
すべてが物質に置き換えられ、質量や理論によって証明され、一切の例外を許されないように結論付けられた。
これにより「自分たちの支配下に置ける」と認知した権力を持つ者たちは、その力を容赦なく振るった。
強者をより強者に、弱者をより弱者に、もしくは死に追いやった。

この世界の「視えないもの」は、今や絶滅したに等しい。
すべてが強者であり、見えるもので支配されている。
人々のこころにあった「他の何かと生きる意思」「共にある意思」は、遙か昔に消え去ってしまった。
そうして人々自身も荒廃していき、現在はその生死を、強者たちの支配に委ね甘んじている。
もう覆ることのない、世界の理のように思われていた。
「変容の意思」が、二人の人間の前に、再びその姿を現すまでは。

 


🦋

 何度も見る夢の続き、道のない道を歩いていた。
深く重い闇の中、自分は歩いているけれど、果たして本当に歩けているのか、それどころか、生きているのかさえわからなくなる程に、漆黒は今にも一人と一頭を飲み込もうとしていた。
それでも歩みを止めずに進んでいられるのは、純白の翅を靡かせ、翅の模様を何色もの煌めきで彩る蝶に導かれていたから。
行く先に出口の気配など無いのに、その蝶は行き先を知っているようで、後に続くイサベルの歩調に合わせて先を飛ぶ。
現実世界ではない夢を、ただの夢と割り切るには、あまりにも意識がはっきりしていて、五感が冴え渡り、自分の内側にある全細胞を喚起させるような味わったことのない感覚に、不可解な気持ちばかりが深まり戸惑う。
あと半月もすれば、イサベルは正式な王位継承者、いわゆる次期女王となる。
自身が下す初めての王命で以て、この国の後継者として認められるのだ。
外との関係を一切断たれた孤独な生活にも、過去に犯してしまった罪を贖うことにも、終止符が打たれる。
生活のことも贖罪のことも、これ以上触れなくてもよくなるのに、今歩んでいる道をこのまま行くならば、その苦しみが続くのは確定事項だ。
それにも関わらず「こちらの方向へ行きたい」と思ってしまう。
違和感があるのがわかるのに、なぜ気持ちが穏やかになれるのかがわからなかった。
しばらく歩いていると、こつこつと、自分の跡を追いかけてくるような足音を捉えた。
立ち止まって確認しようとするも、蝶が先に先に進んでしまうため、見失わない程度に後方を振り返りながら足を進める。

 

「誰?」

 

そっと呟いてみるが、こだまがぼんやり響くだけで、自分以外の人間は確認出来ない。
前を行く蝶に走って追いつく間に、後ろで大地を踏みしめ、一歩一歩近付いてくる音がする。
思い当たる人物はいないのに、早くこの音の主に会いたいとこいねがう気持ちが溢れる。
そう思える人間と出会ったこともないのに、遠い昔から知っているような気がする一方、自分はとうとう気が触れてしまったのだろうかと、自分自身への諦めを抱えつつ考えながら足を進める。
その時、なにかに肩を優しく撫でられた感覚にびっくりし、確かめようと振り向いた。
イサベルよりも少し年上の女性だろうか、紺碧の夜空を彷彿とさせる髪は結い上げられ、深森を現わすような翠玉の瞳を細め、綺麗に微笑んでいる。
その眼差しは優しくイサベルを見つめ、親愛の情を溢れさせながら、凜とした美しさを宿していた。
 


「随分お探し申し上げた。もう二度と、絶対に、失うものか」

 

見たこともない人なのに、なぜかとても大切な存在であることがわかっていて、出会えたことが奇跡だと思えた。
自分の生きる軌跡がこの人なしでは語れない、この人がいるからこそ、この闇から抜け出せる気がした。

 

「あなたは、一体……きゃあ!」


目の前は闇と白くやわらかな光に染められてしまい、みるみるうちに視界が狭まり、空間が変化してゆく。
誰なのかを知りたいと思ったのに、夢はそれを許さず、意識を眠りの浅瀬に運んでいくのがわかった。
目覚めてしまっては、もう二度と見られなくなるかもしれないのに、はっと目が開いてしまった。
本来であれば、夢から覚醒して最初に目にするのは、暗くてぼんやりした寂しい部屋の灯りだ。
いつもは、夜が明ける前の一番暗闇が深い時間帯なのに、今日は色とりどりに優しく灯る光の蝶たちが部屋中を舞い、イサベルの目覚めを歓迎するように周囲で踊っている。
あのまま水先案内人である蝶を追った先にあったかもしれない光景が、そのまま現実に持ち越されているように思えた。
朝日が天翔る光を放ったのと同時に、蝶たちはその光り向かい、溶け込むように消え、わずかな光りの軌跡を残して行ってしまった。
ただ、今あったことや先ほどの夢が何を意味しているのかは、イサベルには知る由もない。
 

はっきりしていることは、夢の中の女性に触れられた肩は確かに温かく、そのぬくもりは、イサベルの孤独に寄り添うかのように、長く残っていた。



数ヶ月前から、その断片は現れては消え、消えてもまた現れながら、夢の主を翻弄していた。
断片が、日を経るにつれて繋がっていき、現実的な感覚まで帯び始めたのは、つい最近になってからのこと。
夢の中、ユウリは蝶を追っていた。
理由はわからないが、身体が勝手にその後を追いかけ、この状況になぜか湧き出る弾む気持ちを抑えつつ、様子を伺い、歩みを進めていた。
漆黒の闇を体現した蝶の翅には、闇夜に輝く星々を連想する、何色もの美しい色彩でできた筋が、何かの模様を形成している。
すべてを飲み込んでしまいそうな、この絶対的な闇の中を、優雅に舞いながら導いていく。
夢などここ数年の間、全然見ることが無かった。
「こうして自由に生活できるのは、あと半月」と思いながら寝る以外は、至っていつも通りの就寝だった。
半月後には、ある王族の男との結婚が決まっていて、ただの“貴族の娘”だった身分が“夫人”と呼ばれるようになる。
政略結婚であることは承知の上で、自分にとって物理的条件がよかったし、相手も自分を束縛したがっていたので、特に逆らう気持ちもなく、嫁ぐことを考えていた。
そんな人生の時計が進む最中で、夢の中に現れた蝶は、まるでユウリの運命をどこか全く別の方向に導こうとしているようで、その誘いに抗うことができない。
追えば追うほどに「やっと逢える」という気持ちで満たされ、その安心感から目が潤むのを通り越して、泣きそうになる。
泣くことなど遠い昔に忘れてしまったのに、今更どうしてこんなに切なくも温かな気持ちになれるのかが、わからなかった。
蝶を見張りながら追っていると、前方に人影が見えてきた。
その人間はユウリが距離を詰めると、姿が霞んですぐに見えなくなってしまいそうになる。
早く顔を見てみたいと思う焦る気持ちを抑制しながら、蝶に従い、その人間を追った。
「もう失いたくない」「もう二度と見失ってはならない」という、自分の中にありながらも別のなにかが請う意思に、半ば強制的にされるがまま身体が動く。
これの“なにか”を知っているはずなのに、肝心な部分が全然思い出せないし、むしろ記憶にない。
いや、記憶にないのは、顕在意識という自分が認知しうる領域だけの話で、自分も知らない無意識の領域では知っているのかもしれない。
そうでなければ、これだけ恋い焦がれるような気持ちになって、よくわからない人間を必死に追いかけている自分自身について、説明がつかない。
普段の生活で、こんな気持ちになることはないし、誰か特定の一人を追う性格でもないからだ。
だからこそ、こんな自分が、なぜこの夢に導かれたのかを知りたい。
目の前を行く人間を無我夢中で追っていると、次第にしっかりとした輪郭を捉えられるようになってきた。
おそらく、手を伸ばせば、もう届く距離であることも間違いない。
そう確信した瞬間、前を飛んでいた蝶が舞い降りた。
黒く極彩に輝くそれは、ずっと追い続けた目の前の人間の肩に留まり、翅を休めたのだ。 


「ねぇ!キミ、誰?」


その相手の肩を持ち、こちらに振り向かせて顔を見た。
自分よりも少し幼い位の年格好で、桜色と藤色が重なった夕暮れを思わせる長い髪を両側面に結い、澄んだ空の蒼き清廉さを思わせる天青石の瞳。
その少女が微笑みかけてくれるだけで、自分という存在が救われるような気がした。
彼女と共にいることで、世界が鮮明で、壮大で、美しいものだと思える。
人間として「生きている」と実感出来る。


「どうしても……あなたは、共にいてくれるのね」


天青石の奥は、ユウリをはっきりと映しており、真っ直ぐながらも柔らかく見つめられるその眼差しに、胸が熱くなるのを感じた。
彼女に話しかけようとしたのに、突然視界は豪華絢爛の色彩に染められ、そこから麗しい漆黒を生みだしながらその範囲を広げ、少女を遠ざけていく。
手を伸ばしながらまばたきをした瞬間には、自室の見慣れた装飾過剰で歪な天井が、静かに見下ろしていた。
夢のような現実なのか、あるいは現実が夢なのか、考えても仕方のないことが重要に思えて、不思議な気持ちになった。
しかし、夢から醒めたこの世界では、そうしたおとぎ話は子どもであっても鼻で嗤う。
所詮、夢は夢でしかないのだ。

それでも手には、夢の中の彼女を掴んだ感覚が残っていた。
その感触は、確かにユウリの五感に染み込み、再び深い、しかし安らかな眠りへと誘ったのだった。





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